飛んで火にいる魔人さん(?)
徹夜でアニメを一気見した俺は、静かな湖畔のログハウスで昼を過ぎるまで泥のようにべちゃーっと眠っていた。
安眠を妨げたのは、俺の分身であるハルトCからの緊急事態の報だった。
「エロいネエちゃんが来た」
俺を見下ろして告げる言葉に、寝惚けた思考では「は?」と返すのがやっとだった。
「例のほら、ヤンデレ風味のドSっぽいエロい上級生だよ」
「……あー、ザーラなんとか言う?」
「そうそう。なんでか知らんがハルトを訪ねてきたんだよ。シャルじゃなくてな。あの手のタイプは苦手だ。むしろ天敵だ。本体が対応しろ」
コピーが苦手なら必然的に俺も苦手なんだが?
まあ、ザーラ先輩には用があったから、こっちから出向く手間は省けたわけだけど……なんの用だろう?
俺は不審がりつつ体を起こし、のたくたと着替えてザーラ先輩が待つティア教授の研究棟の会議スペースへと向かった――。
ザーラ先輩はテーブルを挟んで俺の対面に座り、値踏みするようなねっとりとした視線で俺を舐め回している。
なんかぞわぞわする。
肝心のティア教授はいない。イリスも授業中だ。
ザーラ先輩を案内したポルコス氏も授業の準備だとかでいなくなってしまった。
完全なる二人きりだ。息苦しい。てか眠い。
「で、俺になんか用ですか?」
「その前に自己紹介をさせてもらうわね。アタシは――」
すでに知っている情報を述べまくるザーラ先輩。あくび出そう。
ようやく自己紹介が終わると、テーブルの上で両手を組み、大きな胸をそこにのっけて身を乗り出してきた。
「さて本題だけれど。アナタ、お付き合いしている女性はいるの?」
「……はい?」
「あら残念。もういるのね。誰かを訊いてもいいかしら?」
「ああ、いえ。今のは肯定の意味での返事ではなく、どのような意図でそんな質問をしてきたのか問い返す感じでした」
「あの一言にそこまでの意味を込めたの? まあ、いいわ。どうやら察しの悪そうなアナタには、一からきちんと説明したほうがよさそうね」
軽くディスられたが眠くてどうでもよくなる。
「パートナーがいるかどうかを異性に尋ねる意図はね、ふつうは『アナタとお付き合いしたい』からその探りを入れるためなの」
「はあ……」
「要するにアタシ、アナタに興味があるの。もっとも、いくら貴族同士とはいえ、いきなり『結婚を前提に』なんて言わないわ。自由恋愛は楽しみたいでしょう?」
「はあ……」
「気のない返事ねえ。ちゃんと聞いていて?」
「聞いてはいますが、なぜこのような事態に直面しているかは理解できてません」
「正直でよいけれど、まずは自分で考えるものよ? すこし頭を働かせれば、わかりそうなものだけれど」
「察しが悪いもので」
ふぅ、と息を吐き出して肩を竦めるザーラ先輩。
「察しが悪いというよりも、自覚が足りていないのかしら。アナタ、学院ではかなりの有名人よ? 入学して間もないのにオリンピウス遺跡の探索課題をこなし、授業を免除された。家柄も申し分ないし容姿も整っているとなれば、お近づきになりたい女の子はいっぱいいるでしょう?」
「いえ、そういうのは特にないです」
現実問題、一度も告白イベントの類はない。
「あら、意外ね。アタシが初めてなの?」
こくりとうなずく。
今ごろになってお茶を出してないなあと反省しつつ、べつにもてなす必要もないかと気づかなかったことにした。
「さすがに高嶺の花すぎて遠慮しているのかしら。だとしたら幸運だったわね」
ザーラ先輩はにっこにこであるが、察しがよければこの流れは『お断り』へ向かっているとわかるだろうに。
「ね、今特定のパートナーがいないなら、お試しで付き合ってみるのもいいんじゃない? すくなくとも、体の相性は確認しておいて損はないわよ?」
自らの胸をむぎゅっと抱くポーズで妖艶な眼差しを向けてくる。
「興味ないです」
きっぱりはっきり断ると、ザーラ先輩は目をぱちくりさせた。
「気持ちいいわよ?」
たぶんそうなんだろうけど、まったくもって興味がないのは事実。
前世から童貞をこじらせている俺なら食いついて然るべきなのだろうが、不思議なことに転生してから性欲というものが皆無なので。
「お帰りください」
言った直後、しまったと思う。
そういえば、俺はこの人を使って魔法レベルの謎を解き明かさねばならないのだ。
まあ、ぐいぐい来られてるとやりにくいし、諦めてとぼとぼ帰宅中に後ろから襲ったほうがいいだろう。鬼畜の思考。
だがしかし、ザーラ先輩は諦めない。
「お試しなんだからいいじゃない。アタシもアナタのことをよく知りたいし、アナタに損はないと思うのだけど?」
淫乱ビッチと仲良くなったという風評被害が危惧されますが? とは言わないでおこう。空気くらい読めるのだよ、俺でも。
さて、諦めの悪い先輩をどう追い払うかを考える。
こういう場合、『僕、好きな人がいるんです!』と純朴少年ムーブをかますのはどうだろう?
『じゃあ、その子とうまくいくために、お姉さんがいろいろ教えてあげるわ(ハート)』
うん、エロ漫画で見た。これはダメだ。
どうしよう?
眠くて思考がぼんやりする中、もう面倒くさいからやることやっちまうか、と。
目に魔力を集めまくっていたら。
「やあやあザーラ・イェッセル君、来ていたならワタシにも挨拶くらいしてきなさいよ」
こちらもにっこにこのティア教授が、しかし目を血走らせて部屋に入ってきた。
どこにいたのよ、まったくもう。
立ち位置的にザーラ先輩が座ったまま半身になってティア教授に目を向けた。
図らずもザーラ先輩の背中が視界に入ったわけだが――。
「さあハルト君、これはチャンスだよ! さっそくやって――ん? あれ? 動けな……いやいやいや、ワタシじゃなくて彼女をだね――むぐっ!?」
うるさいなあ。
もうやってるから黙っててよ。
と、変なスイッチが入っていると自覚した。
まあ仕方ないよね。状況が状況だしさ。
「……なに? アレは……結界?」
怪訝そうに立ち上がったザーラ先輩を、
「ッ!? なっ、動けない!?」
結界で直ちに拘束し、
「お前、魔人だな」
黒い戦士シヴァのそっくりさんを作って決めポーズ。
ちなみにコピーとは違い、自動では動けないから俺が操作しています。
いやあ、驚いたね。
背中から伸びているはずの管――魔法レベルの概念とやらを見ようとしたら、まったく見えないんだもん。
コレ、あいつと同じだ。
とっ捕まえたバル・アゴスとかいう魔人さんと――。




