見掛け倒しもいいところ
魔人オルセは戦闘態勢に入ったものの、すぐには攻撃を仕掛けなかった。
得体の知れない相手に対して慎重になったのではない。
純粋な興味が勝ったのだ。
ここに至る不可思議な現象の〝解〟を得たい。
話が通じる相手ではないが、探るためのヒントは散らばっている。
(この床……物理防御を目的とした結界の一種か。それに幻影系の魔法で床のように見せている、と)
であれば急に現れた黒い男――シヴァ本人やその武器も同じく幻影系魔法で隠していたのだろう。
(どうやら幻影を絡め、意味不明な口上で相手を煙に巻いての不意打ちが得意な輩らしいな)
オルセはシヴァ――その正体たるハルトの本質を看破した。
(だが裏を返せば、不意打ちをせざるを得ない程度の実力しか持ちえていない証左でもある)
しかし肝心な部分を見誤っていた。
(けれどアレはどうだ? 最初の攻撃は、たしかに結界だった)
その結界を操作してオルセをこの場へ移動させたのだ。
本来、結界とは空間に固定化されたもので動かせない。
できるとすれば古代魔法の領域だ。
(古代魔法の使い手か)
またも本質に迫るオルセ。
(まあ、だとしても高が知れている。結界を動かすのは驚きだが、むしろそれに特化した能力しか持ってはいないはず。でなければ最初の攻撃で僕にいくらかダメージを与えていなくてはおかしい)
しかしまたも肝心なところがズレていた。
(ふん、冷静に考えれば単純だったな。カラクリが知れたなら脅威と呼ぶほどでもない)
結果、的外れな結論で納得してしまった。
完全に相手を侮ったオルセは遊び心まで頭をもたげる。
「だいたいわかったよ、君がどういう男なのかがね」
「何……?」
シヴァはいまだ奇妙なポーズを決めていた。
「相手を油断させての不意打ちが得意なんだろう? たとえば……ほら、僕の後ろにいくつもの小結界を浮かべている。手元の武器に注目を集めておいて、本命は背後からの奇襲。違うかな?」
「っ!?」
明らかに動揺した様子に、オルセはせせら笑う。
「僕は諜報、探索に特化した魔人でね。そう作られたのさ。だから普通なら気づかないような小さな魔力を探り当てることができる」
半分は嘘だった。
彼は魔力探知に優れた能力を持つのは正しい。だから背後の小結界の気配を正確に感じ取った。
しかしその特性は付属的なものでしかない。
オルセは魔神ルシファイラが生み出した中でもトップクラスの攻撃性能を誇る。強襲、殲滅に特化した魔人だ。
虫の息の相手や、貧弱すぎる対象をも余さず見つけ出し、確実に抹殺するのが彼の役割。
ゆえに一定レベル以下の魔力を正確にかぎ分ける能力を有していた。しかし――。
「……」
(なあんだ、もう気づいちゃったのか。怯えて声も出せないなんて哀れだねえ)
戦闘特化ではないと偽ってみたものの、オルセは相手の様子からそう判断した。
油断させて徐々に絶望を味わってもらうつもりだったが、自分は詐欺師には向かないな、と内心で苦笑する。
(ま、そこそこの使い手なら僕の圧倒的な魔力に気づかないはずはないか。ふふふ、まあこれはこれでいいけどさ)
怯えた相手を嬲り殺すのは、いつでもワクワクするものだ。
だが彼は、自身の特性の欠点を考慮に入れていなかった。
一定レベル以下の小さな魔力をかぎ分けるために、大きな魔力には鈍感になっているのだ。
生存に特化したメルキュメーネスが瞬時に看破したハルトの膨大な魔力を、オルセはいまだ感じ取れないでいた――。
(さて、不意打ちを見破られた彼はどう出るかな?)
シヴァが打つ手は予想がつく。
バレていると知りながらも背後の小結界で攻撃を仕掛け、その隙に逃げようとするに違いなかった。
だから先手を打つことにした。
「圧倒的な絶望を、君にプレゼントするよ!」
本気を出す。
恐怖に為す術なく放心するシヴァを、ただいたぶるために!
「なっ!?」
驚愕の声が心地いい。
体内魔力を爆発させると、オルセの体が一気に膨張した。
「ぅ、うぉおおおぉぉおっ!」
黄金色の体毛に黒い斑点。二足歩行の巨大な豹の獣人にオルセは変化する。身の丈は十メートルに迫り、鋭い爪と牙が陽光に煌めいた。
「悪いけど、ひと思いには殺さないよ? たっぷりと僕の爪で――がっ!?」
ズパパパパッ!
背中に鋭い痛み。
「ごふっ……。な、なに……?」
おそらくは小結界による攻撃だろう。背中を撃ち抜いたそれらは臓腑をも貫き、腹から飛び出る手前で停止した。
「おいおい、勘弁してくれよ。デカいこと言っといて紙防御じゃないか」
紙……だと?
バカな、とオルセはすぐさま回復に注力する。
(真の姿になった僕の体は、王都の城壁よりも堅牢なんだぞ……)
皮膚と体毛には幾重にも魔法防御が張られ、ちょっとやそっとのことでは傷ひとつ付けられはしない。なのに――。
「うーん……まあ、ギリギリで止めたし、正面からの映像ならごまかせるかな?」
シヴァはまたも意味不明なことを言う。
「んじゃ、本番だ」
続けて腰をぐっと落とし、奇妙な武器のついた腕を引き絞ると、
「ゃ、ちょ、待――」
「穿て、無名の聖武具もどき!」
こぶしを突き出した。
杭状の武器が射出される。
(バカな……僕は魔人だぞ? 同胞の中では戦闘面で突出した僕が、こんなところで、あんなふざけた奴にぃ!)
回復に手いっぱいで体が動かない。そもそも速すぎて目で追えない。
「ぁ――」
ズンッ、と。
喉に突き刺さった杭は衝撃波を生み、
パァーンッ!!
オルセの頭と胸部までをも消し飛ばした――。
☆☆☆☆☆
見掛け倒しとはこのことか。
口ではデカいこと言って実は弱いのっているよね。あんな大人にはなりたくないものだ。
まあ、バカ正直に『探索とかに特化してます』って感じのことを言ってたしな。自分を強者に見せかけようとしてボロを出すとか、プギャーされても仕方ないね。
とはいえ不意打ちを看破したのは腐っても魔人ってところか。今まで誰にも気づかれたことないのに。魔力がいっさい漏れないように改良しておこう。たぶんできる。
「さて、いい画が撮れたかな?」
俺は業界人っぽく言いつつ、画面を表示させた。撮れたて新鮮な戦闘映像を確認する。
「むぅ、けっこうふらふらしてんなあ。仕方がない。背中に乱射したシーンは全カットだな」
この映像は聖武具もどきの性能を学院長にプレゼンするためのものだ。相手の紙防御がバレる可能性は排除しなくてはならない。
「音声も消していいな。威力がわかればいいんだし」
それを見越して余計な発言を俺はしていたわけだが、相手の口上もイキリ弱キャラ感満載だから使えないね。
「うん、音がないと奴の変身シーンの迫力が増すな」
強キャラを一撃で粉砕したカッコいい映像に仕上がった。
これで学院長をだまくらかし、俺は学院での引きこもり生活を送るのだ!
残った死骸を謎時空へ飛ばし、床結界を消して、俺は意気揚々とティア教授の研究棟へ戻るのだった――。




