パンがなければ理論
お昼になって俺たちは一度ティア教授の研究棟に戻ってきた。
探索が面倒臭くなったからではない。実際には面倒臭くあるのだが理由は別にある。
ズバリ、お昼ご飯である。
地下深くでの食事はキャンプじみていて引きこもり志望の俺には辛い。遮光カーテンを閉め切った狭い部屋でモニター画面の光のみで(俺が注文して親が受け取った)宅配ピザをがっつくのこそ至高。
とはいえここは異世界だ。そこまで高望みはしない。
そんなわけで鍋を囲む俺たち。白身魚と鶏つくねがメインの寄せ鍋だ。
「わあ! アニメでよく出てくるやつですね!」
シャルは目をらんらんと輝かせている。
「夏も近い時期に、こんな熱々の煮込み料理をどうして?」との疑問はイリス。
「安心しろ。リザが部屋を冷やしてくれる」
何かの用事で辺境伯領の城に戻っていたリザを連れてきていた。ひんやりとした冷気が部屋を満たす。
「これで『コタツ』があれば完璧ですね♪」
「コタツ……?」
「とある国の暖房器具です。テーブルの上に毛布を掛け、中を温めるのです。天板を置いて上で食事をしながらでも足はあったかという夢のような器具ですよ」
「いやだから今はもうすぐ夏……まあいいか」
イリスもいろいろ諦めてきたっぽいな。いい傾向だ。
「そういえばティア教授、ポルコス氏はいないんですか?」
「彼は授業や下働きで忙しい身だ。今日は来ないんじゃないかな?」
あんたはいつも暇そうだよな、との言葉は飲みこんでおいた。優しさである。
「んじゃ、ここでいろいろできそうっすね」
正直なところ遺跡探索は飽きた。わざわざ足を運んで調べるまでもないのだ。
鍋から湯気が立ち昇る中、虚空に無数の板状結界を出現させる。それぞれつながっているのは遺跡内にばらまいた別の板状結界だ。これであちこちくまなく、この場で探索できるって寸法よ。
「またすごいことしてる……」
イリスのツッコミが弱々しい。いいぞ、お前がキャメロットとやらの一員になる日も近いな。
ところでここにはもう一人、俺の結界魔法を知らないお子様がいるのだが。
「あの子、大丈夫?」
ソファーに横たわって首から下に毛布をかけられている女の子。褐色肌で白い髪はこの国では珍しい。
「急に放心したように倒れてね。まあ熱はないし息も穏やかだから心配はいらないと思うよ」
まだ嫌な記憶に混乱してるのかな? てかいったいあの遺跡で誰に何をされてたんだろう?
ま、今は赤い瞳からハイライトが消えてるしお子様だから、どうとでもごまかせる。
というわけで、俺は鍋をつつきながら百を超える画面を観察する。
目的はこの遺跡にあるとされる〝至高の七聖武具〟のひとつを探し出すこと――なのだが。
「ティア教授、ずっと引っかかってることがあるんですけど」
「ほふ? なんらい?」
教授は鳥つくねをはふはふ食らいながら応じる。
俺がずっと引っかかっていること。
それはかなり重要でかつ割と根本的な問題であり、つまり――。
「この遺跡に聖武具っての、本当にあるんですか?」
だいたい形状からして不明なもんが『存在する』と言えるのか? 誰が見たってのよ? そもそも見つけたなら持って帰るだろ。
「さあ?」
えぇ……。そんな可愛らしく首を傾げられましても。
ティア教授はもぐもぐごっくんとしてから解説を始めた。
「根拠は古い文献でね。ずいぶん昔に一人の冒険者が遺跡の最深部まで踏破した探索記録だよ」
「へえ、昔はすごい人がいたもんですね」
「グランフェルトって人なんだけどね」
どっかで聞いたことある名前だな。誰だっけ?
「ただ古すぎて文献は虫食いだらけ。ページが破れて抜けているところもある。だから『聖武具のひとつを発見した』と記されてはいても、どのような物かは確認できなかったのさ」
「そいつが持って帰ったんじゃないですか?」
「それはないよ。彼が持って帰ったなら然るべき場所に保管され、ふさわしい者の手に渡っているはずだからね」
「いや、でもっすね――」
「名前を聞いてもさっぱりピンと来ていないハルト君に説明しておくと、大賢者グランフェルトだからね? 存在が確認されている聖武具はすべて彼が発見し、持ち帰ったものだよ。閃光姫の『光刃の聖剣』もそのひとつだ」
「いやだから――」
「ああ、今回オリンピウス遺跡で悪さをしている『何者か』の存在だね? 状況からして昨夜のうちに遺跡からいなくなった可能性は高いね。ついでに聖武具を持ち去ったとも考えられなくはない」
でもね、とティア教授は自信満々に言う。
「聖武具が存在したならその証拠もあの遺跡には必ずあるはずだ。それさえ見つければ課題はクリアさ。さすがに学院長も『誰かが持ち去ったもの』を取り返せとまでは言わないだろうね」
あ、そうなんだ。
「じゃあ、たとえばこんなのですか?」
板状結界のひとつをすいーっとティア教授の眼前に飛ばす。
「ふむ。ゴーレム種の魔物が歩いているね。最深部かい?」
「そいつの後ろっす」
ん~? と眼鏡の奥を細くするティア教授。
「壁面が不自然にくぼんで、そこに何かあるね。台座、なのかな? ひどく朽ちていて判別しづらいけど……ん? どうしてここだけ朽ちているんだい?」
遺跡内部は経年劣化を防ぐ結界が張られている。だからこの部分だけ風化しているのは奇妙だった。
「で、ここをずずいっと拡大すると……」
台座部分にうっすらと文字みたいなのがある。
「古代文字だね。かすれて読みにくいけど、これって――」
ティア教授の言葉をなぜかイリスが継いだ。
「『其は荒廃した大地を穿つもの、其は魔の城壁を貫くもの』、とあるね。他にも書いてあったようだがさすがに読めるほどは残っていないな」
お前、古代文字読めたんかい。
「巨大な杭の類かな? となるとそれって――」
今度はシャルが興奮ぎみに叫ぶ。
「ロマン武器ですか!?」
「……まあ、聖武具の特徴を表したものと言えなくはないかな。つまりは、だ」
ティア教授はにんまりしたので満を持して俺が告げる。
「これで課題はクリアっすね」
いやあ、案外簡単だったなー。などと明るい未来に思いを馳せたそのときだ。
のっそのっそと徘徊していたゴーレム君がぴたりと動きを止めた。なぜだかじっと聖武具が置かれていたらしい台座を眺めていたかと思うと、これまたなぜだか腕を振り上げ。
「なぁ――!?」
ティア教授が驚く間に台座らしきをぶっ壊したではないか。
「何やってんのさぁ!?」
「いや俺に言われましても」
きっと何か嫌なことがあったんだよ。その鬱憤を晴らしたんじゃないかな? 実に迷惑な話ではあるのだが。
「どうするのさ!?」
これは俺も真剣に考えざるを得ない。
だがもう、あそこに聖武具があって誰かしらに持ち去られたとの証拠は砕け散ったのだ。
ならば――。
「聖武具がないなら、作ってしまえばいいじゃない!」
俺はわりと初期から考えていた悪だくみを言葉にしてみました――。




