白竜の思い出話
白竜はどうやら寂しかったらしい。まだまだ話したそうに見える。
「……その話、長そうだな。私たちは夕食がまだだから、食べながら聞いてもいいか?」
「はい、もちろんです」
私の提案に、白竜は重々しく首肯した。ご飯がおいしくなる話でもなさそうだけど、私とシウは机と椅子を厨房の裏庭に運び出した。そして食べながら長い長い白竜の話を聞いた。
――7年前、白竜はたまたま崖崩れに巻き込まれていたテーネスという若い料理人の男を助け、せめてものお礼にと焼き菓子をもらったという。そして翌日、何となく崖崩れの現場に戻ってきた白竜とテーネスが再会したことから交流が始まった。テーネスは律儀に別の焼き菓子を持ってきていた。
テーネスは色々な料理を白竜に食べさせた。幼体のときに言葉を覚えるために人間と交流して以来、久しぶりの美食に白竜は喜んだ。ただ、人間と白竜の寿命は全く違う。また悲しい別れが訪れることを恐れ白竜はしばらくその地を離れた。
しばらくの後、戻ってきた白竜は付近の物寂しい雰囲気に驚いたという。適当な人間を捕まえて事情を聞き、領民の反乱戦争が起きていたことを知った。
その年は小麦の収穫前に雨が続き、赤かび病という作物の病害が大発生し収穫量が激減した。にも関わらず、当時のゴブラン公爵は年貢の低減を一切行わなかった。民が餓えることに無関心な公爵に対し、領民は一斉に蜂起した。テーネスもゴブラン公爵の軍と戦った――かどうかは定かではないが、当時ほとんどの若い男は立ち上がったという。そして、テーネスはどれだけ探しても見つからなかった。
テーネスを殺されたのだと激怒した白竜はゴブラン公爵の城を襲い、逃げ惑う人々を焼き尽くした。
「どうしてそんな恐ろしいことをしたか、今でもわかりません。あなたは勇者セシオンの生まれ変わりなのですよね? もし私を裁くのなら、どうかお願いします」
全て話し終えた白竜は、シチューを食べ終えて、食後のお茶を飲んでいた私の前に白竜はぬっと首を差し出した。首を斬れとでも言うのか。
「断るよ。私に誰かの罪を裁く権限などない。それに、何をやっても失われた命は戻らない」
「はい……」
「生きたくても生きられなかった命があるんだ。お前は自分の命を粗末にするな」
私は自分で言って、胸がずきりと痛んだ。セシオンだって静かに生きたかっただろうに、どうして消えてしまったんだ――
「はい、おっしゃる通りです。ではせめて、サミア様を守らせて下さい」
「ん?」
「サミア様からは、偉大で特別な雰囲気が感じられます。私は罪に汚れた体ですが、契約して盾にでもお使い下さい。魔王が目覚めているのでしょう?」
「うわっ! お前はまーたサミアに契約迫るの?」
暗い感情に呑まれそうな私に全く気付かず、白竜は契約の話を持ち出した。そしてシウは過剰な反応を示して手を戦慄かせる。
「そうやって同情させてサミアの優しさにつけこむなんて油断ならないやつだな! サミアは僕のものなんだから契約はしないよ! ねえサミア、こういうことになるから、ほかの男に優しくしないでよ」
「ほかの男……?」
「ああはい、私は男です」
白竜は擬似声帯の低い声ではっきり男だと断言するが、種族が違うこともあり、私はどちらでも関係ないと思っていた。シウの嫉妬する対象がめちゃくちゃだけど、元白竜のシウだから仕方ない。それにシウが私を一応女性として見ていたという言質であった。
「はは、何を言ってるんだか」
悩んでいたことがちょっと馬鹿らしくなって、私は笑ってしまった。
「笑いごとじゃないよ。僕らみたいなものにとって、サミアはすっごく魅力的なんだよ。だって強いもん」
「……シウから見て私が魅力的だと言ってるのか?」
動かせないけど、耳がぴくんと動きそうに興味深い。
「うん。すごくすごーく魅力的だよ。サミアみたいな人は今後千年現れないね」
「へえ……」
私はにやつきそうな口元を隠すためにお茶を一口飲んだ。そうか、シウの好みはひたすらに強いやつだったのか。外見とか性別とか肉体の年齢はどうでもいいのかもしれない。
「じゃあもしも、私が今の何倍も強くなったら私に対してドキドキするか?」
シウはきょとんとする。
「今の時点でもう十分なんじゃないの? だって前世ではあんなに手こずってた最強魔法を今は安定して使えてるよ、というかできるの?」
「できる。長く深く眠ることで可能だ」
転生した直後に7年間やっていた、周囲の魔力を引き出して蓄える手法の記憶ははっきりとあった。この体には、そういう能力がある。
「できるとしてもやめようよ、また体に負担かけるんじゃないの?」
「大丈夫だ。それより、ドキドキするかどうか聞いてるんだ」
「それは多分、するかな。しんぱ……」
「じゃあやってやろう」
私はカップをテーブルに置いて立ち上がった。これだと座っているシウと目の高さが合う。シウの紺碧の瞳は、テーブルに置いたランプの明かりを反射していた。
「私に不可能はない」
言葉では説明し難い万能感が体内を巡っていた。シウに好かれるためだけに、私はとんでもないことをやろうとしているが一度湧いた欲は止められなかった。シウはいつも私をおかしくする。
「待って。心配って意味でドキドキするだけだから、やらないで」
「いや、やる。やってやる」
私は土の精霊を何体か呼び出し、この辺りの地脈の流れを探らせた。空気中にも魔力はあるが、地面に埋まっている魔力を探し出した方が効率がいい。
「うん、流れが滞っている部分がある。それもついでに修復して……」
「待って!」
声を張り上げ、シウは私を強く抱きしめた。顔がシウのお腹あたりに押し付けられ、苦しいくらいで私は魔法を中断せざるを得ない。
「っ……シウ……」
「サミアが眠っているときに魔王兵が現れたら、悔しいけど僕だけじゃ君を守りきれない。だからやめてよ、僕はサミアを失ったら生きてる意味がない」
「わ、わかったから」
私が腕を突っ張ると、ようやくシウはきつすぎる抱擁を解除してくれた。確かに、その問題はある。
「――えーとそれで、私と契約はして下さらないんですか?」
しつこい白竜は諦めず、空気も読まず、自分勝手に私に体を擦り付けてくる。私は苦笑してその体をそっと撫でてみた。ツルツルの鱗の表面は潮風で冷えていて気持ち良かったが、シウが物凄い形相で睨んでいた。
「悪いが契約はできない。でもそうだな、テーネスという料理人の男の行方を探してみるよ。血縁者くらいは見つかるかもしれない」
テーネスが本当に亡くなったのかどうか、それさえも定かではないのだ。白竜の孤独を埋める誰かを見つけてあげたいとも思った。私に体を与えてくれた、偉大なセシオンならそうしただろうから。
その夜、予想通り就寝中に魔王兵は古城に現れた。私は寝ぼけながら魔法を使い、城の一部を消失させた。
朝になって、私とシウは朝食を摂りながら作戦会議をした。朝食は、前の晩から仕込んでいたフレンチトーストだ。それを厨房にたくさんある金縁で小花柄の皿に乗せ、食堂の長いテーブルで食べると豪勢な気分だった。
「シウの武器を強化しよう」
私が眠っている間に魔王兵が現れても、シウがひとりで倒せるように武器を強化する必要があった。魔王兵は、普通の武器では一切攻撃が入らない。現在はいざ戦闘というときに私がシウの槍に聖属性を付与しているが、それは1時間くらいしか効果がないのだ。
「そうだね、白竜の背中から摘出した魔王兵の槍の穂先。すごい禍々しいけど僕の槍にくっ付ければ使えるもんね」
「うむ、使えるものは何でも使わないとな」
「でもそれが有効だったら本当に長い眠りにつくの? 別に今のままで十分なのに。寂しいよ」
微かに眉尻を下げ、とても上手にシウは悲しい表情を作る。世の芸術家がモデルにするべき、哀切に暮れる美青年の図だ。
「長いって言っても船が出るまでの1ヶ月くらいだ、特にやることもないし寝て待つのもいいかなって」
「僕はサミアとこうしてお喋りしてたいんだよ。サミアは寝顔もかわいいけど、やっぱり起きてるときの方がかわいいよ」
「はっ?!」
食べようとフォークに刺したフレンチトーストを私は落っことした。びっくりしたけど、聞き間違えたのかもしれない。
「聞こえなかった? 寝顔もかわいいけど、起きてるときの方がかわいいって言ったんだけど」
「聞こえてる」
「やっぱり君はかっこよかったから、かわいいって言われるの嫌だった? でもごめんね、僕はずっとそう思ってる」
照れ隠しに唇を噛む私に、シウは追い討ちをかける。




