2 水を入れたビニール袋はおっぱいの感触に似ているらしい
「そもそも、オレが何故デ――有泉の腹がおっぱいの感触に似てると思ったのか、無知なライタ君にそこから説明させてあげよう」
「お前有泉君の事デブって言おうとしただろ!?」
有泉君の腹を(彰が)思う存分堪能した後、俺たちは自室に戻った。
次は何をするのか彰に聞いた所――急に要りもしない説明をし始めたのだ。
ちなみに有泉君の鉄板ネタは三段腹を五段腹に増やすという謎の芸だ。でも今日見たら通常時でも四段腹になってたし、そろそろ六段腹もいけるんじゃないかな。
「そもそもおっぱいっていう部位は、皮下脂肪が多いんだよ。で、おっぱい以外で皮膚に守られていて、皮下脂肪が多い部位なんていうのはケツか二の腕くらいしかないんだよ」
ビシっと指を指しながら彰は語り掛けてくる。人に向かって指さすな。
「だが、女子の二の腕を触るのは倫理的に問題があるし、男の二の腕なんて筋肉まみれでとても触れたもんじゃねえ。ケツなんてライタのでも触りたくねえよ。ライタのでも」
「なんで俺の事を二回言うんだよ。あと気持ち悪いからそういう事言うな」
「そこでだ! 二の腕でもケツでもなくてもおっぱいの感触を味合わせてやろうと! そんな意気込みをもって日々食を謳歌している男に白羽の矢が立った! そう、おっぱい感触調合師こと有泉だ!」
「違うからな!? 有泉君はお前に触らせるために日々暴飲暴食を続けていたわけじゃないからな!?」
キメ顔でとんでもない理論を打ち立てる彰に俺は突っ込むも、彰はうざったらしいキメ顔のまま話を続けた。
「おいおい、ちょっとは頭を使えよライタ。普通意味もなくあんなぶくぶく太ると思うか? んなわけねぇだろ。あの男は間違いなく目的をもって太っていたんだ……そう! 盟友であるオレにおっぱいの感触を味合わせるためだ!」
「デブる事に意味なんかあるわけないだろ!? 百歩譲ってあるとしてもそれは好きな人がデブ専とかそういう理由しかありえねえよ! 何でお前のために太らなきゃいけないんだよ!」
「馬鹿ヤロウ! 友達のためなら太るくらいなんてこたぁねぇだろ! ライタもとっととおっぱい生やせ!」
「お前は自分が何を言ってるのか分かってんのか!?」
俺は額に手を当てつつ、彰が言いたいことを推測する。
――つまり、彰は皮下脂肪が多い部位がおっぱいの感触に似てると思ったんだろう。本来ならケツや二の腕に付くその脂肪が、幸運な事に隣に住む男の腹に大量にあった。だから彰は真っ先に有泉君の腹を触りに行ったのだ。
考えれば考える程やった行為がアホ過ぎて、俺は呆れかえるしかない。更にはこんな行為が今日一日続くのだと考えると、思わずガックリきてしまうのも仕方ないだろう。
「あー、お前が有泉君の腹を触りたがっていた理由は分かった。で、次は何をするんだよ?」
俺はとっととこんな事を終わらせるために、次、彰が何をするかという事柄へと話を進める。
「よっしゃ、聞いて驚け! 次の作戦は――『水を入れたビニール袋を触る大作戦!』だ!」
「そっち先にやれば有泉君をもうちょっと寝かせられたんじゃないかな!?」
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その後の彰の話を聞くに、こういう事がしたいのだと分かった。
中に水が入ったビニール袋――ビニール袋といっても、コンビニでアイス買った時についてくるあの袋ではなく、食品の包装やトイレットペーパーの包装に使われている、透明なビニール袋だった。
そのビニール袋の中に水を入れ、その水の入ったビニール袋を触るとおっぱいの感触が楽しめるのではないか――という、なんとも残念極まりない作戦だった。
「本当は牛乳の方がいいのかもしれないけどな。生憎、今はねぇから水道水で代用だ」
「こんな事に使ったら牛に申し訳ないから、そこは良かったんじゃないか」
たとえ牛だろうと、自分が出した乳でこんな事をするのは嫌だろう。いや待てよ? 自分が出した乳を違う種族の生物に極々飲まれるって、すごく嫌な事じゃないか? ていうか呑むどころか固めたり撹拌されたり絞られたり凍らされたりされてるよな。おいおい、自分の出した乳がそんな扱いを受けているなんて……そんな事を知ったら耐えられるわけないだろ。それどころかその乳すらも出すのは我が子の口ではなく、ニンゲンとかいう違う種族の手に絞られまくるのだ。嫌だ。そんなの嫌に決まってるだろ!
「牛乳、牛乳…!」
「ええっ!? オマエなんで牛乳って言いながら泣いてるの!? どこでスイッチ入っちゃったの!?」
「俺……牛さんには頭が上がらないよ……!」
「お、おう……」
これからは牛に敬意をもって接することにしよう。うん。そうしよう。
「まぁオマエが牛に何を思っているのかは別として……よし、こんなもんでいいかな。ほれ、ビニール袋に水を入れたぞ」
「ちべてっ」
彰が頬に何か冷たい物を当ててきたのでそっちを見ると、彰が水を入ったビニール袋を戦利品のように掲げていた。
「ほら、触ってみろよ。お前の感想を見た後にオレも触る」
「あ、ああ……」
彰に促されて、俺は水の入ったビニール袋に手を伸ばす。ビニール袋の外側に付いた水滴が、ポタリと落ちた。
――薄いビニール特有の柔らかさが、最初に俺の手に伝わって来た。その柔らかさは水という液体と不思議なほどマッチして、不可解な相性を完成させていた。それは空気系主人公とツンデレ系ヒロインとの関係性を思わせるもので、一見繋がりのない二人に見えていても、お互いにお互いを求める不思議な感情が渦巻いている。このビニール袋と中に入った液体はまさにそれだ。本来あり得るべきでない対面が、俺の手に異常な感覚を与えていたのだ。そのまま俺の手はビニールの感触に包み込まれる。反発する意思の少なさが、俺を仲間に入れてくれるという意味を持っているという事に、俺は気付けないままだった――
「……どうだ? おっぱいの感触に似てるか?」
「――空気系主人公とツンデレ系ヒロイン」
「……………………は?」
呆けた彰の声が聞こえて、俺は現実に戻される。
「あ、い、いや。よく、分からないな。お前も触ってみてくれ」
「なんだそのあやふやな回答。まぁいいや。オレも触ろっと」
俺から手を引いて、興奮した様子でビニール袋を見つめる彰。俺は彰がビニール袋を触る様子を見ずに、先程まであった感触を思い出していた。
――なんだったんだ。あの感触は。今まで味わったことのないような不思議な高揚感が今でも残っている。一体、あの感触の正体は――あれが、おっぱいの感触だっていうのか。
「おっぱいの感触って……空気系主人公とツンデレ系ヒロインだったのか……!」
「大丈夫かオマエ……なんかさっきから奇行が目立つんだが。とはいえ、随分柔らかいなー、これは。本物のおっぱいもこんなに柔らかいのかねー? あ、そうだ」
パチン。と指を鳴らして、彰は何かを思いついたような顔で俺の事を見てきた。
「な、なんだよ……」
「いや、別に取って食ったりしねえって。ちょーっとこのビニールをライタの服の中に入れて、服の上からその感触を確かめてみるだけだから」
「はいぃ!?」
一体何を言い出すのかと思えば、俺の服の中にビニール袋を入れるとか言い出しやがった。
嫌だ。絶対に嫌だ。服の上から中に入ったビニール袋の感触を確かめるとか、変態趣味にも程があるだろ。
「ふざけんな。やるわけないだろそんなこと! 変態か!」
「よいではないか、よいではないか。別に減るもんでもないんだから」
「減るっていうか元々ないからな!? それでも俺はやりたくない!」
彰の手から逃げるようにリビングを飛び出し、玄関から外に逃げようと思うも、その玄関前の廊下で彰に捕まえられてしまった。
そのまま俺は彰ともみ合う形となるが、彰は力が強い。防ごうとする俺の手がじりじりと押されていく。
「誰かー! 助けてぇぇぇぇぇ――!」
「助けなんて呼んでも無駄だよ。来るとしても有泉だけさ!」
「有泉君でいいから助けてぇぇぇぇぇぇぇ――!」
ああ、もうダメだ、服をまくられた……!
開かないと分かっていても、縋るように玄関の扉を見る。当然のように扉は開いて――
……………………え? 開いた?
「……何してるのよ、おっぱいコンビ」
外の光と共に、見えてくるその姿。
ショートカットの髪に、スレンダーな体型。強気な印象を持たせる吊り上がった瞳が、侮蔑するように俺たちを見ていて――
「インターホン押しても出てこないし、声が聞こえるからどういうことかと思って入ってみたら……そういう事は、ばれないようにやりなさい!」
「釈明をさせてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――!」
助けなんて無かった。