学院長を攻略したよ
軽薄そうな兄ちゃんが巨大魔獣化する様に、テレジア学院長は目を見張る。
そして黒い戦士(俺)が二足歩行の豹的魔人を粉砕したシーンでは、「すごい……」と思わず言葉を漏らした。
よしよし。いい感じだ。念のためちょっと補足しておくか。
「俺も魔人のなんたるかを正確には知らない。だがアレは強敵だった。あっさり片づけているように見えて、ハルトたちが発見した聖武具――『破滅に誘う破城杭』がなければ、かなり苦戦していただろう」
「パイル……ぇ?」
「聖武具の名だ。『光刃の聖剣』とか、あるのだろう?」
「あれは発見者の大賢者グランフェルトが名付けたものです。これまで見つかった聖武具にはひとつとして、元の名はなかったはずです」
あ、そうなの? 横を見たらちびっ子メガネ教授がさっと目を逸らしやがった。ははは、こやつめ。知ってて俺らに伝えるの忘れてたな。
「そもそも、この聖武具は遺跡内に落ちていたのでしょう? どうやってその名を知ったのですか?」
「……ほら、この裏っかわのとこに書いてある」
俺はすばやく腕に装着する部位の裏にめっちゃ小さく名前を彫った。米粒に文字を書くくらいちっちゃい字だ。
学院長は目を細めて確認する。
「さきほどまで、なかったように思うのですが……」
「かなり小さいからな。見逃したのだろうよ」
という言い訳を見越してめちゃくちゃ小さくしておきました。
すかさずティア教授が割って入る。
「正直なところ、これが聖武具かどうかは確証がない。しかし威力が同等かそれ以上であるのだから、課題はクリアしたと認定してよいはずだよ」
「……ティアリエッタ教授のおっしゃる通りですね。これほどの武具をあらかじめ用意しておくことは不可能ですもの」
あらかじめもなにも、後付けで急造したもんだけどね。
学院長は朗らかな笑みをハルトCへと向ける。
「おめでとうございます、ハルト君。課題をクリアしたと認定しましょう」
俺はぐっとこぶしを握り締める。
ハルトCは口をつぐんだままステップを踏んだ。喜びのダンスだ。さすがに声を出さんと不自然じゃないかな?
ともあれ、唯一と言っていい難題をクリアした。
これで『学校で引きこもろう計画』は、大きな一歩どころかゴール手前まで進んだのだ!
「ところで――」
学院長は聖武具もどきを撫でながら言う。
「こちらはすでに、シヴァさんでしたか、貴方が契約したのでしょうか?」
ん? と首を捻ったが思い出した。
聖武具ってのは契約した人にしか扱えないのだ。その辺りの扱いをどうするかは、事前にティア教授と検討済み。
「いや、俺は一時的に借り受けたにすぎん」
「借り受けた? 契約者でもないのに、使用できたのですか?」
「まあな。それが聖武具かどうかはさておき、契約者にしか使えないのは同様らしい。なぜ俺が使えたかは秘密だ。詮索はしないでもらいたい」
謎のヒーローには秘密が多いもの。不自然ではないのだよ。
「……わかりました。その辺りを探るのは控えましょう。ただこちらの武具を今後どう扱うかを決めるうえでも、契約者が誰か、はっきりさせてください」
学院長がちらりとハルトCを見た。
「いや、俺じゃないっす」
さすがに何もしゃべらないと不自然と感じたらしく、ハルトCは声を出して答える。
「では、どなたが?」
今度は顔をこちらへ向けた彼女に、しれっと言い放つ。
「イリスフィリアだ」
当初はシャルにしようと考えたのだが、あいつはいずれこの国の女王になる少女。急ごしらえの聖武具もどきは、彼女にはふさわしくないとの俺判断だ。
でも仲間内の誰かが契約したことにしとかないと、取り上げられちゃうかもしれなかった。べつになくてもいいんだけど、なんとなく不安だから『こちら側』に残しておきたい。
かといって俺(ハルトのほうね)は、すでに魔法銃がアイコン的武具になっている。あんな巨大武器をいちいち装着するのもなんか嫌。
というわけで、消去法でイリスになりました。
「彼女が……」
学院長は顎に手を添え、何事か考えている。
「今は俺がここへ運んできたが、これはすでに契約した彼女の持ち物だ。普段は彼女が持っていると思ってほしい」
イリスにはシャル考案の変身ポーズや口上を教えている。特定の動きやセリフに反応して装備できたり消したりできるのだ。
「わかりました。こちらの武具の扱いは貴族院との協議が必要となります。イリスフィリアさんには、後ほどここへ来てもらうよう、お伝え願えますか?」
ティア教授は「りょうかーい」と軽薄に答えると、
「念押しの確認だけど、ハルト君は課題クリアということでいいんだよね?」
「ええ、貴族院には私から報告し、必ず説得してみせましょう」
ただし、と学院長は真剣な目つきになる。
「まだ課題は残っていますよ? 実技系の試験は免除するにして、筆記試験に合格しなければ、講義系の授業は私がハルト君専用のカリキュラムを組んでしっかり指導させてもらいます」
ここでもティア教授が答える。
「もちろん忘れてなんていないさ。ま、ハルト君なら宮廷魔法師試験レベルにだって対応できるけどね」
変にハードルを上げんでくれ。
もっとも、実際にやるのは俺じゃないけどね。ペーパーテストなら、俺のへんてこ結界魔法でカンニングし放題。がんばれティア教授、そしてリザ。
「期待していますよ、ハルト君。まさか不正は働かないとは思いますけれど、規則ですので一般入試や公式の学内試験と同様、カンニング対策はさせてもらいますね」
ふっふっふ、初耳じゃないから驚かないぞ。
俺は入試未経験だがティア教授に聞いてはいる。なんでも試験会場には大規模な結界を何重にも張るらしい。
だが相手が結界なのであれば俺の領分。手のひらの上で踊るのはそちらのほうなのだ。
で――。
数日後、俺はパーフェクトに筆記試験をクリアしたのだった――。やったね。




