心構えは万全です
我が妹シャルロッテちゃんが、国内最高峰の魔法学院(俺と同じとこ)に編入してきたとか。
「初耳なんですが?」
「そりゃあ、彼女が言ってないならそうだろうね」
俺の質問に、ティア教授はしれっと返す。
「なんでそんなことに?」
「オリンピウス遺跡の探索に彼女が参加するにあたって、その辺りの話もあっただろう?」
そうだっけ? そうだった。
シャルの実力を知らしめて、いずれ学院に飛び級で入学させようとか言ってた気がする。シャルもそれを望んでいた。
「でも急過ぎでは? あいつ、まだお子様ですよ」
来年の受験資格を得るとか、そのくらいを想定していたのだけど。
「ふぅむ、やはりキミはそう捉えるのか。うん、自己評価が控えめすぎるのもそうだけど、他者に対する評価もいい加減すぎるね」
「バカにされた気がする」
ティア教授は嘆息とともに肩を竦めた。
「逆だよ。絶対的強者というものは、自分にも他人にも無頓着なものさ。キミはそれが際立っている」
俺はシャルを大事に思ってますが?
不満が顔に出てしまったのか、ティア教授は俺の心を読んだかのように言う。
「もちろん、キミはシャル君を大切に想っているだろうさ。けれど彼女の実力を正しく把握してはいない」
「シャルがすごいのは知ってます」
「彼女の場合は『すごい』を超越しているよ。学力面では、ワタシの学生時代よりずっと上だね。そしていまだ発展途上なのだから、末恐ろしいなんて言葉では足りないほどだよ」
ぶっちゃけティア教授を引き合いに出されてもよーわからん。
「てことは、イリスを抜いて学年トップもあり得る?」
「うーん、どうだろう? イリス君はイリス君で規格外だからねえ。あの二人はすでに学内でトップを争うレベルだよ」
へえ、イリスもやるもんだな。
「これまた不思議だよねえ。シャル君は貴族の英才教育を受けた上に、魔族からも教えを授かった環境からして理屈は通るのだけど、イリス君は修道院育ちだそうだ。どこであれほどの知識を得たのか……」
むむむっと眉間にしわを作るティア教授。ぶっちゃけ興味はないので話を戻そう。
「シャルの実技面はどんな感じなんでしょうか?」
「現在魔法レベルの【20】は学年でも上のほうだね。ただここ半年ほどで3も上げているから、一年後には学年トップのライアス王子に迫るほどになると期待されている。素質を考えれば、シャル君はむしろ実技面で期待されて編入を許可されたのさ」
ほへー、シャルってすげーんだな。まあ、素質は意地悪王妃をはるかに超えてるもんな。
「実際、編入にあたっては『実技方面で鍛えるべき』との声が圧倒的に多いのだよ」
「でも所属するのは研究系のティア教授のとこ、と」
「ふふん、こればかりはワタシに有利だからね。うんうん、キミを確保して正解だったよ」
俺がいるから、だろうな。けど俺のせいでシャルの可能性がつぶされてしまうのは嫌だ。後でこっそり諭しておこう。
「よからぬことを考えていそうだから言っておくよ。彼女がいるべきはキミの側であり、それが最善にして彼女の希望とも合致する」
てことは、俺がシャルにふさわしい教練室とかに移ればいいのかな?
「だから! よからぬことを考えている顔はやめたまえよ。キミが楽しく引きこもるには、ワタシの研究室以外ないからね。実技面でのアドバイスだってできるんだし」
俺、そんな顔に出てるのか。クール・ガイを気取ってたからちょっとショック。
「まあ、シャルがこの時期に編入できた事情はだいたいわかりました。でもなんであいつ、俺に隠してたんだろう?」
「驚かせたかったんじゃないかな」
「なるほど。可愛いやつだ。そして少女のささやかな夢をぶち壊したのがティア教授、と」
「それは大いなる誤解だよ。だからジト目で見ないでおくれ」
言い訳を聞こうか。
「仮にハルト君が知らない状態で彼女の告白を聞いたとして、キミ、さほど驚かないだろう?」
「いや、そんなことは……」
「いいや、確実に驚かないね。『へー、そうなんだー』くらいの反応しかない。絶対!」
想像してみた。
うん、『へー、そうなんだー』くらいの反応しかしなさそうだ。
「というわけで、キミが何をすべきかはわかったね? 今日はどうにも気が乗らないみたいだし、ワタシはこれで退散するよ。一日よーく考えて、表向きの研究テーマを決めておいてくれたまえ」
面倒だからティア教授に丸投げしたいところ。
またも考えが顔に出ていたのか、ティア教授はにししと笑って去っていった。
で――。
引きこもりハウスのリビングでアニメを視ながらだらだらしていたところ。
「兄上さま! お昼をご一緒しませんか!」
シャルちゃんの登場である。
「おお、もうそんな時間か」
だらだら過ごすってホント快適よね。
リザは謎時空を通るのを嫌ったのか付いてきていない。
シャルはランドセルを背負ってニコニコ寄ってきた。
この子は俺と同じ学校に通いたくて、水面下でティア教授といろいろ画策していたそうな。そして今日、学校に通い始めたことを俺に告げてびっくりさせようとしている、らしい。
ところが今朝もそうだけど、今もべつに何か言わんとする素振りは見せていなかった。
これ、忘れてね? サプライズ告白を、すっぽり忘れてね?
ただ待つのが兄としての正しき行動とは思わない。ので、それとなく誘導しよう。
「そういやシャル、お前って今日は城にいなかったよな? どこに行ってたんだ?」
「はい、わたくしは今日から――はぅ! そうでした!」
わたわたとしてから、背筋を伸ばしてキリリと告げる。
「わたくし、兄上さまと同じ学院に通うことになりました。兄上さまと同じ研究室にも入ったのです!」
どやぁっと声を大にする妹に、
「な、なんだってーっ! すごいじゃないか、シャル」
盛大に驚いてみせると、
「授業ではご一緒できませんけど、同じ学び舎で過ごせますね。これからは、ずっと一緒です♪」
心の底から嬉しそうに、にぱーっと笑った。
俺はこの引きこもりハウスでずっと過ごしたいのだが……まあいっか。
ティア教授のにやけ顔が頭に浮かぶも、
「ああ、ずっと一緒だな」
俺も笑顔でそう応えた――。




