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それぞれの策略

「だって、何だ? はっきり言え」


 ついつい厳しく問うと、シウの瞳からすうっと涙が落ちた。涙は滑らかな頬を伝い、テーブルクロスに染みを作る。


 ――どうして、人には涙を流すなんて機能がついているんだろう。私の現実逃避したい心が、そんな疑問に飛び付こうとしていた。


 心の痛みや体の痛みによって涙を流すのは、私が知る限り人だけだ。シウが前世で白竜だった頃には、どんなに重傷を負って痛い思いをしても、決して涙は流れなかった。


 シウは今、大きな白竜の体を失ったが、人の体になったことで涙という強力な武器を手に入れていた。涙はすごい威力で私から一切の怒る気力を奪い、慰めてやらねばと責任感をつついてくる。


「だって! サミアは、クロドメール国に着いたら僕と別れる気でしょう。ときどき黙って悲しい顔してるの、僕気付いてるんだから」

「……そうか」

「だからまだ船に乗りたくなかった」


 涙を拭いもせずにシウは言う。周囲の客たちは会話をやめ、しんと静まり返って私たちに注目していた。海鳥だけが、遠くで気楽にみゃあみゃあ鳴いている。


「シウ、あのな」

「怒ってる? 僕のこと嫌いになった?」

「いや、怒ってないし嫌いにもなってない」


 そもそも、船に空きがあって乗れたとも限らない。


「でも呆れてるよね?」


 シウの白銀の睫毛が涙で光っていた。少女に泣かされてる美青年というおかしい画であり、周囲の同情は買いまくっている。そう、これは茶番劇だった。


 こんなにややこしいことをしてまで、シウは私を引き止めようとしているのだ。


 大変に面倒なやつだと思うが、それでも私が前世でこいつにしたことに比べたら、大した罪でもなかった。


「呆れてもいない。わかったから、私が悪かった!」

「何が?」

「ク、クロドメール国に着いても、シウと別れない。心配させるような態度を取った私が悪かった」


 ――すぐには、という補足を口には出さず私はシウをまっすぐに見つめた。シウが私の瞳の奥を覗き込むように、まばたきもせずに見返してくるが、嘘はついていないから、しっかりと目を合わせられた。


「だから、泣き止んでくれ。そして食べろ。誰でも空腹だと無闇に悲しくなるが満腹ではそうならない。それに早く食べないと料理に失礼だろう、料理には敬意を払え」

「うん、わかった。ごめんね」


 シウはナプキンで目元を拭ってから、爽やかに笑った。どこか達成感に満ちた笑顔だ。計画通りとか思ってるんだろう。だが今は勝ちを譲る、それだけのことだ。


「ほら、冷めきる前に温かいものを食べろ。このホタテのグリルなんて、見るからに最高の焼き加減だぞ」

「うん」


 シウは私が押し付けた皿を手前に置き直し、ようやく一口めを食べた。


「あ、おいしい」


 シウは食べ始めると、なかなかの早さで皿から料理を消失させる。私も同じように大きなホタテを切って口に運ぶ。バターでこんがり焼かれ、香ばしくて絶妙な塩気だった。


「おいしいな」

「サミアと一緒に食べれるなら何でもおいしいよ」

「ああそう」

「これからも、ずっと一緒にご飯食べて、ずっと一緒にいようね。僕はそれだけでいいんだ。だから変なことは考えないでね」


 今度は爽やかではない笑みでシウは言う。仄暗い狂気みたいなのを紺碧の瞳に宿らせて、明らかに私を牽制していた。察しのいいやつ。


 私ははっきり返事はせず、曖昧に頷くのみとした。




 デザートのプリンまで食べてから、私たちは重たくなったお腹を抱えて坂道を降りる。港に行って、次のクロドメール国行きの船を予約した。


 やはり船は1ヶ月後しかなく、それ以外のルートだと中距離を航行する船を乗り継ぐしかない。だが、中継地の港に入って船を降りてから、次の船に空きがあるか確認するしかなく、下手するともっと期間がかかってしまいそうなのでやめにした。


「仕方ない、当面の宿泊場所を探そう。この町に長くいるとまた魔王の手下に襲撃される。こんな人の多いところでそれは良くない。町を離れたところにある空き家でも借りれたらいいんだが」


 私はどこの誰にそれを尋ねればいいかわからず、青い空を見上げた。


「それなら僕、良さそうなところ知ってるよ」


 私の顔の真上に日陰を作るようにシウが首を傾げてきて、得意そうに微笑む。


「何でそんなの知ってるんだ? そこまで計画してたとか?」

「まさかぁ。でもほら、あそこのお城見て」


 シウが指差す向こうをよく見ると、海のただ中にぽつんと古城が聳え立っていた。かなり古く半分は崩壊していて、城のような岩にも見えるが、天へと伸びる尖塔が残っていることで城らしい形を保っていた。


「あそこ、昔からあの白竜の根城なんだよ。泊めてもらおう」

「いい案だな、そうしよう」


 あの白竜とは、ついこの間私に契約を迫ってきて、背中の治療をしてやった白竜だ。白竜なら何かあってもすぐに空に逃げてくれるし、迷惑かけることもないので丁度良かった。


「ここから見える位置なら、風魔法で飛んでいけるぞ」

「すごい、流石サミア。潮の満ち引きによっては道が出るらしいけど」

「待ってられるか、ぱっと行こう」


 短い距離間なら風魔法で海を渡れる。ただ、風の精霊はものすごく気まぐれで飽きっぽく、何時間も維持するのは困難を極める。せいぜい1時間がいいとこだが、あの城までは15分くらいで着きそうだった。とても良い立地だ。


 急いで町の厩舎に預けていたメリッサを連れてきた。


「メリッサ、何も怖くないからしばらく落ち着いててくれ」


 太い首を撫でて、ちょっと緊張した様子のメリッサを落ち着かせる。メリッサは賢いのでこちらの言うことは大体わかってくれる。


 それから私はメリッサ、シウの体を風で包み込み、地面から私の腰の高さくらいまで浮かせた。次に私自身の体を浮かせて追い風を作り出す。すると足の裏がどこにも接地しないまま、滑るように海の上へと体が移動していくのだった。メリッサが4本の脚を少しバタつかせる。


「……この移動は、足の裏がすうすうしてあんまり落ち着かないのが欠点だな」

「僕は風が気持ちいいよ」


 私が魔法の制御をミスするなど夢にも考えないらしく、シウは全身に風を浴びて目を瞑った。もちろんミスはしない。


 海の表面に浮かぶ流木や、生きているのか死んでいるのか不明なクラゲなどを観察しているうちに古城のある離島の、浜辺が見えてきた。私たちの接近を感知したのか、あの白竜が浜辺に立ってお出迎えをしてくれていた。


「私の巣に来てくれたんですか? 嬉しいです!」


 白竜は尻尾を砂浜に激しく打ち付け、喜びを表現した。

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