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三つ編み

 すっかりいつも通りの雰囲気で話せるようになり、私は心行くまで紅茶とケーキを味わった。でもシウは約1ヶ月ぶりなのでずっと興奮気味ではある。シウの深い紺碧の瞳は、少し潤むとたくさんの光が反射して、視線を惹き付けられてしまう。構って欲しがりのシウに詫びるつもりでしばらく談笑していると、微かに耳がつきっとする衝撃波が伝わる。一拍遅れて、低い地鳴りがした。


「白竜が超高速で降りてきたみたいだね。サミアが起きたのを察知して慌てたのかな」


 シウも耳が痛かったらしく、片耳を押さえて更に器用に片眉を上げた。


「白竜は遠くに出かけてたのか?」

「うん。僕はここから動けないというか動きたくなかったから、白竜にクロドメールとの手紙のやり取りを頼んでたんだよね」

「白竜が運んでくれるならすぐだし便利だな。でも大丈夫だったのか?」


 私がうっかり大幅に寝坊したせいで、シウにはずいぶん苦労させてしまったようだ。シウはクロドメール国の第一王子なので、こんな所で足止めしてることを心配されるのだろう。


「大丈夫だよ。ただサミアがまだまだ起きない可能性も含めて、色々と相談してたところ」

「ごめん、寝坊して」

「ちゃんと起きてくれたんだから、もういいって」


 シウは首を振りながら微笑んだ。私のようなおかしな存在を、こんな風に何でも許してくれる人なんてシウのほかには絶対にいないだろうと胸の奥がごとりと鳴る。


「サミア様!!お目覚めになったんですか?!」


 もう少しこの感情の意味を考えたかったが、白竜が外でうるさく叫ぶので、白竜に挨拶しようかなと私は小さな食堂室を出て裏庭に出る。この白竜もなかなか構って欲しがりなのだ。


「起きたよ。シウを守っててくれてありがとう」


 外に出ると、すぐに白竜が頭突きの勢いで顔を擦り付けてくる。猫のように白竜は顎の裏を触られるのが好きだと知っているので、大きくて腕を動かして撫で下ろした。猫よりずっと大きいので、範囲が広くて大変ではある。白竜は鼻息も荒く、フンフンと私の匂いを嗅いだ。


「サミア様は、神聖な匂いがします。もう世界中の誰よりも強くなられましたね! しつこいとは思いますが、契約してもらいたくなります」

「あはは……」


 私は相変わらずの白竜に、乾いた笑いを漏らす。シウが後から外に出てきて、白竜をものすごい目で睨みつけていた。私が眠っている間に仲良くなったかと思ったが、やっぱり契約は魂を結び付ける行為なので、シウにとって許せない発言らしい。


「ん? メリッサ?」


 小気味良い蹄の音を鳴らして、白馬のメリッサも加わってきた。そのたてがみは、目を疑うほど細かな編み込みがされている。


「メリッサ、めちゃくちゃきれいになったな」


 元々美人できれいな馬だとは思っていたが、シウが時間をもて余した結果なのか、お手入れされまくっていた。しなやかな筋肉の動きに沿って毛並みが光沢を放っている。


「僕、三つ編み上手くなったから、あとでサミアの髪の毛も編んであげるね。すごく編みがいがありそう」

「ありがとう……?」


 私の腰まで伸びた髪は下ろしたままだが、シウが早く編みたそうに指を動かす。馬のたてがみで練習した三つ編みを流用されるのは、喜ぶべきなのか?


 しばらく再会を満喫していると、さっき私の服についておつかいを頼んだ騎士が戻ってきた。何やら大型の馬車ごと、である。馬車が止まると中からは2人の服飾師らしき女性が出てきた。どうやらほとんど店ごと服やなんかを運んできたらしい。


 新しく架けた橋を活用してくれて何よりだが、思ったより大かがりで私は対応に戸惑った。


「いや、町歩き用のちょっとした服さえあれば私はいいんだが? 町娘風に膝下スカートと、編み上げブーツ的な。伝達に誤解があったのか?」


 シウが騎士におつかいを頼んだとき、ごにょごにょ小声で言ってたので私は細かくは知らなかった。


「服はいくつあっても腐らないよ、たくさん買うといいよ」


 シウは何でもないことのように私に言い、女性たちに挨拶をする。予算に糸目はつけないから、私に最上級の服を――そう伝えていた。


 迷惑かけたみたいだから、着せ替え人形になるくらいは我慢しようかと私は無駄な反抗をやめた。服飾師たちを伴って、古城のさっき鏡を見た部屋へと移動して、体中のサイズを測られる。これでオーダーメイドを作るので、またしばらくこの町に逗留することになってしまいそうだ。でも王子のシウに同行してクロドメール国に行くのだ。最早子どもではないので、ある程度状況に応じた服が必要ではある。


 計測は終わり、彼女たちは創作意欲に燃えて慌ただしく帰っていった。なお、抜かりなく持って来てくれていた既製服と靴、下着などで当面の着るものは手に入れることができた。


 私がイメージしていた、モノラティの町娘風の服もその中にあったので早速着込み、シウに見せてみる。


「どうかな?」


 白いブラウスを黒いビスチェで引き締め、スカートは派手な赤いストライプというのがこの陽光きらめく港町では定番だ。身長はもう一般女性平均くらいだし、我ながらスタイルは悪くなかったので似合ってると思う。


 部屋の外で待っていたシウは、私の全身を眺めて頬を染め、うんうんと頷いた。


「似合ってる。すっごくかわいい……あっかわいいって言ったらダメなんだっけ?」

「今はまあ、服がかわいいからいい」

「髪、少しまとめようか」


 大きな姿見の前のスツールにかけ、シウはご機嫌で私の髪を梳かし始めた。メリッサで練習したので痛いかと思ったが、力加減は丁度良かった。


「すごい、サミアの髪、こんなに長いのに全然傷んでるところがないよ!」

「世間の荒波に揉まれてないしな。でも長すぎるから少し切りたいな」

「そんな、もったいないよ! お手入れなら僕がするから、伸ばしててよ」

「シウは髪結い師にでもなるつもりか?」

「サミア専用のね」


 髪に執着する性質とは知らなかったが、シウは真剣な表情でオイルを付けて髪を分け、クリップで止める。不意に顔が至近距離になり、私は顔を横に向けたくなる。


「あ、動かないで」

「うん」


 私の前髪を編み込む間、お互いの息がかかる近さになって室内を静寂が満たした。


 誰でも間近で見た方が、顔のパーツの乱れがわからなくなって美形に見えるらしいが、シウはそもそも一切の乱れがなく、近づく程にひたすら美しさが増すだけだった。アーチ型の眉の毛流れさえ絶妙であり、薄い唇はしっとり潤っている。


「はい、終わったよ。やっぱり髪が桃色だからすごい似合ってる!」

「ありがとう」


 シウの顔を鏡越しや直接に見ているうちに、私の耳上にはどうやったのか、髪で作った薔薇がいくつか咲いていた。顔周りはまとめ、あとは垂らしているがただの下ろし髪より断然かわいくなった。


「シウって、実は器用だったんだな」

「わかんないけど、細かい作業は好きだよ。前世ではできなかったから」


 おしゃれも済んだし、ダニーロのレストランに行こうかと私たちは離島を出た。

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