町の情報収集
「か、かわいいなんて言われて嬉しい訳がないだろう、二度とそんなことを言うな」
ぎりぎり大きなお皿の範囲内に落としたフレンチトーストをフォークで差し直し、口に放り込む。あの偉大なセシオンがかわいいなんて言われて嬉しいはずがないから、私は強く否定するしかなかった。
「わかった、ごめんね。でもサミアは何でそんなに顔を赤くするの?」
「……怒りによるものだ」
「ええっ、すごいね」
わかってるのかわかっていないのか、シウは色んな角度から赤くなっているという私の顔を観察する。からかってるのか?
「私の顔色のことはいいから、早く食べろ。今日はやることがいっぱいなのだから」
鍛冶屋に行くのと、食材の買い込み、それから白竜の忘れ得ぬ人、テーネスの情報収集と盛りだくさんだ。
「うん、そうだねえ」
私の顔を穴が空くほどじっと見つめながら、シウは器用に、さりげない上品な動作でフレンチトーストを食べ進める。ちゃんとした食器やカトラリーを使うと、何だかんだ言ってシウは王子が板に付いているのだった。
◆
町を歩くだけなのでメリッサは古城に残し、浅い海を風魔法で渡る。ちなみに、昨日も今日も光魔法を同時使用して光学迷彩をかけてあるので他人から私たちの姿は見えない。
人々に恐れられている白竜の巣食う古城廃墟に泊まってるとか、高度すぎる風魔法を使いこなしてる点を見られて騒がれたくなかった。
「まずは一番時間がかかりそうな、鍛冶屋に行ってしまおう」
ここは船と人の往来が多い港なので、当然港に案内所が設置されている。そこで聞けば、腕が良いという鍛冶屋の場所はすぐに教えてもらえた。工房が軒を連ねる職人通りの最奥にある『ロンギー工房』が最も難しい素材を扱うことに長けているそうだ。
「ところでお兄さん方は、旅の方ですよね? 今日到着されたのですか?」
カウンター越しの会話だというのに、案内所の婦人は声を低める。私はカウンターに顔の半分ほどしか届かないのでシウがさっきから会話をしていた。
「いえ、昨日からここにいますが」
「まあ、でしたら昨夜に離島に現れた巨人をご覧になりました? ほら、ここから見えるあれ、古城のある離島に出たんですよ!」
「残念ながら、僕はそのとき眠っていました」
「あらまあ。すごかったのですよ、巨人対白竜の戦いで、町は少し混乱しましたけどね、最終的に白竜が倒したようで一安心でした」
騒ぎになってたのかと私は口をモゴモゴさせる。巨人を倒したのは私の呪文だが、危ないから白竜には空中に退避してもらっていたのが戦っているように見えたのかもしれない。暗くて遠いから、シウや私が町の人に見られなくて良かった。
「そうですか、そんなことがあったとは驚きです。でも白竜は恐るべき存在ではないのですか?」
シウは面の皮が厚いのか全く動じず、爽やかに微笑んで質問をした。いつも思うけど、シウは私以外の人に対して全く態度が違う。
「白竜はね、あそこに住み着いてるけど別に何をするってわけでもないんですよ」
「以前は使われていた城でしょう? 町の防衛的に価値のある場所なのに占拠されてるじゃないですか」
「ええ、まあそうなんですけど。色々ありまして」
婦人は口が重くなっている。これ以上は、後ろにほかの旅人が順番待ちをしているのでやめた方が良さそうだった。それでも、白竜が思ったより恐れられていないとわかったのは収穫だった。
港の案内所を出て、私たちは運河に沿って歩き出した。この辺りは貨物を保管しているのか、石造りの倉庫などがたくさん並んでいる。
「白竜はそんなに悪く思われてないんだな」
私はぼそっとシウに話しかけた。
「うん、白竜が人の争いに手出しするのはいいことじゃないけど、反乱戦争を終わらせたわけだしね。それに前ゴブラン公爵の評判が悪かったから。今は甥が承継して治めてるけど、この地帯の税は軽減されたままだってさ」
シウなのに、世の中の流れを意外と知ってるものだと私は驚いて見上げた。
「僕が知ってると意外?」
「いや、うん」
否定なのか肯定なのか、どっち付かずの返事を私はする。
「これでも王子として他国の情勢の勉強もしてたし、サミアを探してる最中には酒場とか行って情報収集してたんだ」
「へえ」
つまり、シウ単体で行動するときは自立した大人として動けるってことだ。でも私の前ではワガママな少年みたいな言動をする。本当に仕方ないやつ。
「見直してくれた?」
「どうかな」
誉めてほしそうにシウは紺碧の瞳をキラキラさせるけど、私は視線を逸らした。
「あれ?」
「いいから、テーネスについて聞き込みしながら鍛冶屋まで行くぞ」
「うん」
てくてく歩きながら、私たちは手頃な地元民を探した。最後の情報が7年前ということからも、あんまり若い人に聞いても仕方がない。やがて、道端でお喋りに花を咲かせている地元民らしい、エプロンをつけた婦人の集団を発見する。
「あの人たちが良さそうだ」
「うん」
シウはいかにも好青年風の笑みを作り、彼女たちに近付いた。
「すみません、ちょっとお聞きしたいのですが」
「あら……」
「まあ、何でしょう?」
ご婦人方はシウを見るや、口元に手を当てて恥ずかしそうに笑う。人並み外れた美形であるシウに対する驚きと興味と、若干の照れ隠しだろうか。
シウの白銀の髪は潮風に踊り、神がかった美を表現していた。何でも完璧に近づくほど却ってほんの少しのズレが気になるものだが、シウにはそれがない。生まれ変わるときに神に頼んだだけのことはある、極限に理想的な人の造形なのだった。
「テーネスという料理人をご存知ないでしょうか?僕たちは、父の恩人を探しているのです」
あらかじめ用意しておいた設定でシウは語る。私たちは兄妹で、父の恩人を探している――という無理のない設定にした。
「テーネスですって? ああ何てこと、私は知らないわ。でも知り合いの食材問屋に聞いてみましょうか? この辺じゃよくある名前だけど何歳くらいの人?」
「生きていれば30代後半でしょうが、7年前に亡くなったかもしれないのです。反乱軍に加勢して……」
「困ったわね。悲しいけれど、そんな人は多いのよ」
婦人方は首を振ったり、視線を下げたりと悲しい素振りをした。何度も繰り返されてきたやり取りなんだろう。
「でも方々に聞いてみるわ。私たちは明日もここに多分いるから来てちょうだい」
「お手数おかけしますが、よろしくお願いします」
なるべく礼儀正しくお辞儀をして、私とシウは彼女たちを離れてまた適当な別の人に尋ねる。そんなことをしてると、昨日のセシオンの彫像のある広場にたどり着いていた。
威風堂々というのか、今日もセシオンの彫像は立派で、手のひらからから水を噴き上げて平和を祈っているようだった。その頼りがいのある勇姿にはついコインを投げて、テーネスの手がかりが見つかりますようにと祈りたくなる魅力がある。昨日はそんなこと思わなかったのに、自分がセシオンじゃないと自覚するともうダメだった。この人は、素晴らしい人だった。
「サミア?」
足が止まった私に一歩遅れてシウが気付き、どうしたのかと訝しがっていた。
――セシオンに会いたいな、と叶わない願いが頭に浮かぶ。彼の記憶をもらっただけの私でさえこんなにセシオンを恋しく思うのに、シウはどんなにかと思うとつらくて押し潰されそうだった。
「どうしたの? 疲れた? 僕、歩くの早かった?」
「いや、ううん、大丈夫だ」
「お腹空いた? もう聞き込みなんてやめて、お昼ご飯食べる? 僕今日は変なこと言わないから」
そんなに私が沈んでるように見えたのか、シウは疑問符を重ねる。
「……そうだな、全然テーネスについての手がかりもないし、鍛冶屋に行ったら食事にしよう」
「うん。疲れたならおんぶするけど?」
「絶対にいらない!」
おんぶだなんて、私の感覚でも許されざる恥ずべき行為だ。声を張り上げた私に、シウは安心したようにくすっと笑った。




