まるで三者面談ですね
中央校舎のてっぺんに学院長室がある。俺はその扉の前に一人、立っていた。
見たことはあるが話したことは皆無。十メートル圏内に接近したこともない人と二人きりでお話ししなければならない苦行。めっちゃ帰りたい。
頼みの綱のティア教授は以下の言葉で同席を拒否しやがった。
『ワタシが一緒だと絶対に話がこじれるよ。学院長はワタシみたいなタイプがものすごく嫌いなんだ』
あの人、自分のことをよくわかってるのに改善しないよな。ある意味尊敬するよ。
仕方がないので俺は覚悟を決め、すーはーと深呼吸してからドアを叩いた。
「失礼します。ハルト・ゼンフィスです」
がちゃりとドアを開けると、
「遅かったな、ハルト」
筋骨隆々で強面ながらもおひげがセクシーなおじ様が仁王立ちしていた。我が養父ゴルド・ゼンフィス辺境伯にそっくりだ。
俺はパタンとドアを閉める。今のは何? 幻?
はっ!? もしかして父さんの生き別れの兄弟とか? でもなんでそんな人が学院長室に?
がちゃりとドアが開いた。
「何をやっているんだ、お前は」
父さんのそっくりさんは俺を知っているようだ。てかこのボケ、一人で長くやっても虚しいだけだな。
「なんで父さんがここに?」
「ともかく入れ。話はそれからだ」
俺は父さんに促されて部屋に足を踏み入れる。
「ようこそいらっしゃいました、ハルト君」
正面には執務机がこちら向きに置いてあり、そこで美人さんが微笑んでいた。
薄ピンクでゆるふわウェーブの長い髪。年齢は母さんほどらしいけど若々しい。ぴっちりしたスーツスタイルで大きな胸が苦しそうでもあった。
「あらためまして、私が王立グランフェルト特級魔法学院の学院長、テレジア・モンペリエです」
モンペリエ学院長は優雅に立ち上がると、俺と父さんを応接用ソファーへと誘う。
二人してソファーに座ると、学院長は自分でお茶を用意して俺たちの前に置いた。そして正面のソファーに腰かける。
「ほぼ初対面の学院長に一人呼ばれて心細かったでしょう? たまたま公務でゼンフィス卿が王都にいらしていると聞き、お招きしたのです」
え、何この人、めっちゃいい人やん。
「先日の王都での騒ぎに関して相談があると陛下に呼ばれてな。落ち着いたらお前の様子を見に来ようと思っていた矢先、学院長から招かれたのだ」
なんという俺得なタイミング。ヘタレな王様が父さんに泣きついたのか。てか妙なこと言ってないだろうな? あとで探りを入れとくか。
「それで学院長、ハルトに関する相談があるとのことだが、具体的にはどのような内容だろうか?」
学院長は穏やかな笑みで告げる。
「彼が選択した授業を担当する教師のみなさんから、要望がありまして」
「要望? ハルトはその、ヤル気がないように見えて授業は真面目に取り組むと思っているのだが……」
耳が痛い。
不安そうな父さんを安心させるような笑みで学院長は答える。
「いいえ、悪いお話ではありません。ただ彼の能力が授業の枠に収まらないため授業の出席を免除してはどうか、と。具体的には学院に籍を置いたまま魔法研究や魔法技能の修練に注力しやすい環境を整え、その才能を伸ばしましょうというお話です」
ほほう。そこまで引きこもりに適した待遇を考えてくれていたのか。すごい。嬉しい。やったー。
「それは……まあ、王国一の学院の教師たちがそれほどに評価してくれたのなら儂がどうこう言う問題ではない。しかし可能なのかな?」
父さんは困惑した様子ながら頬がちょっと緩んだ。
「ええ、もちろん可能です。私は伝え聞いただけですけれど、すくなくとも実技においては閃光姫の再来……いえそれ以上の可能性を感じました」
「うむ、そうだろう。儂も常々こやつの力には恐ろしさすら感じていた」
なんかくすぐったいな。というか前世で褒められ慣れてないのをいまだに引きずっている俺は居心地が悪い。
「学力はまだ判断が難しいところですが、特定分野に限っては専門の研究者の先を行く洞察を見せているようです。ハルト君の感性には驚かされますね」
「うむうむ。自室にこもりがちで心配していたが、独自に魔法研究を進めていたようでな。独学でこの学院のレベルに達したのは、いやそれをも超えたと評価されたのは驚愕に値する」
だからやめて。
本人を目の前にべた褒めの応酬とか俺にしてみれば羞恥プレイにしかなってないのよ。
でもまあ話の流れは悪くない。むしろ素晴らしくいい。
今後やり過ぎるとシヴァとの関係を疑われるだろうが、そこは注意すればいいしね。
なんだよ楽勝だったじゃないか、脅かしやがって。
まあ俺なんもやってないけどね。だからよかったのか。父さんがいてくれたから俺がボロを出す機会が消え去った模様。ありがとう父さん。
俺は勝利を確信してこっそりアニメでも視聴しようと準備していた。
ところが――。
「とはいえ、それはあくまで私個人の所感。客観的な判断材料とまでは言えません」
ん? 学院長さん今なんて?
「それに、ひとつ大きな疑問があります。当学院の最上位の授業に収まらない実力を誇りながら、どうして魔法レベルが2、なのでしょうか?」
ぞくりとした。ニコニコした笑みはそのままに、背後からどす黒いオーラが出ているように感じたのだ。実際は出てないけどイメージ的に。
「まさか、とは思うのですが、虚偽の申告をしたのではありませんよね?」
ティア教授の言葉が耳に流れる。
――あれほど真っ直ぐな人間をワタシは知らない。
つまり『不正は絶対許さないウーマン』。嘘やごまかしも見逃しませんわ!
でもこの手の疑いは当然であり、すでに解決済みでもある。
「なんなら今ここで測定してもいいです」
散々やったからなあ。とりあえず水晶を割らないように注意しとけばいいや。
さあこい! と腕まくりしかけたものの、学院長はしゅんとした。
「申し訳ありません。水晶での測定結果を偽ることなどできませんのに疑ったりして……気を悪くされましたか?」
「いえべつに……」
「ああ、それについては儂も信じられないのが正直なところだ。疑うのも無理はないし、水晶がそう示すからこそ不思議でならない」
などと言いはしたものの、俺も父さんも『属性はごまかしてるからなあ』と冷や汗をかいている。
よく考えたら父さんの前で属性が『土』と出たらあとで問い質されるよな。危なかった。
さて、のほほんとしているがやはり学院長は侮れない。
俺はこの三者面談じみた状況で絶対に勝利をもぎ取るべく、気を引き締めるのだった――。