もう開き直ってしまえ
遺跡の最深部にいるべき強い魔物が、なぜか地上部分に現れた。
それを俺はさくっと倒してしまったのだが、
「とりあえずシャルが倒したことにすればいいか」
「わたくし、兄上さまの手柄を横取りするのは気が引けてしまいます……」
「そこは耐えてくれ」
俺が自由を勝ち取るためだ。
『報告はどうとでも書けばいい。ただし学院長を騙す自信があれば、だけどね』
不正や嘘は絶対許さないウーマンに悟られてはならない。
俺はぐるりとみんなを見る。シャルに、イリス。そして画面の向こうにティア教授。
騙せる気がしねー。
後々考えよう。今は探索が先なのだ。
俺は問題を先送りにしてみんなで仲良く建物へ向かった――。
朽ちかけている周辺とは異なり、神殿めいた建物は真新しい。
『経年劣化しないのは今のところ謎なのだけど、まあ古代魔法によるものだろうね』
古代魔法って便利だな。
『加えてそこに棲む魔物は生態系を維持していないと推測される。なにせ種類はバラバラ、本来は森や水辺に棲むような魔物までいるのだからね』
「どうやって暮らしてるんですかね?」
『そこも謎だよ。でもだからこそ棲息範囲が決まっていて対応しやすい面もある』
「さっきは最深部にいるはずの魔物が出ましたが?」
『……そこなんだよね、不可思議なのは。オリンピウス遺跡を発見してから一度たりともなかった現象だ。ま、進んでいれば何かしらつかめるかもだ。がんばってくれたまえよ』
他人事みたいに言うなあ。あ、他人事か、この人にとっては。
大理石みたいな見た目つるつるで高級感漂う道を進む。
眼前に板状結界で地図を表示した。データはティア教授がどこぞから(おそらく違法に)入手した過去の探索資料を基にしている。今俺たちがいる位置がぴこぴこと点滅していた。
「そんな魔法をボクは知らない」
「俺の妹ってすごいだろ」
「どう見てもハルト、キミが操作しているじゃないか」
「細かいことを気にするやつだな。俺が使えるようにしてくれてるんだよ」
「納得がいかない……」
だがお前は最終的にはなあなあで済ませてくれると信じているよ。信頼できる仲間と一緒って心強いね。
「おっと、ここを右だな」
先陣を切って曲がり角をひょいと折れ、すぐさま引き返した。
「どうしましたか、兄上さま?」
「なんかいた」
俺はそろりと壁に隠れながら覗き見る。
ヘルムも被った全身鎧の騎士さんがいた。剣を垂直に構え、大きな盾を持っている。マントをひるがえしてガシャンガシャンと十字路をうろうろしてた。
『どれどれ? へえ、『放浪する騎士』だね。アンデッド系の魔物で、鎧に怨念が宿って生まれたものだから、あの中身は空っぽさ』
「ゴブリンとどっちが強いですか?」
とりあえず弱そうな魔物と比べてみたい。ゴブリンに出会ったこともないのに。
『はっはっは、面白いことを訊くね。アレは単体で魔法レベル30が必要な難敵だよ。ついでに一体で行動することは稀で、通常は四、五体で部隊を組んでいる。あれは斥候かな?』
「なるほどー。ところでアレ、こっち見てません?」
『うん、完全に気づかれたね』
鎧の騎士が剣を掲げて何やらウォーッて喚いている。
「マズいぞ、仲間を呼ぶつもりだ」
言うやイリスが飛び出した。ものすごいスピードで駆けていき、床を蹴って壁を蹴り天井にぴったり貼り付くと、真下に勢いよく跳んだ。
「せりゃあ!」
彼女の動きに翻弄された鎧騎士は反応できない。その脳天へ、輝くこぶしを打ち下ろす。
べこっと痛々しくも兜が潰れる。
イリスのこぶしを包んでいた光が騎士に移り、全身を覆った。苦悶の声を吐き出しながら、ぐらりと体が傾き床に沈む。
『いやこれは驚いた。もともと体術では群を抜いていたし奇襲ではあったけど、魔法レベルの差を逆転させるほどとはね。相克する【光】属性を直接叩きこんだのも『規格外属性』たる彼女ならではか』
イリスはワシが育てた。言っちゃってもいいかな?
『しかし、ふぅむ……』
「何か気になることでも?」
『いや、戦い方がね。ワタシたち人は魔族なんかに比べてその肉体が脆弱だ。ゆえに防御面でのサポートはしても、己が肉体のみで敵を粉砕するような戦い方はふつうしないのさ。って、これ一般常識だよ?』
そうなのか。知らんかった。
『彼女の戦いはなんというか……魔族のそれに近い。人の肉体を持つ者はまず選択しないね』
「ま、人それぞれってことじゃないですかね」
わりとどうでもいい。
それよりイリスが血相を変えてこっちへ駆けてくるのが気になるのですが?
「仲間が来た!」
あー、やっぱり呼ばれちゃってたのか。
「ってなんか多くない?」
十字路の三方向からわらわらやってきてますよ? 四、五体どころの騒ぎじゃない。
『どうやら近くに複数の部隊がいたようだ。見た限り三十体近いねえ』
イリスは一体を奇襲で処理できたけど、あの数は無理じゃね? まあ、だから逃げてきてるんだけど。
俺とシャルはイリスと合流、すたこらと逃げる。
鎧騎士の群れがガシャガシャと俺らを追う。
『いよいよもっておかしいねえ。どうしてこんな上層で難敵に出会うのか?』
「てか難敵しか見てませんが?」
『うん、そこなんだよね。まだ確証を得るほどではないにせよ、誰かしらの介入を疑うべきだろう』
ティア教授の疑念に応えたのはイリスだ。
「真っ先に疑うべきは、この無謀とも言える試験を課した者じゃないかな?」
『うーん、どうだろう? 学院長は良くも悪くも〝善人〟だ。もとより無理難題を吹っ掛けているのに、その上さらに無茶はしないと思う』
それに、とティア教授は真面目くさった顔で続ける。
『未だ〝人〟には未解明のこの遺跡で、魔物の出現を操作できるとは思えない。可能性があるとすれば――』
「魔人?」
俺の言葉にティア教授はうなずき、並走するイリスが驚いたように目を見開いた。
『イリス君は初耳だったね。先の王都騒乱には魔人が関与していたのさ。残党がワタシたちに目を付けてちょっかいを出してきた可能性は否めない』
実際にそうと決まったわけじゃないけど、探索を続けてれば黒幕が姿を現すかもしれないな。
「とりま走りながら話すのもなんだし、後ろのは片づけちゃおうか」
「キミたち二人は飛んでいるじゃないか……」
走るの面倒なもので。
「シャル、やっておしまいなさい」
「わかりました、兄上さま」
シャルがくるりと身をひるがえす。後方へ飛びながらステッキを振るった。
光弾がいくつも飛び出す。俺はそれらを結界で覆い、威力と速度を増す。
鎧騎士たちは次々と光弾に貫かれ、あっという間に全滅した。
「あの数のワンダリング・ナイトをいとも簡単に……」
『イリス君、そういうものだと思ったほうが気が楽だよ?』
もういろいろ面倒だ。ここは開き直って学院長には『魔物はいませんでした』とか報告しておこう。
「んじゃ、先を急ぎますかね」
俺の学院での引きこもりライフのため、とっとと目的のブツを手に入れようじゃないか。
ところで。
「うふふ、兄上さまとの共同作業……。わたくし高揚が止まりません!」
そういうの言わないでおいてくれると助かるなーと思う俺でした――。