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治療

「その節は、お世話になりました」


 シウに迫った白竜は、長い首を垂れ深々と頭を下げてまともな大人みたいなことを言う。シウはきゅっと眉を寄せた。


「その節って?」

「ラーズ様が、勇者セシオンと共に世界を救ってくださったことです」

「うん、大事なことは聞かれる前に始めから言うべきだったね」


 シウはふふんと得意そうに顎を上げた。先輩風を吹かせているが、シウの方があれなんじゃないかと思う。


「はい、全くその通りです。空が闇に染まり、昼のない暗黒の時は恐ろしいものでした。ラーズ様とセシオン様の働きがなければ今の世界はありません」

「わかればいいんだよ。ちなみに、今の僕の名前はシウだから」

「はい」

「そして、ここにおわすのが勇者セシオンの生まれ変わり、サミアだからね。君がおいそれと契約を迫るのは間違いだよ」

「おお、道理で。これ程強い気配をお持ちの方がそういるはずありませんからね。しつこくして大変申し訳ありませんでした」


 白竜は私に向き直って、また頭を下げた。


「いや、私は別にいいから」


 私が強者の気配を隠しきれないのがいけないのだ。別に魔力を垂れ流しにしてる訳ではないが、強力な魔法を行使した後には自然回復の為、周囲に漂う魔力をごっそり吸収し続ける。それがいわゆる、強いやつの気配だ。


 防ぐには予め自分の魔力を何かに貯めておいて減ったときに使うか、魔力回復にいいものを食べるかだ。今回は急だったのでそのような蓄えがなかった。


 目の前の白竜の肝でも食べればすぐに回復するだろうが、会話してしまった相手を食べたくはない――が、じっくり白竜の体を観察していて、さっきから広げっぱなしの翼に目が向く。翼というか、その付け根だろうか?


「お前は怪我をしてるのか? 翼の付け根のところ」


 さっきからこの白竜は、自身の飛行能力を見せつけているのかと思っていたが違う気がしてきた。


「すごい、サミア様は何でもわかるのですか?! 実は古傷の治りが悪くて、翼を広げている方が具合がいいのです」

「まあそれは、前世で色々経験したからな……」


 私は申し訳ない気持ちでシウをちらっと見た。前世では、千年生きた立派な竜だったシウに、いつも私が呪文を詠唱する間の盾役をやってもらっていた。


 もちろん防御魔法はかけるし、白竜の体は頑丈だが、強い相手だと怪我は免れない。痛い思いをさせたなと罪悪感が胸を占めた。


「サミア、そんな悲しい顔はしなくてもいいんだよ。君がやりたいなら、この白竜を治療してあげたら? めちゃくちゃ妬けるけどね」


 私の肩をぽんと叩いて、シウは笑顔を見せる。


「だって、さっきこの白竜の誘いを断ってくれただけで僕は感動したもん。ほんと君は優しくなった。効率最優先だったセシオンより、今のサミアの方が好きかも」

「何言ってるんだ、バカ」


 ぽわっと変な空気になった私とシウに、白竜がわざとらしく咳払いのような音をたてる。任意で作った発声器官は咳なんか出ないので絶対わざとだ。


「あの、それで私はどうしたらいいんですか?」

「い、今、治してやる。うつ伏せになれ。多分、傷に何か大きなものが埋まったまま雑に治したんだろ。覚えてるか?」

「そういえば魔王兵の槍が刺さって受けた傷でした」


 白竜は首の可動域ギリギリまで後ろに回して翼の付け根辺りを見ようとする。だけど、長い首でもその辺りはよく見えないし、前腕も届かないところだ。そして私も届かない。白竜は指示通りに腹を地面に付けてうつ伏せになった。


「シウ、ちょっと手を貸せ」

「うん」


 私はシウに抱き抱えられて、白竜の背中に飛び移る。腹這いでも白竜の体の厚みは大したもので、自力では登れないからだ。


 白竜の煌めく鱗に覆われた体のうち、右側の翼の付け根を魔力を込めた指先でつつく。


「ここだろ?」

「あっ、はい。気持ちいいです」


 白竜が気持ちいいとか言うので、シウは不快感を露わに顔をしかめた。


「ちょっとくらい痛くしてもいいんじゃない?」

「切って槍を取り出すから、麻痺魔法をかけるよ……白竜、少しピリピリするかもしれない」


 私は白竜が痛みを感じないように、麻痺魔法をかけた。それから適当なナイフをシウに借りて、硬い鱗が切れるようにと魔力で強化した。



「こんなものか」


 刃を当てると、すうっと柔らかいステーキ肉のように背中に刃が入っていく。


「痛くないか? 今、切ってるが」

「全然。すごいですね。麻痺魔法も、私の鱗に傷をつけられる魔法付与も、その辺の人間には絶対不可能なことです。余程、魔王の側近クラスの相手でなければ」

「そうだろうな。それに、白竜の体の作りに私くらい詳しいやつはいないだろう」


 痛みを感じていない白竜と世間話をしながら、私はその背中をサクサク切り裂いていく。噴き出す血が邪魔なので、炎の精霊を呼び出し、表面を焼いて止血する。はっきり言って、慣れていないと無理な行為だ。


「うう、僕は前世で治療されるとき、怖くて見てなかったけど、君ってばこんなことを……」


 シウは口に手を当てて青ざめていた。


「ああ。謝ればいいってもんじゃないが、悪かったよ」

「いや、責めてるんじゃなくてすごいって思ってるだけ。だって怖くない?」

「白竜は傷が治るのが早すぎるからな、異物を取り去る前にふさがるとこうしなきゃならなかったんだ」


 小さなものならそのまま体内に吸収するが、あまりに大きいものや、魔力の性質が異なるものは残ってしまう。私は慎重に切り進め、筋肉の層に埋まった、直線的な溝のある赤いものを発見した。これが槍の破片だろう。


「これだな。シウ、引っ張ってくれ」

「うん」


 シウはぬるつかないように革の手袋をはめ、かつて槍だった異物を引っ張った。癒着してがっちり固まっているようだが、シウは数度の試行で無事に抜去に成功した。


「うーん、なんか取れると嬉しいね」

「私も何となく快感です。長年の喉のつかえが取れたような」


 シウは爽快な笑顔を見せるし、白竜も顔は見えないがすっきりした声をあげた。喉ではなく、翼の付け根だが。


「よし、他にはないようだな。じゃあ回復魔法をかけて傷を閉じるよ」


 私はよく点検をしてから、回復魔法を唱える。なお、白竜の体は大きいのでそれだけ回復魔法に使う魔力は多くなる。


「放っておけばすぐ治りますよ、お気遣いなく」

「遠慮するな。私がつけた傷をいつまでも見たくないんだ」


 施術中はともかく、終わってしまえば痛々しい。私は傷がきれいに治るまで、白竜の背中に回復魔法を照射した。それから麻痺の解除も行う。


「こんなに良くしてもらって、どうやってお礼したらいいのでしょう……私との契約は断られてしまいましたし」


 全て終わってから、白竜は体を起こして翼の曲げ伸ばしをする。違和感はなくなったらしく、大きな翼は自由自在に広がったり閉じたりしていた。


「剥がれた鱗をもらったから私はこれで十分だ」


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