学院長を翻弄するよ
そんなわけで準備万端整えて、やってきました学院長室。
彼女に認められれば、俺は晴れて学校という忌むべき場所で至福の引きこもり生活を送れるのだ。何かおかしいような気がしなくもないが深く考えるのはやめよう。
「やあやあ学院長、ワタシの生徒が難題をクリアしてきたので報告しに来たよ」
ティア教授が学院長室に入るなり本題を告げた。
自席で何やら書類仕事をしていたらしい学院長――テレジア・モンペリエさんは目をぱちくりさせたあと、にっこり笑って言う。
「まだ約束の期日は先ですのに、ずいぶんと早かったですね」
「べつに不正は働いていないよ? ましてこっちの黒い人が何かしてくれたってわけでもない」
ティア教授はシヴァモードの俺の背をぽんと叩く。
ここに来たのはティア教授と俺、加えて俺の代わりのハルトCの三人だ。
「信じたくはありますが、彼がこの場に来た理由を説明していただきたいものですね」
うん、明らかに疑っているな。
「俺がここに来た理由はおいおい話そう。まずはウルセイヤンデル教授の報告を聞いてほしい」
「ワタシはルセイヤンネルだけどね。慣れない名で呼ぶものじゃないよ。それになんとなくだけど、悪意ある間違いをされた気がする」
素で間違えたんだけど、俺自身何かしら思うところがあったのかもしれない。
ティア教授はこほんと咳払いして仕切り直す。
「で、モノを入手するに至った経緯だけど、前に報告したように遺跡内には魔物がまったくいなかった。より正確に言えば『まったく出会わなかった』とハルト君たちは主張している」
ハルトCはこくこくとうなずく。変にしゃべって嘘がバレてはいけない。まあ、まるっきり嘘とも言えないんだけどね。
「ルセイヤンネル教授は何者かが関与している可能性を示唆していましたね」
「うん。で、その『何者か』も見つけた。世にも珍しい〝魔人〟と呼ばれる存在だね」
「なっ――!?」
学院長、たいそう驚いていらっしゃる。でもなんで俺に視線を向けるのかな?
「シヴァさん、でしたか。貴方がそちらに対処したのですか?」
「ん? ああ、そういう……」
おっと声が出ちゃった。
げふんげふんとごまかしたところでティア教授が割って入る。ナイスタイミングだ。
「結果的にはそうなるね。でもハルト君たちに求められていたのは『遺跡内の聖武具の発見と回収』、それから後付けで加わった『遺跡の異常の調査』だったはずだ。問題はないはずだけど?」
「……ええ、そうですね。結果だけを聞けば、ハルト君は二つの課題を見事クリアしたことになります。ですが――」
学院長の言葉を、ティア教授が自信満々に遮る。
「証拠、だね。もちろん抜かりはないさ」
こういうとこ、上手いと思う。完全にこっちのペースだ。
ティア教授がこっちに目配せしたので、俺は片手を掲げた。
虚空からにゅっと長い杭が現れる。
「なっ――!?」
「あー、学院長、質問は後回しだよ」
にやにやと意地悪な笑みでティア教授は学院長を制する。楽しそうだな。
俺は取り急ぎ杭を三本、引っ張り出して床に置いた。わなわな震える学院長を横目に『大丈夫かいな』と思いつつ、腕に嵌める台座を謎時空から取り出して杭の横に並べる。
「収納、魔法……」
「ほらほら、驚いてないで確認してよね」
「……」
学院長はちょっとむっとしながら席を立ち、聖武具(偽)に歩み寄った。眉を八の字にして困惑したように屈むと、杭の一本に手を添える。
ひとつひとつ丁寧に、感触を確かめていた。
「これは……」
ごくりと俺は唾を飲み込む。
やはり紛い物では、聖なる武具に特有の神々しさとかがなかったでしょうか!?
「なんて神々しい魔力でしょう。王妃が持つ〝光刃の聖剣〟に匹敵する……いえ、もしかしたらそれ以上の魔力を感じます」
「そうだろう、いやまったく、そうだとも! シヴァ君もそう感じるだろう!?」
「えっ? ぁ、ああ、たしかにな。並みの魔法具ではない」
いきなり振らないでよ、びっくりしたなあ。
にしても、神々しい魔力がどうとか、俺は付与した覚えがないんだけどなあ。学院長、テキトウに言ってません?
「それで、これはどこにあったのですか?」
学院長はハルトCに尋ねたようだが、ここでもティア教授が答える。
「だいたい30階層くらいかな。もちろん、そこに至るまでに彼らがどれほど活躍したかも話そうじゃないか」
ティア教授は感情たっぷり情緒もたっぷりに語る。
たとえ魔物がいなくとも、学生風情が地下深くへ潜っていくのは簡単じゃない。
俺がいかにリーダーシップを発揮し、少女二人の力を最大限引き出したかが語られた。
この人、物語を創作するの上手いな。俺もなんだか引き込まれてしまう。
「――さて、そうしてたどり着いた30階層で異変を見つけた。なんと道端に聖武具らしきが落ちているじゃないか!」
そこはもったいつけたりしようよ。
「だが異変はそれにとどまらない。なななんと! そのすぐそばに女の子が倒れているじゃないか!」
おっとそうきたか。事前の打ち合わせでメルちゃんのことも(半分)正直に話すとなったけど、どうなるやら。
で、まずは人命救助とメルちゃんを抱えて遺跡を脱出しようとしたところで、
「そこに魔人が現れてね」
圧倒的な強さを誇る敵に、俺は少女たちを逃がすべく奇策を用いたりして必死に抗った。俺っていい奴だな。全部フィクションだけど。
「だがやはり魔人は強く、ハルト君の命は風前の灯に……ところがそこへ!」
さっそうとシヴァが現れ、聖武具(偽)を使って魔人を退けた。めでたしめでたし。
「なるほど、すでに実際に使っていて、威力も証明済みである、と」
学院長が俺に正対する。
ここは実際に見てもらったほうが信じてもらえるだろうと、せっかく作ったプレゼン映像を無駄にしたくない一心で、俺は虚空に映像を浮かび上がらせた。
「ぇぇ……?」
驚き方が弱くなってる。
学院長の様子を見て、
「わかるよ、ワタシも徐々にそうやって受け入れていったものだ。『こいつはこんなものなんだ』と達観するまでもう少しだね」
ティア教授がぼそりとつぶやいた。
たしか父さんもそんな感じだったな。まあ、そういうもんだと思ってほしい。
ともかく、俺渾身の無声プレゼン映像が開始された――。




