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思い出の味

 核心に触れるのは気が重いが、私は年齢と経験のにじみ出る、渋い顔つきのデニーロに問いかけた。


「テーネスは今どうしてる?」

「……7年前に反乱戦争で亡くなったよ。テーネスとお嬢ちゃんにどんな関係が?女にだらしないやつだったが、まさか君、テーネスの子どもか?」

「そうじゃない」


 慌てて手を振って激しく否定する。私は捨て子だったらしく、両親が誰かもわからないがこんな離れた場所にいた人ではないはずだ。デニーロは渋面を更に深めた。


「じゃあ、嬢ちゃんくらいの歳の子がなんでテーネスを知ってるんだ?」

「実はあの白竜に頼まれてテーネスという料理人を探しているんだ。白竜とテーネスは7年前、とあるきっかけで仲よくなったらしい。ただ、少しの間この辺りを離れて戻ったら戦争が起きてて、テーネスを公爵に殺されたと思った白竜が公爵城を襲ったんだ」

「は……?」


 ダニーロは何度も瞬きをして、信じられないというようにぱしんと口を覆った。


「俺はテーネスから、白竜と仲良くなったなんて話は聞いたことがないぞ」

「でもテーネスは山には行ってたとか?」

「あ、ああ。店で使えるキノコを採ってくるよう頼んではいた。あいつは職にも就かず、ぶらぶらしてたから」

「だとしたら、可能性は高い。テーネスから珍しい焼き菓子をもらったと白竜は言ってたが心当たりはないか?」

「珍しい? どんなものだ?」

「えーと、茶色くて甘くて、外はカリカリ……中はフワフワだったと」


 私の発言に、ダニーロは首を思いきり傾げる。わかる、そんな焼き菓子は多い。でもヒントが少ないのは私のせいじゃなくて、白竜のせいなのだ。


「そういう焼き菓子は多いが、あ、でもテーネスが持ち歩いてたのなら絞りこめるぞ。今ちょうど厨房にある」


 デニーロは何か思い付いたらしく勢いよく立ち上がり、椅子につっかえながら厨房へとドタドタ駆けていった。


 すぐに戻ってきたデニーロは、焼き菓子の入った包みを抱えていた。


「このカヌレは固めに焼いてるから、持って歩きやすいんだ。当時は女の子とかにあげてるんだと思ってたが」


 既に亡くなっているテーネスを悪くいうつもりはないが、デニーロは息子にかなり甘かったようだ。


「じゃあデニーロ、白竜のところへ行こうか」


 私は椅子から立ち上がり、スカートの裾をはらう。デニーロはそうなるとは思ってなかったらしく、明るい茶色の瞳を見開いた。


「行くって、今から?!」

「そもそも、白竜と話ができるよう取り持ってくれという話が先だっただろ。私を子どもと見くびって、お菓子を渡すお使いを頼まれても困るんだ。お前が白竜に直接会って、それを食べてもらって、色々話せばはっきりするだろう。私が連れていくから」

「え、嬢ちゃんが?! そっちのお兄さんじゃなく?!」


 驚いてばかりのデニーロだが、無言ですくっと立ち上がるシウの威圧感に呑まれて口をつぐんだ。よく見たらシウは密かに怒りを溜めていたようだ。


「そうですよ。白竜が懐いているのはサミアですから。なぜなら、サミアが白竜より強いからです。わかったら、サミアに馴れ馴れしくしないで十分な敬意を払って下さい」


 シウは静かに、飲食代相当のお金をテーブルに置いた。大量に食べて飲んだ金額はきちんと払うシウだった。




 私、シウ、デニーロはぞろぞろと連れ立って港まで歩いた。


「あの灯台や、港の管理局に公爵兵が常駐して、城にいる白竜に近付くものがいないか見張っているのです」


 港に着くとデニーロは数ヶ所を指差して説明してくれた。私たちは今まで見咎められなくて幸運だったなと思う。でも、兵と税金の無駄遣いだ。そんなことより、町中の警備でも厚くした方がよっぽど治安に役立ちそう。


「じゃあ魔法をかけるぞ」


 建物の陰に隠れて、私は風魔法や光学迷彩の魔法を使用する。デニーロは次々と呪文を唱える私を、目を丸くして観察していた。


「嘘でしょう、まだ幼いのに同時にこんなに高度な魔法を扱えるだなんて……あなた、本当に何者なんですか?」

「自分でもよくわからない。私は何者なんだろうな」


 デニーロはシウに注意された通りに敬語になっている。魔法を使ったことで見直してくれて、本当に敬意も含まれている感じだ。その反応が面白く、私は少し本音が漏れた。


 15分ほどで、今日も律儀に砂浜でお迎えをしてくれる白竜の姿が間近になる。なお、白竜の魔力が強いので彼には光学迷彩は効かない。


「お客さんを連れて来たんですか? なんだかおいしそうな匂いの人だ!!」


 太く長い尻尾を砂浜に打ち付け、白竜は嬉しそうに、遠慮なくデニーロが胸の前に抱える包みに首を伸ばして鼻を近付ける。私なんかはセシオンの記憶があるので慣れているが、圧倒的な巨体の白竜が迫るのでデニーロは顔を引きつらせた。


 確かに、白竜が大きな口を開ければ、デニーロの体半分くらいは一気に食べられてしまう。本能的に怯えるのも無理はなかった。


「デニーロは料理人だからいい匂いがするんだろ。おやつをくれるそうだぞ」

「本当? 早く下さい!!」

「ここじゃなんだから、日陰に行こうか」


 海辺の昼過ぎの陽射しはきついし、監視の目につかないよう念のため古城の物陰まで移動をした。


 おやつを期待している白竜はぱっかりと顎を上下に開く。真っ赤な舌と白くて何でも切り裂けそうな、艶々の尖った歯が露になった。そこにデニーロは震える手で、茶色の焼き菓子をいくつか収めた。デニーロが手を引っ込めたのを横目で確認してから、白竜はばくんと顎を閉じる。


「……これは」


 目を閉じて焼き菓子を味わった白竜は、鈍く目蓋を開き、縦長の瞳孔でデニーロを睨んだ。実際には睨んではいないかもしれないが、デニーロは冷や汗をかいている。


「テーネスにもらったのと同じ味だ。お前はテーネスの知り合いか?」


 急に調子を変えた白竜は、デニーロに詰め寄った。


「お、親です。テーネスはもう亡くなりましたが、生前に縁があったのではないかと、この方たちが連れてきてくれたのです。あなたの言うテーネスは、野菜がほとんど食べられなくて、瞳の色はヘーゼルでした?」

「ああそう! そうだ! ヘーゼルの瞳をしていた! 野菜が嫌いだからって、持ってきた食べ物は私が全部食べていいといつも……!!」


 白竜は感情を昂らせて尻尾で地面を打った。やっぱり、白竜の探し人はデニーロの息子で良かったようだ。積もる話もありそうなので、私とシウは静かにその場を離れた。


 まだ掃除の終わっていない古城内部で、埃の積もった置き時計を見つけて戯れにゼンマイを回してみる。時計は壊れていなかったようで、カチカチと秒針は動き出した。


 シウが私の背後でふうっとため息をつくので、視線を移動する。紺碧の瞳が尊敬の眼差しを送ってきていた。でもそれだけじゃなく、少し不安そうでもあった。


「君は、どうしてか行く先々で人々を救っちゃう運命なのかなあ。神様は今度は君に何をやらせたいんだろうね?」


 シウが私を名前じゃなくて『君』と呼ぶときは、セシオンと今の私両方の意味が含まれていると最近気づいた。あまり好きじゃないから、私は挑発的に笑う。


「私じゃないよ」

「君だよ」

「いや、私と、シウだ。シウがデニーロのレストランに連れて行ってくれたし、宿泊場所としてこの古城を提案してくれたからこうなった」

「でも僕は、嫉妬心で白竜に優しくしようなんて全然思わなかったし、どうしてここにいるか、詳しい話を聞こうとも思わなかったよ」

「うん、だから私とシウ、二人でたどり着いた結果だ。よかったじゃないか」

「……っ」


 ぼわっと白い肌が赤くなり、シウは俯いた。盛大に照れながら喜んでいるようだ。どうやらシウの喜ぶポイントを上手くつつけたらしい。


「ぜ、前世ではあんまり誉めてくれなかったのに、どうしちゃったの」

「不満か?」

「ううん、嬉しい」


 首を痛めた人みたいに、シウは首の後ろに手を当ててもじもじしている。


 こんなにおだてに弱くて大丈夫なのかと心配する気持ちと、手のひらの上でシウを転がしているような優越感で、私は小さな胸がいっぱいになった。セシオンのふりを続けるならこんなこと、しちゃいけないんだろう。少し反省した。

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