学院長ってどんな人?
合法的に授業に出なくてよくなるかもしれない。
そんな期待を胸にぐっすり眠った俺は翌朝、ティア教授の研究棟にやってきた。
学校で引きこもり生活を送るうえで拠点となる部屋を、『ここ使ってもいいよ』と許可を得てもらっていたのだ。でも物置になっていたところなので掃除が必要。
面倒だがこればかりは仕方がない。もっともいらない物は謎時空にバンバン送ればすっきりきれいになるよね。
部屋は二階の角部屋。
ウキウキしながらやってきてみれば。
「おはようございます! 兄上さま」
腕まくりして髪を後ろでひとつに束ね、エプロンを着たお前はもしや、
「シャル、何やってんの?」
「今日からこのお部屋が兄上さまの拠点になると伺いました。ですのでお掃除をしにまいりました」
にっこり微笑む我が天使シャルロッテ。そういや昨夜、そこらへんの話をしたな。行動が早い。
そんな彼女の後ろに飛び出す赤い影。
「ふふふ、掃除と言えばメイド。メイドと言えばこのフレイ。お片付けはお任せあれ!」
どっぷりメイド業に浸りきった魔族さんは抱えていたでっかいガラクタを廊下にドスン。それどうすんのよ?
「あ、ハルト様。おはよう」
今度はリザが現れた。こちらも大きなガラクタを持っていて、廊下に積み上げる。だからそれ……まあ俺が処分しておくか。
ちなみにリザは角やらを隠しているが、フレイはケモ耳に尻尾はそのまんま。ここなら心配しなくていいか。
せっかく妹がお掃除してくれているのだから、俺も兄として手伝うかと思ったところで。
「ん~……? なんだい、朝から騒がしいねえ」
瞼をこしこし擦りながらやってきたのはパジャマ姿のティア教授だ。頭にサンタ帽みたいなナイトキャップを被っている。珍しくベッドで寝たのか。
「ティアリエッタ教授、おはようございます♪」
シャルが満面の笑みであいさつすると、ティア教授は怪訝そうに言う。
「ああ、ええっと……初めまして。どなたかな?」
そういやシャル本人とは初対面だったな。謎の天才研究者ヴァイス・オウルは白仮面で正体を隠していることになっているし。まあバレバレだったんだけど、ここは話を合わせてくれたらしい。
しかし、である。
シャルは「ん?」と小首をかしげる。しばらくしてからハッとした。
「初めましてでした! そう、あなたとわたくしは初対面。そうでしたそうでした。わたくし、兄上さまの妹のシャルロッテ・ゼンフィスです」
「……ご丁寧にどうも」
そう返しつつ、俺に寄ってきて小声で言う。
「あの子、大丈夫なのかい? いろいろ心配になるのだけど」
「大らかな目で見ていただければ。ついでに何かあったら尻拭いもお願いします」
「それはキミの役目だろう? ワタシはごめんだよ」
ひそひそ話にきょとんとするシャルちゃんを放っておけず、俺は手伝いを始めた。
「このガラクタは捨てちゃっていいですか?」
「ダメだよ。もはやなんの役にも立たないとわかってはいても、いつか何かの役に立つとワタシは信じているからね」
「いや使う予定ないんでしょ? 捨てましょうよ」
「もったいないじゃないか!」
「スペースのがもったいないわ」
断捨離できないダメ教授の反対を押し切り、俺はガラクタを謎時空へ放りこむ。
「収納魔法!? どうやるの!?」
余計うるさくなった。
すすっとリザが寄ってくる。
「あの、ハルト様? 彼女に古代魔法を見せていいの?」
そういえば、ティア教授に俺がシヴァだと告白したことはまだ話してなかったな。
「大丈夫だ。その辺りはうまく調整している」
「そうなんだ。ハルト様がそう言うなら安心だね」
俺を信じきった瞳が眩しい。べつに話してもいいんだけど、なんかタイミングがね。
ともあれ四人でやれば掃除は早い。あっという間に片付いて、床も壁も天井すらピカピカだ。寮の部屋よりちょっと広い。でも部屋ん中なんもねー。
謎時空からベッドとかタンスとかを取り出して配置する。大興奮のティア教授はフレイが羽交い絞めにしていた。
さて、拠点の準備はほぼほぼ整った。あとは俺の楽園とこの部屋を『どこまでもドア』でつなげるだけだな。
それはティア教授がいなくなってからやろう。楽園に押し掛けられるのは嫌だ。
まだお昼にはちょっと早いけど、みんなで広い部屋に移動してフレイが作ってきたお弁当を貪り食う。
「ところでベルカム教授はうまいことやってくれましたかね?」
彼女は他の教師たちを引き連れ、俺が授業に参加しなくていいように学院側に掛け合ってくれているはず。
噂をすればなんとやら。
廊下を大股で歩く音がした。
「ハルト・ゼンフィスはいるか」
ベルカム教授、いらっしゃい。
「いたな。む? 知らん顔が二人いるな。しかもそっちの赤髪は……魔族か?」
しまった。フレイの耳と尻尾がそのまんまだ。
「まあいい」
いいのかよ。
「ベルカム教授、お疲れさまでした。交渉はいかに?」
「うむ、首尾は上々だ。あとは貴様次第だな」
「ありがとうございます!」
これで遺跡探索とやらをこなせば学校に引きこもれるんだな。しめしめ。
「細かい説明は学院長がするそうだ。今から向かえ」
「えぇっ!?」
驚きの声は俺ではない。ティア教授だ。
「ちょっと待った。オラちゃん、本当に交渉は成功したのだろうね?」
「首尾は上々、と言ったが? 我ら教師陣の要望は伝えた。学院長はおおむね理解を示したよ。最終的な判断はハルト・ゼンフィス本人の話を聞いてからするそうだ」
授業を受けるか受けないかは俺なんだから、本人から話を聞くのは面倒だけど当然のように思う。ところが――。
「それ、おおむね交渉は失敗してないかな?」
ティア教授は妙なことを言った。
「……ハルト・ゼンフィスなら問題なかろう」
そしてベルカム教授はなぜ目を逸らす?
「学院長ってヤバい感じの人でしたっけ?」
入学式であいさつしたのを一度見ただけだが、のほほんとした姉ちゃん(実年齢はけっこう上らしい)だった気がする。半分寝てたからよく覚えてないけど。
「べつに性格がひねくれてるとかではないよ。むしろあれほど真っ直ぐな人間をワタシは知らない。いや一人比肩する子がこの場にいるのだけど、系統が真逆だね。だからこそ、キミとの相性は最悪だ」
真っ直ぐな子ってシャルかな? 系統が真逆ってなんだ?
「キミが注意すべきはただひとつ」
ずびしっと俺の鼻先に指を突きつけティア教授は言い放つ。
「真面目で勤勉な生徒を演じきることだ!」
あ、はい。それは無理です。
俺はなんとか言葉を飲みこんだ――。




