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交渉

「何でしょう?」

「今後、領民と白竜の交流にゴブラン卿が一切の関与をしないと誓約してくれたら、この地帯の税額が増収するようお手伝いします」

「は?」


 厳めしく寄せていた眉を上げ、ゴブラン公爵は訳がわからないというように動きを止めた。


「税の割合を上げずとも、この地が豊かになれば税収は上がりますからね」

「どうやって? 殿下自ら、その竜の御力で畑でも耕してくれるのですか?」


 ゴブラン公爵は自分の冗談に声をあげて笑う。そんな挑発に乗らないシウは、不自然でもなくにっこりと笑った。


「いいえ。僕ではなく、サミアがやってくれます」

「は?」

「だから、サミアです」


 隣に座っている私の肩に軽く手を添え、シウは私を紹介する。私はさっき、公爵に対して名乗らなかったからだ。不審そのものといった目付きで公爵は私を眺め、フンと鼻息を漏らした。


「殿下が幼いながらも強力な魔法使いを連れているとは聞き及んでおります。しかし、大地を豊かにするなどという夢物語を、どうやって信じろとおっしゃるのですか?」


 そこは証明が難しいところだ。私が生まれ育った村は私が魔力を集めた副次効果で栄えているが、私の影響だなんていう証拠がない。でも、私にはできるという確信がある。


「それに、いかなクロドメール国の王子であっても、内政干渉はやめて頂きたい。白竜と領民が結託してしまえば、軍隊を投入しても手がつけられません。この港町は、私が国王陛下から管理を任せられている国内外との貿易や人の出入国に重要な場所です。治安維持のためには、領民が白竜に接近しないよう、監視と取り締まりが欠かせないのです」


 説き伏せるように、口を挟む余地を与えたくないというようにゴブラン公爵は早口で喋り倒す。私はシウの腕に触れ、目線を合わせた。これ以上舌戦を続けてもダメそうというか、ちょいちょいシウを小馬鹿にする発言を挟まれることに腹が立ってきた。いくつか用意してある作戦の中でも奥の手――武力というか、魔力を誇示する作戦に変更することにする。私の目を見て、シウはそっと頷いた。


「あの……」


 私はポケットから白竜の鱗を取り出した。鱗は私の手のひらより大きく、半透明の真珠のように複雑な輝きを発している。ゴブラン公爵はハッと息を呑んだ。


「それは白竜の鱗か?そんなものを持ってきて……私を脅そうというのか?」


 そのとおりだが、私は真顔で首を振る。ゴブラン公爵は王家に連なる高位の貴族なので、そういった人々の常として魔力が高く、魔法の心得があるはずだ。だからこの鱗にしっかり込めた私の魔力の片鱗的なものを実感させるつもりだった。


「まさか。お願いをする代わりにゴブラン卿に献上しようと持ってきただけだ」


 実際、白竜の鱗はそのままでも金貨数百枚の価値があるものなのだ。まだ魔力を感じていないはずだが、白竜への恐れからかゴブラン公爵は落ち着かない様子になった。筋骨隆々の大男が動きもしない鱗一枚で怯える様は滑稽で、ちょっとだけ溜飲が下がる。


 私が低いテーブル越しに鱗を差し出すと、ゴブラン公爵は恐々としながらも私の手のひらから、鱗をつまみ上げる。が、すぐに取り落としてそのまま固まった。テーブルに落ちる、カランと乾いた音が残響のように私の耳にこだまする。


「っ……!!」


 とんでもなく激しくゴブラン公爵は震え出し、顔色は紙みたいに蒼白になった。あまりの挙動にこっちの方が驚くんだが。


「閣下?!大丈夫ですか?!貴様、何をした?!」

「私は別に何も。毒なんて塗ってない。ただそれに魔力があるだけだ」


 侍従がゴブラン公爵の肩を支えながら、彼も鱗に指を伸ばした。


「はっ?!」


 彼も魔法の心得があったらしく、激しい静電気に触れたみたいにビクッとのけ反り、目を剥き出し口を開けて私を見た。この公爵家の人々は反応がオーバーなのが伝統なのか?


 未だにガクガクしながら公爵は私に怯えた視線を向けた。


「お、お前は魔法の心得があって、どうしてこの鱗を平気で触れるんだ?!これには強大な……深淵のような魔力が込められている。誰がこんな措置をした?!」

「私だ。握手してもいい」


 私が笑って手を差し出すが、それは激しく拒否された。


「お前はどう見ても庶民なのにこんな、魔王のような果てしない魔力持ちなのか?! これに比べたら、高貴な王家の血を引く私がカスみたいじゃないか?!」


 ゴブラン公爵は体格も良いが、魔力が高いと自負してたらしい。まあ確かに、ちょっと触るだけで物に込められた魔力がわかるのはすごい。


「私はまだ成長期だし、あと3倍くらいの強さにはなれると思う。だから、私ならこの地を変えられると信じてもらえないか?」

「こ、これ以上だと……?」


 私のダメ押しに、ゴブラン公爵は息を荒らげて脂汗を浮かべ、涙目になって何度も何度も頷いた。


 最後は脅迫みたいになったが、ゴブラン公爵は私たちの提案を全面的に呑む形になった。つまり、白竜と領民の交流は誰にも縛られるものではなく、何の問題もないと認めさせたのだ。これでダニーロの安全は保証された。もし違約があれば、私が自らゴブラン公爵に何かするだろうと暗に告げた。口約束では心配なので正式な誓約書も作らせた。



 ゴブラン邸を後にして、私たちは来るときより丁重に馬車で送られた。町で降ろしてもらってから、私はシウの袖を引っ張る。


「面倒なことにシウを付き合わせて悪かったな。最後は結局力での脅しになったのに」

「ううん、すごく面白かったよ。彼らの反応は」


 シウは公爵邸にいたときの、そつのない態度をやめていつもの優しい微笑みとくだけた口調になっている。


「でも、シウの前世が竜だったから野蛮だなんて、ひどいことを言われただろう。人間だって野蛮なのにな」


 シウは千年生きた白竜だった記憶の影響が強く、色々と感覚がずれている。だけど、親切な優しい心を持っていて、乱暴に力づくで物事を進めようなんて絶対にしない。ゴブラン公爵や私の方が乱暴なくらいなのに、あんなひどい言われ方は許せなかった。


「いいんだよ、どうでもいい人に何て論じられても僕はどうでもいいよ。サミアがやりたいことをお手伝いするために、僕は神様に第二の生をもらったんだと思うから」

「それは……」


 シウの笑顔がつらく、私は目を逸らした。だって、それは私をセシオンの生まれ変わりと信じてるからこその発言だ。私は、ただ多くの力と、セシオンの記憶をもらってしまっただけの存在なのに。


「……ねえ、お腹空いたよね。どこかのお店で、おやつでも食べようか」


 私が悄気ているのを珍しく察して、シウが明るい声でおやつの提案をする。私はそれに乗っかることにした。


「そうだな」

「ゴブラン公爵邸は、お茶菓子を全然出してくれなかったもんね」

「そう。一応公爵のくせに、期待外れだったな。私はともかく、シウを平民と侮って用意させてなかったのだろう」


 私は先ほどのゴブラン公爵との会談で、もうひとつ気になったところを思い出した。


「そういえばゴブラン公爵はシウに対して、やがて国を治める立場になるお方……なんて言ってたな。シウの王位継承順位は何位なんだ?」


 王子だとは聞いていたが、こうやって自由にしてるところから、二番目とか三番目だろうと思っていた。シウは何か困ったように、美しい紺碧の瞳を瞬かせてから口を開く。


「まあ、一位ではあるけど僕は継がないよ」

「ん?」

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