学校で引きこもり生活の始まり
「「「「かんぱーい♪」」」」
ティア教授の研究棟にある会議室で、祝勝パーティーが始まった。
「さすがは兄上さまですね。筆記試験で全科目満点を取るなんて」
「はっはっは、調子はたしかによかったかな」
前日は早く寝て疲れはまったくなかった。
だから俺、筆記試験当日は絶好調。
どんな対策を講じようが、監視用結界とか通信用結界とかを駆使すればそこらの有象無象が構築した結界の穴を通すのは容易かったのだ。
ちなみに問題は一問たりとも自力で解いてない。できそうなのもいっぱいあったけど、念のためにね。
む? リザがげんなりしている。うん、君はよくがんばったよ。ありがとう。
で、学院長が貴族院とやらに説明しにいき、俺は晴れて全授業の免除を勝ち取ったのだ。やったね。
ほら、シャルもすっごく嬉しそう。
「うふ、うふふふ♪ あはは♪ んふぅ~♪」
いやでもちょっと浮かれ過ぎじゃない?
「シャル、何かいいことでもあったのか?」
「はい、兄上さまの実力が認められたのには及びませんけど、わたくし個人にとってすごくいいことがありました!」
個人的にいいこと……ってまさか!
彼氏ができた!?
い、いやいやいや。慌てるな俺。シャルはまだ十一歳のお子様じゃないか。だがしかし、ここは異世界。文明レベル的に現代日本の常識は通用しない。日本の戦国時代とかなら政略結婚させられるくらいだっけ?
「そ、それって何かな……?」
恐る恐る訊いてみた。
「ごめんなさい、兄上さま。今はまだ言えません」
紹介はお日柄を考えて!?
嘘だ……。ついこの間まで『第二夫人あたりでどうでしょう!』とか言ってたじゃないか……。
誰だ? シャルをたぶらかした奴は。
シャルには出会いがほぼ皆無。はっ!? まさかライアス? あの野郎、改心した風に見せて、その実はシャルを篭絡する策略だったのか!
絶対に許すものか!
「兄上さま、どうかしましたか? お顔が、怖いです……」
い、いかん。
シャルを取られると思ったら理性が崩壊しかけてしまった。
そうだよな、妹の幸せを願うのがお兄ちゃんだよな。
「いや、なんでもないよ。シャル、幸せにな」
「はい、わたくしは幸せです♪」
でもまあ、あらゆる世界の理として、彼氏面したいならまずは兄を倒すのが最低条件だよね。もちろん正面から正々堂々と勝負するつもりはない。俺の不意打ちに無傷だったら、という意味だ。
紹介される前に突き止めて、月のない夜に襲撃しよう。
「ところでハルト君、イリス君は呼んでいないのかい?」
ここにいるのは俺とシャルにティア教授、リザとフレイは給仕をしつつ料理をつまんでいる。
「あとで来るんじゃないっすかね? また学院長のとこに行ってるみたいです」
「またかい? 例の偽聖武具は彼女の所有で落ち着いたと聞いたけど……まだ揉めているのかな?」
「どうなんでしょうね?」
噂をすればなんとやら。
「遅れてすまない」
イリスがやってきた。その彼女が手を引いているのは――。
「おや? メル君も戻ってきたのか」
謎の迷子、メルちゃんである。白い髪と褐色肌、それに赤い目がチャームポイント。
彼女は魔人どもに拉致されていたようなのだが、まったく記憶がないらしく、俺たちにもなかなか心を開いてくれなかった。
なので、精神治療をするだとかで学院長に預けていたのだ。
「……」
メルちゃんは不安そうに辺りをきょろきょろ。が、俺と目が合うと。
「ママ!」
がしっと抱き着いてきたのですが……ママ?
「驚きました。メルちゃんは兄上さまの生き別れの子どもだったんですね」
「俺も知らなかったよ」
衝撃の展開である。でもおかしいな。俺は前世でも今世でも子作り経験はナッシングなんですけど。ていうか俺、男なんでママになりようがないよ?
「そんなわけないだろう?」
ティア教授が冷静にツッコむ。
「どうやら学院長は、記憶を思い出すのではなく忘れさせる方向で治療したみたいだね」
「なるほどわからん」
「いつ思い出すとも知れない辛い記憶なら、いっそ思い出さないほうがいいとの判断だよ。彼女が知るなんらかの事実を闇に葬る悪手だとワタシは思うけどね」
催眠療法的に記憶を封印してしまったのだろうか? 倫理的な是非は俺にはよくわからんが、それよりも。
「だからなんで俺が『ママ』なんですか?」
そっちの理由を教えてプリーズ。
「まず、辛い記憶だけを都合よく消すなんて難しい。おそらくはワタシたちと出会った以前の記憶はほぼなくなってると思う」
「ふむふむ?」
「それでも頑なに忘れたくないこともある。メル君の中で、母親という存在がそれだったのだろうね。けれど残念ながら、彼女の母親は今のところどこの誰かもわからず、彼女の目の前にはいてくれない」
ならば彼女はどうするか?
「母親に対する強烈な願望が、現実との齟齬を埋める過程でハルト君と母親を結びつけてしまったんじゃないかな? ほら、メル君を助けたのはキミだから」
ここでイリスが割りこんでくる。
「学院長の見解もおおむねティア教授の推論と同じだ。ハルトを母親だと思いこんでいるのは、時間が経てばある程度は改善するだろうとも言っていた」
人の記憶って不思議よね。
「とりあえず事情は理解しましたが、これどうすれば?」
メルちゃんは俺にしがみついて離れようとしない。
「そりゃあ、キミが面倒を見るしかないだろうね」
えー? と内心で不服そうな声を出すにとどめる。妹の前なので。
「というわけでフレイにリザ、俺だと思ってお世話してくれ」
「承知しました。ハルト様のご息女ならば、我らにとって主君も同義」
「子育てはしたことないけど、がんばる」
君ら話訊いてた? 俺の子じゃないからね? 説明がめんどいから言わんけども。
「というわけだ。お前の母ちゃんはいずれ俺が探してやるから、ここを家だと思ってくつろいでくれ」
白い髪を撫でてやると、赤い瞳をこちらに向けて、
「うん、ありがとう、ママ」
初めて笑みを咲かせた。意思疎通ができてる気がまったくしない。
ともあれ、俺の『学校で引きこもろう計画』は見事完遂された。この手の計画がまともに成功したのって初めてじゃないかな?
これで卒業するまで二年くらいを学校で引きこもり、その後は大手を振って我が楽園、引きこもりハウスで悠々自適に暮らすのだ。
未来は明るい。
俺の表情も自然と綻ぶというものだ。
「んふ~♪ うふふふふ♪」
ほら、我が妹も俺の門出に浮かれまくり。
うん、そうだな。
さっそく謎の彼氏君を探し出し、ちまつ――じゃなかった、誠心誠意の話し合いをしようじゃないか。
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