こちらが聖武具(偽)になります
俺が学院生活で自由を手に入れるためには、古い遺跡にあるとされる妙ちくりんな聖武具とやらを見つけねばならない。
が、それはすでに持ち去られ、その証拠となり得る物が破壊されてしまった。
万事手詰まり俺ピンチ。などと慌てる俺ではない。端から策は用意してあったからだ。
「聖武具がないなら、作ってしまえばいいじゃない!」
呆れた視線が注がれる中、唯一キラキラした瞳を俺に向けるのは我が妹だ。
「台座に刻まれていた説明文によれば、一撃で城壁を破壊し得る武具と考えられますね。『大地を穿つ』ともありましたから、きっと巨大なピラミッドをぶち当てるようなロマン武器に違いありません!」
「デカすぎないかな?」
せめて背負えるくらいのじゃないと困る。
興奮するシャルをなだめるようにティア教授が冷静に補足する。
「台座のサイズからして破城鎚のような巨大武器とは考えられないね。学院長を騙すにしても現実的な大きさの物を用意するべきだよ」
しょんぼりする妹を励まそうとしたらイリスに先を越される。
「しかしティア教授、一般的な城壁でも『一撃で』となるとかなりの威力が要求される。持ち運べるサイズでそれを実現しようとすれば、武具に仕込める魔法術式にも限度があるし素材も限られるだろう。それこそ聖武具クラスの武具を作ると言っているようなものだ」
だが彼女の発言は落第点もいいところだった。
「イリス、お前は何もわかっちゃいないな」
「むっ。どういう意味だ?」
たしかにシャルは『やっぱり巨大サイズですよね!』と瞳に期待の色が戻ったよ。
けどな、そうじゃないんだ。
シャルがその潜在意識下で真に求める答えとは――。
「いいか、ロマン武器はサイズの大きさゆえに『ロマン』なんじゃない。その存在に〝ときめき〟があるかどうかがもっとも重要なのだ!」
「なるほど!?」
あれれシャルちゃんなにゆえ疑問形?
「たとえば父さんの戦鎚。アレをお前くらいの女の子が振り回して魔物どもを薙ぎ倒してたら、どうだ?」
「魔物さんたちがちょっと可哀そうです……」
「うん、まあ、そうだよな。魔物だって必死に生きてるんだもんな。理由もなく傷つけちゃダメだよね。んじゃあ、悪の組織が立てこもる城壁に大穴を開ける様を想像してみよう」
シャルは目を閉じてしばらくしてから。
「ときめきました!」
「それだよ!」
「キミたちはいったいなんの話をしているのさ?」
呆れ気味なイリスは放っておく。シャルの理解が得られればそれでいいのだ。
「てなわけで、そこそこの大きさで城壁をぶっ壊せる武器を作ろうと思う」
「だからそれが簡単じゃないとボクは言ったのだけど……」
いや仕様が固まってるなら簡単じゃないか。
「最大でも父さんの戦鎚くらいで、城壁を一撃で粉砕する威力。形状は……杭っぽいのにするか。他の聖武具とたぶん被らないだろうし」
「パイルバンカーですね!」
「え? ああ、うん……デザイン、やってみるか?」
シャルはぱっと目を輝かせて紙にペンを走らせる。
ティア教授が覗きこんであーだこーだ言い始めた。
「杭は数本、背中に負うのか。にしても長すぎないかな? 二メートル近いよ?」
「短く細くですと攻城兵器に見えませんから」
「わざわざ宣言する必要があるのかなあ? それより腕の台座にセットするのが手間に――ん? なるほど、自動で背中から送る仕組みか。でもこの機構、複雑すぎないかな? てかどうやって動かすの?」
「ロボットアームはロマンです。そして魔法的な力でガチャコンと動かします」
「専用の魔法術式を組みこむなら物理機構は簡素でいいと思うんだけど……」
そこはロマンだと理解してほしい。
「これ、どうやって杭を射出するのかな? クロスボウのような構造にするなら弦がいると思うけど」
「魔法的な力でシュバッと」
「そのために術式を追加するのかい? いや、それもロマンか」
だんだん洗脳されてきた。元からこの人はロマンに傾倒しやすい思考回路だしな。
ところがついていけない子が一人。
「これを実現するために必要な素材や魔法術式がまったく想像できないよ……」
イリスは頭を抱えている。あ、もう一人、目を泳がせている子がいた。
「きっとハルト様なら実現してしまう……。でも理屈は絶対に通らない……」
リザはなかなか慣れないなあ。
「できました!」
シャルが誇らしげに紙を掲げた。
魔法少女っぽい女の子の片腕にバックラーを長くしたような板状の物体がくっついている。背負った四本の杭をチビアームで板状物体に一本ずつ装填して撃ち放つものらしい。
てか絵がめちゃくちゃ上手いな。
「腕に嵌める射出部位が杭の長さに比して小さいように思う」とはイリス。
「お前は口を開けば文句ばかりだな」
「そ、そんなつもりはないんだ。ただ率直な感想を言っただけで……」
「よく見てみろ。こっちの絵が最終形態だ」
女の子の絵は三つ描かれている。時系列で通常状態から装填時、射出形態と推移していた。装填するときにチビアームの動きに連動して、板状物体が腕方向に長く伸び、さらに翼を広げるような形に変化するのだ。
「な、なんの意味が……?」
「ロマンだよ」
「ロマンです」
「ロマンさ」
こういうのがあったほうがテンション上がるじゃないか。わかってないなあ、ホント。
「とりあえず形状も決まったし、さっそく試し撃ちしにいこう」
「その前に実物を作らなくてはならない。それが唯一にして最大の難関なのだけど……」
イリスが不審者を見るような目で俺を見やる。
ティア教授も、リザもまた『まさかね』みたいな感じで注目してくるのだが――。
「ひとまずここに用意してみた」
テーブルの下から短時間料理番組で『三日漬けこんだお肉がこちらです』みたいにブツを取り出すと。
「……」(イリスは呆然としている)
「……」(ティア教授のメガネがずり落ちた)
「……」(リザは天を仰ぐ)
「さすがは兄上さまですね。お仕事が早いです♪」
唯一シャルだけが、当然のように受け入れていた――。




