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語り継ぐということ

 私はシウの爆弾発言に足を止めた。


「シウは王位継承順位第一位なのに、こんな自由気ままに護衛もつけず、身ひとつで他国をぷらぷらしてたのか? しかも、将来のための勉強もせず?」


 つい声が大きくなり、道行く人の注意を集めてしまう。シウは問い詰められた子どものように、自分の白銀の髪束をいじった。


「だって、僕はそれなりに強いから護衛が居なくても危険はないし、知識は前世分で足りてるもん。というか、サミアは将来的には田舎でのんびり静かに暮らしたいんでしょ?僕はサミアとずっと一緒にいたいから、王になんかならないよ」

「足りてるもんって……はあ、疑問なんだがよく国王や妃から私を探しに行く許可をもらえたな?」


 頭が痛い気がして、私はこめかみを押さえる。第一王子が「ちょっと前世の記憶思い出したから、勇者セシオンの生まれ変わりを探しに行ってくる」とお供もつけず国外に出ていくのを止めなかったんだろうか。


 大体、玉座なんて誰しもが狙えるものじゃないし、折角権利があるのに放棄するのはもったいない。私のことは放っておいてもらいたいし、まともに貴族の令嬢と結婚して華々しく玉座に就いた方がいいんじゃないのか?


 などと口をもごもごさせてると、シウが肩をすくめた。


「大丈夫だよ、僕が辞退したら、王妃や弟は喜ぶから。今の王妃は僕の実の母じゃないからさ、僕の出発も応援してくれたよ。要は、僕に王位を継がせたくないんだよ」


 目抜き通りを歩き、軽食に良さそうな店を探しながらシウはお国事情を話してくれた。


 シウは現在のクロドメール国王の正統なる直系男子で、生まれた順番も一番最初だけど、母君である前妃はシウが6歳で亡くなってしまった。


 クロドメール国王は妃を深く愛していた。彼女を亡くしたあと、タガがはずれたように妃を何人も娶り、多くの弟と妹ができた。そんな訳で後継者争いは水面下で激しいらしく、シウはあんまり関わりたくないという。


「そうだったのか。母君のことは、残念だったな……」

「うん、とても素敵な人だったよ。何の恩返しもできないまま亡くなってしまって悲しい。だから僕より歳上そうな女性を前にすると、どうにか喜んでもらいたくなっちゃうんだ」

「そうか」


 私は、女好きかと思っていたシウへの見解を改めた。


「あと、人の愛し方は母上にちゃんと教えてもらったから」


 シウは珍しく私の頭を撫でて微笑んだ。きっと母君にやってもらったんだろう、愛情いっぱいに触れてくる温かな手つきは、もっと撫でてほしくなる中毒性に溢れていた。母君は確かに素晴らしい人だったんだろう。


 ――でも、母君の愛情表現を私に適応されるのは何か違う気がする。シウの手を掴み、私はそれをやめさせた。


「シウ、一応言っておくが私は体は子どもだけど中身は十分に大人だから」

「わかってるけどさ。人間って視覚からの情報に支配されちゃうよねえ。見た目がプリンで味がしょっぱいのなんて、中々受け入れられない。しょっぱくても甘く感じるんだよ」

「どういうことだ?!」

「あ、ここメープルシロップたっぷりのパンケーキのお店だって。ここにする?」


 下らない会話を続けてるうちに、シウは甘いとろけるような笑みでひとつのお店を指差した。レンガ貼りの外壁に蔦が這う、小さなお店だ。でも、上部に描かれたおいしそうなパンケーキの壁画と、ほのかに漂ってくるメープルシロップの香りが鼻をくすぐる。


「ここにしよう」


 まあ細かいことは後で考えればいいか、と私はパンケーキへの期待で胸をいっぱいにした。



 ◆



 それからいくつかの夜を越え、その度に巨大な魔王兵との戦いも繰り返された。


 モノラティの港町の住民は、夜中に離島の古城で行われる戦闘を楽しみにするようになったらしい。白竜や巨人、それから私たちによる派手な戦いは、必ず勝つという安心感のもとに娯楽となった。同時に私たちが広めたダニーロの息子、テーネスの話題も町中を駆け抜けた。


 彼は白竜と絆を結び、7年前の反乱戦争を終わらせた英雄。白竜の忘れ得ぬ人として、白竜の姿がある限り人々に思い起こされる人となった。


「テーネスの件、本当にありがとうございました。親としてこんなに嬉しいことはありません」


 レストランの定休日に、ダニーロは娘や妻たちと古城にやってきた。おいしそうな料理やお菓子の差し入れをたっぷり持ってだ。干潮の時間なら浅瀬に道が出来て普通に歩いて来られるし、それを見咎める公爵の兵士ももういない。


 孤独ではなくなった白竜は、私にしつこく契約を求めて来なくなったし、いいこと尽くめだった。今は、娘や妻たちと白竜が遊んでいる。


 私とシウ、ダニーロは崩れかけのキッチンの片隅でお茶にしていた。


「お節介でやったことだから、そんな改まって礼を言われると照れるよ。私とシウはおいしいものさえ食べられればそれでいい。差し入れありがとう」

「うん、ありがとうございます」


 ダニーロは青い瞳を潤ませ、誤魔化すように紅茶を一口飲んだ。


「レストランに来たお客さんがテーネスのことを話してるのを聞くと、あいつが生き返ったみたいなんです。俺は、テーネスを一人前にしてやれなかった。料理人の息子なのにテーネスは野菜嫌いで料理が上達しないし、ほかの職人のところに弟子入りさせてもすぐ辞めちまうし……そのせいでしょうか。農民の反乱が起きたとき、テーネスはものすごい勢いで義勇兵になり、妹たちを俺に頼んで逝ってしまいました」


 鼻をすすって、ダニーロは続ける。


「テーネスは生きる意味を探してた気がします。俺はあいつに、居てくれるだけで、生きてるだけでいいって言ってやれなかった」


 自分を責めるダニーロだが、私は彼にはそれ程落ち度がないように感じていた。


「ダニーロの話を聞く限り、十分甘やかしていたように思うが? カヌレだって材料費が高いだろうに、たくさん作って持たせてたんだろ?」


「いやそれは、犯罪に手を染めたらコトだと思って、金でも食べ物でも、テーネスに言われるがまま与えてました。でも後ろめたさはあったでしょう。無職の穀潰しだと周囲には言われてましたから」


 30代の健康な男が職にも就かずにいると目立つのは確かだろう。私は何も言えず、紅茶を飲んだ。


「でも、親の欲目ですがテーネスにはいいところもいっぱいあったんですよ。勇気があるやつでした。だって、いくら崖崩れから助けてくれた白竜でも安全とわかってないと怖いじゃないですか。なのにあんな小さなカヌレを礼に差し出して、おまけに、自分が料理人だなんて白竜に自慢して……」

「テーネスはきっと素敵な人だったんでしょうね。お話だけでも伝わります」


 シウが励ますように、言葉をかける。シウも母君を亡くしているから、共感してるのかもしれない。ダニーロはくしゃっと笑った。


「ありがとうございます。これからは、俺ももっともっとがんばります。今の店を有名にして、俺なりにテーネスが俺の息子だったと広めますよ。そうしたらテーネスは人々の記憶の中で生きられますから。死者は決して生き返らないけど、生き残った者で出来ることがあるんですね」


 ダニーロが話している間中、シウはぱちぱちと瞬きをして何かに感じ入っていた。

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