目覚めれば
ここからサミア視点に戻ります
「ねえサミア、いい加減起きてよ。寝坊だよ」
焦れたような、悲しみの果てのようなシウの声が聞こえた。とても全身が重くて、怠いけれどそろそろ起きなきゃいけない気がした。だってシウの悲しそうな声は聞いていられない。
私は煌めく光を掻き分け、泥濘の中から這い上がるように立ち上がった。広く、あまねく大地に拡散していた意識が収束して体に力が満ち満ちていく。生まれ変わったような、とても爽やかな気分だ。
名残惜しそうにまとわりついてくる黄金の地脈を振り払うと、紺碧の目を見開いて、固まっているシウがそこにいた。
徐々に記憶がはっきりしてきて、ここは古城の生垣迷路で、私は10日間の眠りに就いてたんだと思い出す。
「おはよ、シウ」
にこやかに挨拶をすると、シウが首を折りそうな勢いでぶんっと顔を背けた。腰に付けているアイテムポーチを探り、大鍋やら干草やらリンゴだのを取り出しては辺りに散らかす。
「どうしたんだ?」
「こ、これを!! 早く着て!!」
シウがこちらを向かないまま叫び、黒いコートを差し出してきた。何かとてつもない違和感があって、私は自分の体を見下ろす。眩しいくらいに白く、ふっくらした胸、臍、脚――
「ぎゃあああっ?!」
何で全裸?!
しかも成長してる?!
私は驚きのあまり、全くかわいくない絶叫を上げてシウの差し出すコートをもぎ取り、どうにか着込んだ。慌てるとサイズの大きなコートでさえうまく着られず、あちこち引っかけたが何とか羽織り、ボタンを全部留める。多分シウの雨の日用コートだろう、ずいぶん大きくなった私でも余裕を持ってすっぽり体全体を覆ってくれる。
「僕は見てない! 見てないからね!!」
背中を向けたままのシウだが、耳や首まで真っ赤にしてるところからして、絶対見たと思う。このまま背後から頭でも殴って記憶を奪いたくなる。
「嘘つき、最低」
背が伸びたとはいえ、無駄に背が高いシウの頭はまだ遠かったので私は理不尽に背中をぼこぼこ殴って責めた。勝手に裸を見せたのは私なのに、シウが全部悪いみたいに。
「ごめん」
「謝るってことは見たんだな?!」
「違うんだ、僕、こんなつもりじゃなかったんだ。本当に、真剣にサミアの幸せを考えてて、やらしい気持ちなんてなかった!」
「過去形で言うな!」
シウに少しは意識してもらいたいと思ってたけど、こんな形じゃない。裸を見せるなんていう、古典的で野蛮な方法で誘惑するつもりじゃなかったのに、どうしてこうなったんだろう。私の寝間着どこ行った?
体が大きくなったからビリビリに破けたのか、綿素材だったから土に還ったのかもしれないがひどいことになった。
騒ぎ疲れたので、ひとまず私たちは崩れかけの古城に移動して、鏡のある部屋で自分の姿を確認する。
「大きくなってる……」
私の体は、大人とまではいかないけど幼い子どもでもなかった。恐らくだが17歳前後、私の本来の年齢相応かと思われた。顔立ちもはっきりしたし、桃色の髪は腰まで伸びている。そして親の姿を知らないので予想もしなかったことだが、胸の発育がかなり良く、重くて邪魔だった。ちゃんとした下着が欲しいな、と膨らみ具合を手で触って確かめる。
「うわぁっ?! 何やってるの?! ダメだよ!!」
「自分の体を触って何がダメなんだ」
落ち着いてきたシウだったけど、また顔を真っ赤にするのが鏡越しに確認できた。そういえばシウって、前世で白竜として千年生きたけど誰とも番にならなかった筋金入りの童貞だ。現世でもこの反応を見る限り、童貞記録を更新してるのかもしれない。
「それはともかく。シウ、私の服を」
「どう見ても着られそうもないよ」
シウが渡してくれた、私のお気に入りの水色のドレスは肩幅から身頃から裾まで、小人用かと疑いたくなる小さな代物だった。
「私ってこんな小さかったのか? 直して着るってレベルじゃないぞ」
孤児院では寄付された中古の服を直して着ていたので裁縫はある程度できるが、元の布地が少ないものはどうにもならない。無い袖は振れないというやつだ。
「小さかったよ。ずっと成長を見守りたかったのに、急に大きくなるなんて」
「私だってこんなつもりじゃなかった。動きづらい」
「これ、僕のだけどまだ1回も着てないからとりあえず」
シウはちらっと私の胸元を見てすぐに俯きつつ、新品のトラウザーズとシャツを渡してきた。ここは身だしなみを整える部屋だったらしく、衝立があったのでその向こうで私は服を着込む。トラウザーズの裾は何回折り返しても腹が立つくらい余るし、シャツもぶかぶかだけど、全裸にコートよりはましになった。でも胸元が気になるので、またコートを羽織る。服を着ると、裸足が目立つ結果になった。
「履ける靴もないな」
「僕の代えの靴だけど、はい」
「服を買いに行きたいのに、これじゃあ恥ずかしくて町にいけないじゃないか」
シウの服や靴はどれも上等なものだけと、サイズが合ってないので不恰好だった。完全に、服を買いに行く服がない状態だ。
「明日は船に乗るのに、どうしよう」
「ふ、船なんて……あはは、何言ってるのサミア」
肩を震わせたシウは、しばらく笑いが止まらないようでお腹を抱え、目尻の涙を拭った。
「サミアが寝坊するから、もう1ヶ月経ったんだよ。すっごく大変だったよ」
「1ヶ月?!」
「ゼイーダ国王は君の身柄を寄越せっていうし、君の姿はどこにもいないし、船どころじゃないよ。今のままじゃ絶対出国させてもらえない」
「苦労をかけてみたいだな。ごめん……」
よく見るとシウは少しやつれていた。でも元の作りが良すぎるので、頬肉が削げ顎のラインが鋭くなっても、お金持ちのマダムが喜んで支援しそうな、危うい美貌だった。
「ううん、サミアがこうして戻ってきてくれたから、もうどうでもいいよ」
シウは私に手を伸ばし、空中を彷徨わせた挙げ句、長く伸びた私の髪を一束取った。前は気軽に手を繋いだり、私を抱き上げたりしてたのに何を照れているんだか。
「私がいなくて寂しかったか?」
私から、髪をいじっているシウの手を取った。といっても軽く指先を握っただけなのに、シウは激しく目をキョドキョドさせる。湯気でも上げそうにまた顔が赤くなってかわいいな、と思ってしまった。
「うん。すごくすごく寂しかったよ。それに心配だった。サミアが痛かったり、辛かったりしてないかなって」
「辛いことはなかったよ。私が私じゃなくなるみたいで、ほとんど意識がないんだ。だから起きられなかった。ごめん」
「サミアのせいじゃないよ」
「ううん……」
何て言ったらいいかわからなくなり、さっきから目線が合わないシウの紺碧の瞳の奥を覗こうとした。シウがドキドキしてるのが、明らかに伝わってくる。そういう雰囲気を出されると、私の鼓動もどんどん早くなり、ひどくうるさく鳴ってしまう。まるで心臓がこめかみのところで鳴ってるみたいに――
「いや本当に、外がうるさくないか?」
「空砲かな。さっきサミアが戻ってくるときに光ったから、ここを監視してる人たちが何があったか聞きたいんだと思う」
どんどんうるさいので、私はシウからもう少し詳しい最近の事情を聞きながら古城の外に出た。浜辺に立って、向こう岸の町からでも、望遠鏡で私の姿が見えるように手を振る。
「サミアは大きくなっちゃったから、サミアだってわかってもらえるかな?」
「わからせるから、心配いらない」
安心させるように、シウの肩を軽く叩いた。するとシウは私の顔をやっと正面から見て、軽く目を細め眩しそうに笑う。慣れ親しんだ、私の一番好きな笑い方だ。




