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湯豆腐

作者: ムルモーマ
掲載日:2020/01/17

 ガツンと美味しいものは数あれど、優しく美味しいものというのは数える程しか無いように思える。

 やる事は大した難度ではなくとも絶対に間違ってはいけない業務、確認行為を何度も挟むその緊張を乗り越えてほっと一息吐けたその帰り道には、そんな優しく美味しいものを自分の体は求める。強い充実ではなく、心が静まっていくような夕食が良い。

 ただしかし、焼肉、ラーメン、ハンバーグ、麻婆豆腐、寿司などと言った存在感を持つ美味しいものは簡単に脳裏に思い浮かぶのに対し、お茶漬けやらうどんやらと言った優しく美味しいものはそう数は出てこない。それをそのまま現すかのように、そのような優しく美味しいものを食べられる所は至る所にある訳ではない。

 駅前の賑わいを物色し、しかし今の自分が満足出来そうなものはそのジャンルに属するものでも強く合致せずに通り過ぎた。仕方なくコンビニに入るものの結局そのまま出る。

 家には食材は大して残っておらず、米も炊かれていない。あればお茶漬けや猫まんまでも食べたかったが。

 パスタはある。ニンニクと唐辛子、それから冷凍してある葱の緑色の部分を使って葱のペペロンチーノでも作るかと思う。少しだけ重いが、時間を掛けずに作れるものでは最も軽い。

 ベーコンも無く、葱も冷凍の緑の部分だけを軽く和えるだけのそれはそれで流石に質素過ぎて寂しいが。

 アパートの近くまで戻ってきて、ふとこの半年以上入っていなかった近くの定食屋が思い浮かんだ。

 安く、老若男女問わずと良く賑わっているその店には寒い時期にのみ湯豆腐をやっている事を思い出した。

 久々に入る事にした。


 幸いにも中は混んでおらず、湯豆腐もやっていた。

 その湯豆腐とたらこのおにぎりと、そして焼き鳥を頼む。鶏皮とレバーが欲しかったがレバーは売り切れでハツを代わりに頼んだ。

 タレか塩かを聞かれて塩にする。タレは今の自分には重過ぎる。

 夜は居酒屋でもあるそこでは、飲み物も聞かれたが一旦無料の茶で良いと濁して、それからお品書きを見た。

 酔いたい気分でもあったので芋焼酎なども良いかと思ったが、すだち酒というのが目に入り、今の気分に合っている気がしてそれを頼んだ。

 ソーダ割のそれは、柔らかめの度数で少し飲むと体に良く染みた。

 もう暫く待つと注文したものが一気に運ばれてきた。からしが添えられた焼き鳥。しっとりとした海苔が巻かれたやや大きめのおにぎり。タクアンが端にちょこんとある。

 そして白菜、しめじ、えのきと共に鍋に入った湯豆腐。ポン酢ともみじおろしが添えられていた。

 鳥皮を一つ。柔らかく、ぱらぱらと振られた塩気は強いように思えて二本だけ頼んだ分としては丁度良い。

 おにぎりを一口二口。たらこまでは届かないが、温かく、ちゃんとある塩気がとても美味しい。

 それから湯豆腐をポン酢に着けて口に運んだ。

 豆腐というのは不思議だ。調味料が無ければ特徴的な味は無いようなものなのに、それでも旨い豆腐は単純に旨い。五味の中に旨味があるのも頷ける。

 そんな、控えめな味が今の自分にはとても合っていた。もみじおろしと共に食べ、今度は噛み応えのあるハツを一つ食べる。振られた塩がパラパラと服に落ちたがまあ気にしない。

 味も噛み応えもしっかりとしているハツだが、後に残りはしない。すっと次に移れる。

 次いでに言えば鶏皮は脂塗れで重いと言えば重い食べ物だろう。ただ、注文した中ではっきりと重いものは鶏皮だけで、少量だ。そして味付けは塩だけのシンプルさ。

 単純にアクセントとして楽しめた。

 おにぎりを食べ進めるとたらこが出て来る。大きさに対して少な目に思えるたらこだったがまあ気にしない。

 湯豆腐は気を付けないと舌を火傷しそうな熱さを暫く保っていた。けれど冷めるのも勿体ないのでさっさと食べる。味に衝撃が無いそれは気力が薄い今でも何の抵抗もなく食べ進められる。

 焼き鳥には時々からしを付けて食べ、タクアンもパリパリと良い食感をしている。

 食欲まで無い訳ではなかったので、そんなこんなですぐに食べ終えてしまった。

 お茶を飲み、放置していたすだち酒もある程度一気に飲んでしまう。

 後に残らない、さっぱり、柔らかな満足感があった。ラーメンやらハンバーグやらではこうはならない。

 一息吐くとそんなに長居もする目的もなく、追加で頼むような気分にも店を出る事にした。

 会計を見ると単品ばかりを頼んだが千五百円には達していなかった。

 外に出て、ゆっくりともう近くのアパートに戻る。

 明日は金曜日。週末はもうすぐ、もう少しだけ頑張れば良い。

 そして今日はこれからやり込んでいるゲームの新情報が出る日でもあった。

 帰路に満員電車に揺られた影響もあってか、店に入るまで緊張に縛られていた気持ちはやっと軽くなりつつあった。

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