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遅い昼食

 町を練り歩きながらテーネスの聞き込みを続けたが、結局有力な情報は何ひとつ得られなかった。


 そもそも、テーネスの個人情報は生きていれば30代後半の男性、料理人ということしかないのだ。そして最後に会ったのは7年前。捜索が難航を極めるのは当然ではある。人間などほとんど同じように見えていて、時間感覚が全く違う白竜の情報だから仕方がなかった。


 やや徒労感を抱えながらも、本日の目的のひとつである鍛冶屋『ロンギー工房』に槍と素材を預けることには成功した。仕上がりは9日後だという。それなら、シウに見張りを任せて私が長い眠りにつけそうなので助かった。


 さんざん町を歩き回ってお腹が空いた私とシウは、昨日の坂道の上のレストランに再チャレンジをすることにした。


 昼過ぎの遅い時間に来たというのに、店内はまだ多くの客で賑わっていた。


「いらっしゃいませ……あっ、こんにちは」


 若い女性店員に顔を覚えられてしまったらしく、私たちは意味ありげに微笑まれてしまう。


「すみません、ちょっとお待ち下さいね」


 女性店員は厨房に駆け込んで何やら話をした後に、私たちのところに戻ってきた。もしかして昨日シウが、目立つテラス席で泣いたりしたから帰ってくれと言われるのかと心配になる。レストランに充満する良い匂いを嗅いで、期待しているお腹が鳴きそうになるのをこらえた。


「お待たせしました。ただ今は混んでいてお料理をお出しするのに少々時間がかかってしまいますが、ご都合は大丈夫でしたか?」

「はい」


 私は食い気味に返事をする。


「構いませんよ。時間には余裕がありますから」


 私の反応を見てシウが愛想笑いをすると、若い女性店員はうつむいて頬を染める。何にせよシウの顔の威力は抜群だ。迷惑だから来店するなと言われなきゃ何でもいい。


 私たちはテラスではなく、店の奥まった席に案内された。


 席と席の間を通り抜けるときには、ちらほらと昨夜の古城に出現した巨人などの噂話などが耳に入る。テーネスの聞き込みをしてるときにもその話は何度も耳にしたし、どうやら町の話題をかっさらったらしい。


「今日はゆっくり食べようね」

「そうだな。私は白身魚の料理にしようかな」

「いいと思う。何でも注文して。多かったら僕が食べるから」


 限りない許容量を持つ胃袋の主、シウは私を気遣った発言をした。また騒いで店から追い出されたら私が怒ると思ってるのだろう。実際、それは怒る。このレストランはかなりの名店で、通いたいのだ。


「助かるよ。色々食べたい気持ちはあるけど、私は胃袋が小さいからな、じゃあよろしく頼む」

「うんうん」


 そうして私はあれもこれもと注文し、やや遅い料理の提供を受けているうちに、気付けばほかの客はみんな帰っていた。


「今日もどれもおいしかったけど、白身魚のスープが想像以上のおいしさだったな……多分、一度焼いた骨を煮出してるんだろう。香ばしくて、全く生臭くなくて、うまみが溢れてた。白身魚なんて地味だと侮っていたな」

「おいしかったねえ」


 そんなことを言いながら、私は運ばれてきたデザートの皿を見て笑う。真っ白なお皿に盛られたプリンやフルーツ、焼き菓子など。これは別腹だ。スプーンを手に取り、焼きオレンジとプリンを一緒に口に入れる。甘酸っぱく口の中でとろけて、いくらでも食べられそうだった。


「ふふ……」

「そんなに嬉しそうにしちゃって、良かったね」


 私の真似をして、同じようにシウは焼きオレンジとプリンスプーンに乗せ、一口食べて微笑む。満腹でまどろむような、幸福な時間。


「食事は楽しんでもらえましたか?」


 その声は静かになった店内に響き渡った。振り返ると50代くらいの白いシェフ服を着た男性が、ゆっくり歩きながら私たちの席へとやって来ている。金髪に日焼けした肌とそばかすのある、人の良さそうな風貌だ。


「ええとても堪能しました。それから、昨日は店内で騒いですみませんでした」

「おいしかったです」


 シウと私はシェフに向かって料理への感謝の意を込めて笑う。シェフは笑いを深めた。細かな皺が寄るが、若いときはかっこよかっただろう面影がある。というか、今でも渋い魅力があった。


「それは良かったです。あ、自己紹介が遅れました、私がオーナーシェフのダニーロです。ところで、お聞きしたいことがあるのですが」

「何でしょう?」


 シウが礼儀正しく聞き返すとダニーロは片眉を上げ、ニヒルな笑みを作った。私はまだプリンに忙しいので黙っている。


「実は、この店の裏側からは白竜のいる古城がよく見下ろせるんですよ。丘の上ですから」

「何をおっしゃりたいのですか?」


 警戒したようにシウの笑みが冷たいものになる。


「俺は望遠鏡を持ってて、仕事が終わってからあそこに住み着いてる白竜をいつも観察しているんです。それで、古城にあなたたちがどうやってか移動して、白竜と仲良くなっている姿を目撃しました」


 昨夜、厨房の裏庭で白竜の話を聞いていたときのことだなと私は回想する。海面を移動する時はともかく、古城にいるときは光学迷彩の魔法を使っていない。まさか遠くから監視されているとは思っていなかったので、ランプなども置いていた。


「聞いてどうするんですか? 僕たちにもうこの店に来るなと?」

「いやそうじゃなくて、公爵側の監視の目をかいくぐって古城に行けるなどと、大変に実力のあるお方なんだとお見受けしました。ぜひ白竜と話せるように取り持って欲しいんです。あの白竜には、みんな恩義を感じているんです。やっぱりすごくいいやつでしょう?」


 シウは訳がわからないと言いたげに弓なりの眉をひそめる。確かにシウからしたら、白竜はあんまりいいやつでもないし、なぜダニーロが話したいのかもわからないだろう。


「どういうことですか?」

「ええと、少し長い話です。座って話しても?」

「はい」


 シェフは椅子を隣の席から持ってきて、説明をした。


 つまり白竜は町のみんなに好意を持たれている。7年前、天候不良による凶作時でも税を下げない悪徳公爵を討った功績により、庶民の味方だとされていた。


 しかし、公爵の後継者や関係者はもちろん違う。難攻不落であるはずの海に浮かぶ城を空から急襲し、公爵一家や兵を殺害をした白竜には憎悪がある。


 だから、現公爵は町の住人に白竜に近づくことを禁止した。古城に至る海上には常に監視の目を光らせており、船などは使えないそうだ。もちろん、干潮のときにだけ出現する道も同様だという。


 もしも町の住人が白竜と仲良くなり、町の住人側に都合の良いことを吹き込み、その圧倒的な力で迫られたら公爵側は全く太刀打ちできないからだ。


「別に公爵をまた襲えだなんて言いません。ただ、あの戦争を終わらせてくれたこと、そして今に続く減税措置についてお礼を言いたいのです」

「そうですか。どうする? サミア。僕はどっちでもいいよ」


 シウは私に判断を任せようと話を振ってきた。私を普通の子どもだと思ってか、あまりこちらを見ていなかったダニーロが、戸惑ったように私を観察する。


 すっかりデザートを完食していた私は、このダニーロは料理人テーネスと何らかの繋がりがあるのではとさっきから質問したくてたまらなかった。雑だが、同じ職業だ。


「話を変えて悪いが、ダニーロはもしかして料理人テーネスを知っているか?」


 ダニーロは青い瞳を大きく見開き、何度も瞬きをする。


「お嬢ちゃんが何を聞きたいのかよくわからないけど、俺の息子の名前がテーネスだよ。でも料理人じゃない」

「……」


 私はパズルが嵌まりそうな気配に胸がざわめいた。テーネスは料理人じゃなかったけど、白竜にはそう語っていたのかもしれない。でも、ダニーロの暗い表情はテーネスの健在を知らせてくれそうもなかった。

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