ひっきりなしの訪問者
ベルカム教授は去った。
残されたのは俺と、黙々と小難しい計算をするイリスだけだ。自室に戻ってアニメでも見るか、とやる気に満ち溢れたところで。
パタパタとやってきた、小さき人。
「ねえ、ママのそっくりさん、ママはどこ?」
白い髪で褐色肌をした女の子が、赤い瞳をくりくりさせて俺に尋ねてきた。
この子、不思議なことにコピーの俺と本体を『別人』だと認識できている。さらに不思議なのは男の本体を『ママ』と呼んでいることなんだがそれはそれ。
「メルちゃんや、他の人の前で『ママのそっくりさん』とか言わないでね?」
「じゃあ、なんて呼べばいいの?」
「……ママC?」
「ママC、ママはどこ?」
素直ないい子だね。あまり誤魔化せないような気がしなくもないが、まあいっか。
さっきから、一心不乱にペンを走らせていたイリスの手がぴたりと止まっていた。
でも再びペンが動き出す。
追及したい欲求はあるらしいが、『自分が知らされないのはその資格がないからだ』とか思ってそう。
てか、こいつには何を伝えていて何を伝えていないか、本体もよくわかってないのよね。
ま、シャルが『円卓』とやらに引きこむのは時間の問題だし、そうなったらいろいろわかると思うよ? がんばってね。
「ママなら引きこもりハウスにいるはずだ」
俺は自室にメルちゃんを引っ張っていき、壁に設えた簡易転移魔法具『どこまでもドア』を開いた。
「ありがとう」
メルちゃんは愛らしい笑みを浮かべてから、ドアをくぐっていなくなった。
よし、これで子守りをしなくて済む。俺は今度こそアニメでも見るかとベッドに横たわったものの、またも新たな訪問者が現れた。
「やあゼンフィス君、筋肉は万全かい?」
タンクトップを着たムキムキなおっさん。たしか体術の実技授業を担当している教官だったか。
イリスがいる会議室に再びやってきて応対する。
「俺になんか用っすか?」
「あからさまにげんなりしているね。大丈夫かい? 筋トレはちゃんとやってる?」
俺は肉体派ではなく頭脳派、でもないが、とにかく体を動かすのは嫌いなのだ。
「今日は君にお願いがあってきたんだ」
お帰りください、と言いそうになったのを全力で飲みこむ。賢者モードに入ったかのごとく無表情を貫いた。
「君が以前、授業で見せた体術ね。シャルロッテ・ゼンフィス君も似たような感じだったのだけど、それを詳しく教えてもらえないだろうか?」
「は?」
変な声が出た。てか意味がわからんぞ。
「君の体術はかなり特殊なようだ。是非とも授業に組み込みたいので、協力してほしい。この通りだ」
タンクトップ先生はむきっと筋肉を見せつけるようにしてから頭を下げた。それが人にものを頼む態度なの?
てか、俺(というか本体)が使っていた体術は特別なものじゃない。アニメから仕入れたから……あ、これ特別なやつだ。
しかし正直に話すわけにはいかないし、まさしく見様見真似なので教えようがなかった。
「残念ですけど、あれはゼンフィス家に先祖代々伝わるものですから、おいそれと教えるわけには――」
「ん? シャルはボクにいろいろ教えてくれたよ? キミも側にいたときがあったけど、特に問題視していなかったよね?」
黙々と計算問題を解いていたイリスが会話に割って入ってきやがった。
「ど、どうしてにらんでいるのかな? ボク、変なことを言ってしまっただろうか?」
ああ、余計なことを言ってくれたよ。まったくもう。
だから今回もお前を利用させてもらうからね。
「先生、イリスにはすべて伝授してあります。説明は彼女から受けてください」
「えっ、なんでボクが……?」
「報酬はもちろんあるんですよね!?」
俺が勢いに任せて言うと、タンクトップ先生は白い歯をキラリと光らせた。
「もちろんだとも。いずれ授業で使わせてもらうのだから、学院長にはたんまりもらうつもりさ」
「というわけだ、イリス。やってくれるよな?」
「ボクなんかでいいんだろうか? キミやシャルのほうがふさわしいように思うのだけど……」
「俺もシャルも忙しいからな。いいじゃないか。アルバイト代は弾むっていうんだから」
「嬉しいけど、掛け持ちを増やすとボクの鍛錬が疎かになってしまうよ」
この期に及んでごねるやつがあるか。
「教えることは、自ら学ぶことにもつながる」
それっぽいことを言ってみたら、「なるほど、たしかに」と乗り気になった。
こうして俺はまたもや難局を乗り切ったわけだが――。
「ハルトはいるか? なあ、ちょっと魔法の遠隔操作のやり方を――」
「ハルト君はいますか? 魔法理論のお話をすこしさせていただきたいのですけど――」
ライアスやマリアンヌお姉ちゃんが現れる。
それどころか先生やら生徒やら、今まで一度も話したことのない人たちまで俺に教えを請うべく、続けざまにやってきましたよ?
いったい、何が起こっているのか?
俺は彼らをいったん置き去りにして――。
引きこもりハウスでのんびりしていたら、俺のコピーであるハルトCが来るなりぷんすか怒っていた。
「――というわけだ。本体がどうにかしろ」
聞けば、いろんな人がひっきりなしに訪ねてきて、お願い事やら相談事やらを持ちこんできたらしい。
「なんでそんな事態に?」
今までそんなことなかったよね?
「シャルが方々で俺を褒めたたえてるっぽいよ?」
俺のいないところでも持ち上げまくるとは……なんてお兄ちゃん想いのいい子なんだ!
なので、強くは言えないよなあ。やんわりと諭しておくか。もはや手遅れっぽいけど。
「状況的に、俺が出張るしかないみたいだな。んじゃ、こいつの相手は頼むぞ」
俺の傍らでは、(俺が作った)日本語学習帳(ひらがな勉強ノート)を黙々とこなすメルちゃんがいた。
「何やらせてんのよ?」
「アニメを見たいらしいんだが、言葉がわからんと言うのでね」
「お前……また幼子を沼に引きずり込むつもりかよ」
同志が増えるのはいいことじゃないか。
てなわけで、俺はとても面倒だが学校へと舞い戻ることになった。
とはいえ、まったく何も考えていない。まあ、なんとかなるだろ。なんならティア教授を巻きこんでもいい。というか、そうしよう。それで万事解決だ!




