〝開く〟のではなく〝解く〟らしい
本日の戦績、一勝一敗。
連勝が必須のミッションにおいて実に不甲斐ない戦績ではあるが、それ以前の連敗続きを考えれば『俺ってけっこうやるじゃん』と思ってしまう不思議。
とりま戦績の報告と今後の指針を検討すべく、俺はブレインのティア教授の下へ向かった。いまだにあの人を頼って本当によかったのか判断がつかないが、仮にも教師なのだから学生では手を回せないルートにも精通している、はず。
林の中にぽつんと立つ古い屋敷にたどり着いた。相変わらず行きにくいし遠いし面倒くさいな。
ん? 建物のすぐ横に人の影。
ひょいと覗けば、銀髪のポニーテールがぶるんぶるん舞っていった。
「イリス、何やってんだ?」
「ハルトか。見てのとおり、魔法の訓練をしていた」
俺には敵を殴り倒す練習にしか見えなかったんだが……自己強化系の魔法のチェックとかそんな感じかな。
「ちょうどいい。時間があるなら相談に乗ってくれないか。…………いや、すまない。そんなに嫌だったとは思わなかったから」
あからさまに嫌な顔をしてしまった。ちょっと罪悪感をもった俺はイリスに近寄っていく。
「相談っつっても俺は魔法に詳しくないぞ?」
むしろ筆記成績でトップなイリスのほうがよく知っているはずだ。
「キミは魔法レベルが極端に低いのにボク以上に魔法が使えている。コツというものがあるなら、教えてほしい」
そんなものはない! と突き放すのは可哀そうなんだけど、俺の場合は結界魔法が特殊過ぎるだけだしなあ。
「とりあえず見てるからなんかやってよ」
見てどうなるわけでもないだろうけど、その間になんか適当な助言でも考えるか。
イリスは自己強化をしてシャドー空手みたいなのをやり出した。
流れるような動きだ。いっさいの無駄がない。とか言ってみたが実際にはさっぱりわからん。でもまあ、きれいだな、とは思う。
一方で俺なら余裕で対応できると確信した。
強くなりたいという彼女には酷な現実だろうな。
うーん、どうしよう?
ぼけーっと見てるだけじゃダメだな。
俺は眼球に『ミージャの水晶(改良版)』を貼り付けて観察する。でもこれ、魔法レベルや属性を知る以外の機能がないんだよな。
全属性を備える彼女はしかし、最大魔法レベル【35】に対して現在魔法レベルはたったの【5】。この学院に通えるレベルじゃない。
そして【5】からさっぱり上がらず、一般に言うところの『レベルが閉じている』状態だ。
なんでそんな現象が起きるんだろう?
ティア教授は『現代魔法は無理でも古代魔法なら再び〝開く〟ことができるかも』って言ってたような気がしなくもないけど、そもそもの原因がわからなければ無理だよなあ。
原因……原因かあ。
――ジジジ、と。
妙なノイズ音が聞こえた。頭の奥がずきりと痛む。なん、だ……? イリスの背中から、何かが薄ぼんやりと伸びているような…………。
「ハルト、どうだった? 何かアドバイスを――って、どうかしたのか? ひどい汗だ」
「えっ」
俺、汗なんてかいてたのか。額に手を当てると、なるほどたしかにベッタベタだ。
「すまない、体調が悪いのに無理をさせてしまったね。研究棟の中で休むといい」
ぺこりと頭を下げたイリスの背中からは、何も出てない。
「イリス、そこで立って目を閉じてくれないか」
「うん? えっと……大丈夫なのか?」
「ああ、心配ない。ちょっと確認したいことがある」
「い、いつになく真剣だね。わかった、こうかな?」
イリスは力を抜いて立ち、静かに目を閉じた。
「意識を内面に集中してくれ。しばらくはそのままで」
これは単なる時間稼ぎ。べつに意味はない。
俺は彼女の背後に回り、その背中をじいっと見た。じぃーーーっ。
ずきずきと脳が痛む。でもお構いなしで俺は見続けた。なんかワクワクしてきたので。
で、なんだアレ?
さっきは薄ぼんやりしていたものが、はっきりくっきり見えてきた。
管だ。
土管を細くしたような管が無数にイリスの背から生えている。その数はきっかり35。そしてうち5本だけがにょにょーんと伸びて地面につながっていた。
35に、5。
これもう間違いないよなあ。この管は魔法レベルを表わしていて、地面につながってる分が現在魔法レベルか。
でもって、なんとなくイリスの魔法レベルが上がらない理由もわかってしまった。
途中で途切れている30本のうち、一本が他より長い。でもそれは地面につながっている5本に蔓のように絡まっていた。
たぶん、まっすぐに伸ばせば地面に刺さるほど長く。
手で触れようとした。
すかーっとすり抜けて触れない。たぶんだけど、この時空にはないものだ。
「ハルト? これはいつまで続ければいいのかな?」
「もっとだ。もっと深く内面に集中しろ」
「う、うん」
手では触れられない。ならば、と俺は絡まっている管を結界で覆ってみた。
成功。でも頭が割れるように痛い。
ここまできて止められるかよ。
俺は慎重に、蔓みたいに絡まっている管を解いていき――びくん、とイリスの体が跳ねた。管の先端を地面にくっつけた瞬間のことだ。
そして途中まで伸びていた管のうち17本がぐんぐん伸び始め、地面に突き刺さった。
「ぐ、あああぁあぁあぁぁぁぁあああっ!!」
イリスちゃん大絶叫。
ヤバい、俺なんか変なことしちゃったかも!?
イリスを抱きとめるとめちゃくちゃ汗をかいていた。水をぶっかけたみたいだ。てかお前、下着つけてないのかよ。先っぽが透けて見えてるぞ? じゃなく!
「おい、大丈夫か?」
見るからに大丈夫じゃないけどそれしか言えなかった。
と、そこへ。
「うん、魔力暴走だね。限界を超えて魔法を使うとたまにあるのだけど、今はとてもそうは見えなかった。ハルト君、キミ何をやったんだい?」
唐突に現れた(というかさっきからずっと隠れて俺たちの様子を窺っていた)ティア教授がずびゅんと飛んできてイリスの具合を診る。
「冷静なんで質問で返しますけど、イリスは大丈夫なんですか?」
「症状は軽いね。イリス君、意識はあるだろう?」
「あ、ああ。いきなりで、驚いただけ、だ……。でも、これは……、まさか――」
俺とティア教授が首を傾げた直後、
「魔法レベルが、上がった……」
疑問形ではなく、イリスはそう断言した。
ふうん、魔法レベルって上がると実感できるもんなのか。俺は最初からレベルMAXだったから経験ないのよね。
でもまあ、当たってるよ。こいつの現在魔法レベルは23になった。地面に接続された管の数とも一致する。
イリスは目を見開き、信じられないといった様子で俺を見て、震える声で問いを放る。
「ハルトが、やったのか……?」
「いや、違うぞイリス。お前が自身に打ち克った結果だ」
それっぽいことを言ってごまかす俺。だけど――。
「それでもキミが……ハルトが助言してくれたから……」
ダバダバと涙が流れ落ちる。でもって、
「ありがとう! ハルト、本当にありがとう!」
唐突に抱きつかれましたが? ぎゅぎゅっと力強いなお前。
泣きじゃくるイリスを引きはがすことができない俺の背がぽんと叩かれる。
目線を横に。ちょっと下にも。そこでは、
『詳しく聞かせてもらおうじゃないか』
にやにや顔のちびっ子が、きゅぴんとメガネの奥を光らせ瞳でそう告げた――。




