女の子からの告白を100人断れば付き合っても良いと彼女が言った
俺の名前は久保田紀夫。高校二年生だ。
今、目の前に俺と同じクラスの佐伯貴子がいる。女性の美醜をとやかく言うつもりは無いが、あえて言うなら彼女は美人の部類に入る。
彼女と俺は学級委員を務めている。二人で委員の仕事をこなす間に仲良くなった。
「久保田君、貴方だけをずっと見ていました。私と付き合って下さい。」
彼女が右手を差し出し、頭を垂れた。
「ごめん。君には恋愛感情を抱いていないから付き合えない。」
俺は彼女の告白を断った。
彼女が頭を上げた。目には涙が溜まっていて今にも溢れ出しそうだった。溢れない様に我慢しているのがわかる。
何度経験しても、正直言って辛い。
「そっか…ダメか…」
彼女は絞り出す様な声で独り言の様に言った後、瞼の防波堤は決壊し涙が溢れてしまった。
親友の哲也には、フラグを立てまくるなとよく叱られる。
してはいけない事だと分かっている。だが俺はやってしまう。ポケットから洗濯して一度も使っていないハンカチを出すと、彼女に渡した。
「返さなくていい。」
「こんなのズルいよ…私、期待して待っちゃうよ…」
彼女は俺の渡したハンカチを広げると顔を埋めた。ウッウッウッと嗚咽する。
俺はこの場を離れるべく踵を返すと、体育館裏から中庭へと移動した。
中庭に吉田楓が立っていた。
「泣かせたのは何人目?」
「99人目。」
俺は楓の横を通り抜けて、校舎へと入っていく。
あと一人。
あと一人で、この様な辛い経験から解放される。
なぜカウントダウンをしているのか。
事の始まりは中学校の卒業式の後だった。
ー◇ー◇ー◇ー◇ー◇ー◇ー
卒業式も終わり、卒業証書を手にした俺は、慣れ親しんだ学舎を後にした。
俺の通った星の街中学校では卒業式の後に、男子は学ランの第二ボタンを、女子は制服のリボンタイをお互いに交換できたらカップル成立という風習があった。
俺も教室を出ようとした時、複数の女子からリボンタイをかざされ、第二ボタンを下さいと言われたが、全部断った。
校門を出て歩く事五分。小さな公園に着いた。誰もいない公園。俺はジャングルジムにもたれかかりながら待った。
しばらくすると楓が公園にやって来た。楓は真っ直ぐに俺の所まで来て、目の前で止まった。
吉田楓
漆黒の髪は腰の辺りまである。涼しげな切れ長の奥二重。鼻は高く、薄めの唇は卯月型でキリリと引き締まっている。
中学三年とは思えない大人びた顔立ちで男子生徒からは、学年で一番人気の女子だった。
アタックした男子は数多く、全てが滅多斬りにされた。付いた二つ名は『難攻不落嬢』。
かく言う俺も楓の事が気になっていた。いや、はっきり言える。楓が好きだ。
外見から冷たい女の子と見て取れる節もある。白黒がらはっきりしているからだ。それは楓の中にしっかりとした信念があるからだと俺は思っている、
表立って来ないが、楓は人の見ていない所で努力をしている。朝早く登校し、誰も居ない教室で、黒板や教卓などを綺麗に掃除しているのを、俺は何度か見た事がある。
そして情に厚い。困った人に手を貸す時は、とことん付き添う。
とにかく楓のいい所を上げ出したらキリが無い。
「こんなところに呼び出して何かしら?」
楓は口角を上げると不敵な笑みを浮かべていた。
リボンタイはブラウスの襟に結ばれていた。
俺は第二ボタンを引きちぎり、楓に差し出した。
「俺にリボンタイをくれないか。」
「嫌よ。」
楓の返事は即答だった。
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私の名前は吉田楓。
卒業式の後、紀夫に公園に来て欲しいと呼び出された。
第二ボタンを振りかざし、私のリボンタイを狙ってくるクズ男達を振り払い、やっとの思いで公園にたどり着いた。
ジャングルジムにもたれていた紀夫は、私が近づくとピシッと正立した。
学ランの第二ボタンを引きちぎると、彼は告白をしてきた。
「俺にリボンタイをくれないか。」
紀夫が私に気があるのは薄々感じていた。でも、私は紀夫と付き合うには自信が無かった。
紀夫は話し方がぶっきらぼうだ。会話だけだと無関心な人に感じる事もある。紀夫と知り合ったのは中学に入学してからだ。最初の頃は感じの悪い人という認識だった。
不思議な事に紀夫とは三年間、進級毎にクラス替えがあったにも関わらず、クラスが一緒だった。三年間、彼と接していて彼の本質に触れる事ができたと思っている。
彼は根が優しさで出来ている。それが表向きに現れにくい。だが自分の気付かない所で彼の優しさがあったりする。後から友達に「あの時、久保田君がどうたらこうたら…」と教えてもらい、初めて知った優しさ数知れず。
そしてキザ。ぶっきらぼうな言い草で優しさをぶっ込んでくる。恥ずかしい事を事も無げにサラッとしてくる。
男女問わずに優しさを振り撒くから、友達は多いように見受ける。
男の子はいい。友達になればいいだけ。
女の場合は、そうはいかない。彼の優しさを『私に気があるのでは?』と勘違いしてしまう。何本ものフラグをグサグサと立ててくるものだから、友達関係で満足できる訳がない。彼に「ほの字」の女子は結構いる。
かく言う私も紀夫に「ほの字」の一人だ。
紀夫は容姿もいい。背は高い。175cmは超えている。顔立ちも美男子だ。性格良し、度量良し、見た目良しのイケメンだ。
ライバルは大勢いる。
今、OKの返事をして、お付き合いを始めたとする。
今は私に好意を持ってくれているが、私以上にいい女が現れたら…その女も彼の毒牙にかかったら…
私からその女に彼の気持ちが移るかもしれない。
そう考えると、付き合える自信が無かった。
とっさに声に出した返事。
「嫌よ。」
だからと言って、彼の事を諦める様な薄っぺらな気持ちでも無い。
私は紀夫と同じ高校に進学する。このアドバンテージを活用しなくては。
「でもね。私が今から出すミッションをクリア出来たら、お付き合いさせて下さい。」
「どんなお題だ?」
「高校に入ってから女の子の告白を百人断って欲しい。途中、告白を断れなかったらミッションは失敗よ。告白を受け入れた子と末長く付き合って下さい。カウントは延べ人数でいいわ。」
「わかった。受けよう。」
このミッションは、私の自惚れと保険という、第三者から見たら非難されても仕方の無い事かもしれない…
彼の本気度を私は知りたかっただけ。
高校生ともなれば、愛に対する感度は高くなるはず。紀夫の良さに気づく女の子は中学より多いと思う。
矛盾するかも知れないが、百人というのは紀夫にとって無理難題ではないだろう。
だって、私の惚れた男なんだから。
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佐伯貴子の告白を断った翌日。
学校に登校すると、俺の下駄箱の中に一通の手紙が入っていた。
淡いピンクの封筒の表には『久保田紀夫さんへ』と書かれていたが、裏を見ても差出人の名前が無い。
靴を履き替え廊下を歩きながら、封を開けて便箋を取り出した。
『今日の午後5時。星の街中学校近くの公園に来て下さい。貴方に伝えたい事があります。必ず来てください。お待ちしています。』
と綺麗な字で書かれていたが、やはり名前が書かれていない。
だが、この手書き文字のクセには心当たりがある。中学、高校と何度となくノートを貸し借りして見慣れた字だ。
そして『星の街中学校』は俺のアイツの卒業した中学校。近くの公園と言えば、俺がアイツに振られた場所。
この手紙の主は…
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私は学校が終わると急いで公園に駆けつけた。スマートフォンで時刻を確認すると、四時四十五分。
紀夫はまだ来ていないようだ。
手紙に私の名前を書かなかったけど、彼なら主が誰かは直ぐに分かるだろう。
彼が来るかどうか、分からない。来なかったら来なかったで、別に構わない。
でも来て欲しい気持ちの方が大きい。
私はあの日、このミッションを紀夫に告げた時から、百人目は私と決めていた。
彼の気持ちを確かめるために。
五時になった。
紀夫が公園に現れた。
彼が私の側までやって来る。
私は立ち上がり、ブレザーのポケットに手を入れてリボンタイを握る。
彼が私の前で立ち止まった。
「百人目が楓とは予想出来なかったぞ。」
彼は苦笑していた。でも、その目に迷いは見られない。
彼は私の思う通りの行動をするだろう。
私は大きく息を吸って、静かに吐き出した。
「久保田紀夫さん。私はあの日から…あの日よりもずっと前から、貴方の事が大好きです。今もその気持ちに変わりはありません。私とお付き合いをして下さい。」
私はポケットからリボンタイを出して彼に差し出した。
頭は下げない。彼の目をジッと見つめ続けた。
「ありがとう。気持ちは嬉しい。でも、リボンタイは受け取れない。」
私はフラれた。
予想通りで安堵した。
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公園にあったブランコやジャングルジムは、撤去されて無くなっていた。
遊具がかなり古かったので、危険と判断され撤去されたのだろう。
あれから二年も経っていないのに、あの日の事が、はるか昔の事に思える。
吉田楓の告白を俺は断った。
これで百人目だ。
告白を受け入れて、楓を彼女にする事も考えた。
だが、それではダメな気がした。楓に対して不誠実だからだ。
彼女との約束は百人の告白を断る事。
俺の楓への想いは、絶対にブレない。
そうする事が、楓の不安を払拭する唯一の手立てなのだから。
楓も納得した表情で、ニッコリ笑っている。
俺はポケットから学ランのボタンを取り出した。あの日、受け取ってもらえなかったボタンを。
「吉田楓さん。俺にリボンタイをくれないか。」
俺は手の平にボタンを乗せて、彼女に手を突き出した。
楓はボタンを取ると、代わりにリボンタイを手の平に乗せた。
「私のリボンタイ。もらって下さい。」
「ありがとう。確かに貰い受けた。」
楓の微笑みが、一層華やかになった。
俺は楓を抱きしめて言った。
「ここまで来るのに長かったぞ。」
「そう?私はもう少し時間がかかるかなと思ってた。」
「金輪際、あんな気持ちを繰り返したくないな。」
「では、私だけを見て。他の女子にフラグを立てないで。」
「哲也にも叱られてる。」
「ごめんね。重い女で。」
「こんなの重いうちに入らないよ。」
「うん。ありがとう。」
「楓。」
「はい。」
「好きだ。」
「私もです。」
俺は自分の唇を楓の唇に静かに重ねた。
お読み下さりありがとうございました。
連載中
【誰か別れ方を教えて下さい】
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