迷子を保護した
唐突だが俺は夢を実現していた。
わりと前に我慢の限界を迎えた俺は研究に研究を重ね、ついに完成したのがこの黒い液体である。日本人ならば誰もが恋焦がれてやまないモノ。
ズバリ醤油だ。
ちゃんと結界で醤油差しまで作ったもんね。ついでに味噌もできている。
で、この世界の大根っぽい食材をすりおろして醤油と酢を加え、ちょいと柑橘系の果物を絞ってほんのり甘味を足せばあら不思議、おろしポン酢の完成である。
そして探索課題の初日を無事終えた俺たちはティア教授の研究棟の一室で焼き肉パーティーを開いていた。
「さっぱりして美味しいです♪」
「うん、未体験の味わいだけどよいものだね。しかしこの鉄板はどういう理屈で熱せられているのだろう? 火魔法を使っているようには思えないのだけど……」
相変わらずイリスは細かいことにこだわるなあ。はげるぞ?
「君たち、肉ばかり食べずに野菜も取りなさい。栄養バランスは大事ですぞ?」
なぜか一緒にいるポルコス氏。あんたはなんの役にも立っていないのでは?
ちなみにティア教授はいない。今ごろは――って帰ってきたな。
バーンとドアが開かれる。
「先に始めるなんてズルい!」
「お帰りなさい。学院長への報告はどうでしたか?」
「自分だと嘘がバレるのが嫌だからってワタシに押しつけておいてこの仕打ち。教えてあげないよーだ」
すっかりへそを曲げてしまった。
でもまあティア教授が無傷で帰ってきたなら成功したとみていいだろう。『魔物なんていませんでしたね。デュフッ♪』(意訳)との報告でどうにかなったっぽいな。
むろん証拠はすべて消している。バカでかい魔物の死体なんぞ跡形もなくな。
「ワタシの分のお肉はあるんだろうね?」
「こちらに」
俺は椅子の下(に見せかけた謎時空)からブロック肉を取り出した。
我が父の領土で育った高級牛だ。和牛の飼育方法を参考にしているので霜降り具合がなかなか。
リザが肉を切り分け、じゅうじゅう焼く。彼女は基本草食なので肉はほぼ食べないのだ。ちなみに甘いお菓子が主食になりつつあるけど。
「はふはふ、むぅん! これはなかなか。美味しい♪」
ちょっと機嫌が直ったかな。
「で、どうでした?」
「ん? まあなんとかなったよ。怪訝そうな顔はしていたけどね。何者かが遺跡に関与しているらしいと話し、ついでにその調査もすると言ったら納得してくれた」
「あ、それ言っちゃったんですか」
「嘘を信じさせるには真実もほどよく交ぜないとね。ま、推論ベースだから弱いと言えば弱いのだけど。その意味で、調査はいい加減なものにはできないかな。それっぽいことはしなきゃいけないかもだ」
調査ねえ。
俺だってただ焼き肉を貪っていたわけではない。とっとと探索を終わらせて理想の学院引きこもり生活を送りたいのだ。
ティア教授がもってきた遺跡の地図は途中まで。最深部はもちろん、どこまで進めば最深部かもわからない。
もっとも俺に求められているのは『遺跡にあるとされる七聖武具のひとつを見つけ出すこと』であって、最深部到達がミッションではなかった。
早いとこ剣でも槍でも鎧でも見つけりゃいいや、と今もまさに監視用板状結界をいくつも飛ばし、あっちこっち探し回っている。
まあ広いっちゃア広いので、なかなか見つかりはしないのだけど……おや?
「む? なんだねリザ君、目をふさがれては肉が食べられないぞ」
俺が目配せすると、リザがポルコス氏の後ろに回り込んで両手で目を覆う。
彼には通信魔法とか説明すんのが面倒なので。
で、虚空に板状結界を作り出し、遺跡内部を映し出した。
「ティア教授、これってなんですかね?」
「もぐもぐ……ごくん。何、と訊かれてもねえ。誰がどうみても小さな女の子じゃないかな?」
そう。遺跡の奥深くでふらふら歩く小さな女の子。歳は見た目からして七、八歳ってところかな。
褐色の肌をして、肩で切りそろえられた白い髪。赤い瞳が虚ろだった。この世界のタンクトップみたいな肌着はあれ、大人用かな。膝くらいまである。
どっかで見たような感じなんだけど、うーん……。
「なぜかような場所に幼子が?」
「…………迷子?」
んなわきゃないでしょー。
と、シャルが真剣な眼差しで女の子を見据えて言った。
「もしかして遺跡で悪さしている諸悪の根源、でしょうか……?」
くりくりおメメが揺れている。そうであってほしくない、とかそんな感じだ。
「とりま調べてみよう」
俺が念じると、画面の女の子に照準マークみたいなのが重なった。そこから線がピコンと伸び、四角い枠とつながる。枠の中には文字がつらつら。
「ふむ、魔法レベルは【3】/【6】か」
ティア教授は眉をよそめて続ける。
「属性はひとつだけだね。それが人には珍しい【混沌】ときた。しかも補助属性がプラス効果のあるものばかりで七つ……なんとも歪だねえ」
「でも魔法レベル的にはそこらの一般人ですよね?」
「うん、そうだね。この子が遺跡で悪さするほどの実力があるとは思えない。となると諸悪の根源とやらに攫われ、何かしらの儀式に用いられようとしたところで逃げ出した、とか?」
「何かしらの儀式ってなんですか?」
俺が素朴な疑問をぶつけると、
「ありていに言ってしまえば『生贄』だよ」
わりとダークでハードなお答えが。
「あ、倒れた」
女の子は力尽きたのかぱたりとうつ伏せになった。
「大変だ! 早く助けにいかないと!」
「誰が?」
イリスちゃん、『お前に決まってんだろが』みたいな目で俺を見やがる。
まあ行きますけどね。
俺は重い腰を上げ、研究棟にこしらえた俺の自室から『どこまでもドア』で遺跡へ向かった――。
で、連れて帰ってきたわけだが。
目を覚ました彼女は俺たちを見て怯えに怯え、ガタガタと震えまくっている。
恐くないよーと言っても噛みつくでもなく、膝を抱えて丸まってしまった。
「お名前を教えてくれますか?」
シャルが優しく声をかけると、
「…………メル――、…………」
続く名前があるようにも思えたがよく聞き取れなかった。とりま『メル』ちゃんと呼称しよう。
よほど怖いことがあったのだろうし、事情を訊くのは落ち着いてからだな。
きゅるりと可愛くお腹が鳴ったので、俺たちは彼女に焼き肉を振舞うのでした――。