毎回こうだといいのにね
魔法射撃の授業はお爺ちゃん先生が放心状態から戻ってこなくなって打ち切りとなった。
実際には一度戻ってきたのだが、的の後ろの盛り土もすべて粉砕したのを反省した俺が一瞬で元に戻した(結界で土を包んで移動させただけ)ら、また精神世界へ旅立ってしまったのだ。
毎回担当教師を気絶させれば授業をサボれるかなとの邪な考えを振り払い、俺は次なる実技の授業へ赴いた。
魔法体術(達人級)だ。
この授業こそ俺は絶対にサボりたかった。なにせ対人組み手が主体の授業。知らない人とこぶしを交えるとか恐ろしすぎる。俺はこぶしでも言葉でも語り合えない男なのだ。
が、妙案はさっぱり浮かんでいなかった。
この授業は徒手空拳、魔法による身体強化とそれに伴う体の動かし方を極めるのを目的としている。つまり魔法銃が使えない。さっきの授業で失敗してるけど名誉挽回もさせてもらえなかった。
最初の授業でライアスを組み伏せてしまっている以上、へっぽこ演技は今さら無意味。
ではどうするか?
俺は心を空にして『流れに身を任せる』ことにした。要は現実逃避である。
毎度のごとくライアスに指名を受けて対峙する俺たち。しかし奴の攻撃はことごとく空を切る。俺はただひたすらのらりくらりと避けていた。
「ゼンフィス君はいつも避けてばかりだね。たまには反撃したらどうだい?」
ぴっちぴちのタンクトップ教師が教育的指導を俺に言い放つ。
「人を殴るのとかは苦手でして……」
嘘は言っていない。正義のヒーローをやっているときは首とか平気で飛ばしてるけど、本来の俺は妄想の中でしか人を殴れない優しい男なのだ。
「相手を組み伏せたりは許容範囲なのだろう? なあに、その延長と思ってガツンと一発かましてやれ。こういうのは慣れだよ、慣れ」
タンクトップ教師はにかっと白い歯を光らせてむきっと力こぶを作る。
だからそういうのが苦手なんだよなあ。
「精神的なものかもしれないな。ならば他の生徒たちの真剣勝負を観察するといい」
先生はまたも白い歯を光らせる。
俺はみんなが汗水たらして戦っている中、一人ぽつんと体育座りをして見学する。
合法的にサボれているのだが、違う。俺は引きこもりたいのであって、運動が苦手な児童みたいな扱いを受けたいわけじゃない。哀しみ。
暇なので言われたとおりみんなの戦いを眺める。
前にグールさんたちとライアスたちが戦っているのを見ていて『学生レベルってこんなもんか』と感じたものだが、やっぱりそんなもんだった。
体術に限れば、俺は〝眼で追える〟時点でどうとでも対処できる、と思う。
確信が持てないのは経験不足からだ。
父さんとの稽古は参考にならない。どのくらい手を抜いてくれたか、いまいちわかんないのよね。
俺って正義のヒーローやってるときでも体術なんてほぼほぼ使わんからな。結界魔法でどうとでもなるし、危ないことしたくないし。実戦での経験は皆無に近い。
ん? ちょっと待てよ? そうだよな、俺ってシヴァモードでは大立ち回りをやらかさないスタイルを偶然にも貫いている。
てことは、だ。
シヴァの体術レベルは他人には未知数。むしろ体術が不得手と思われているかもしれない。
俺が実技系授業で実力を最大限発揮してはならないのは、シヴァとの関連を疑われないためだ。なら俺が体術で高評価を叩きだしてもシヴァと同一人物とは疑われないんじゃ?
よし、それでいこう!
俺はヤル気に満ち溢れて立ち上がる。
「先生、俺やってみます」
「うむ、いい目をしている。戦士の目だ。みなの熱気と私の筋肉に触発されたようだね」
くねくねと謎ポーズをするタンクトップ教師。だからそれやめよ?
「では誰を相手にしてもらうかだが……」
先生が物色し始めた。まあライアスを犠牲にすればいいんじゃね? と考える俺のところに、
「ぐあっ!」
誰かが飛んできた。お前が生贄か、と受け止めてよくよく見れば銀色の髪のポニーちゃん。イリスことイリスフィリアじゃないか。
その対戦相手は――。
「ふん、平民風情がよくもやるものだ。しかし小手先の技術で私の相手が務まると自惚れないことだ」
こちらも銀髪。そしてイケメン。しかしてその実体は『1』の人ことアレクセイ・なんとかさん四年生だ。
俺にはわりと紳士的だったのに、イリスには容赦ないな。貴族主義とかだったっけ、そういえば。
「すまないハルト、もう大丈夫だ」
イリスは寄りかかっていた俺から離れるも、両腕をだらりと下げていた。正拳突きを両腕でガードしたけど痺れて動かせないみたいだ。
「無理すんなよ。ちょうど俺も相手が欲しかったんだ。あの人にしよう」
アレクセイさんが表情を険しくする。
そしてなぜだか周囲が謎の盛り上がりをみせた。
「おおっ! 敵討ちシチュまた来たコレ」
「またも男を見せるとき!」
「やっちまえー!」
「ハルト君がんばってー」
「アレクセイ先輩との対決は金が取れるレベル」
またって何さ? ああ、初日の授業でも似たようなことあったな。そういうんじゃないんだけど……。
前の授業ではアレクセイさんも放心状態から抜けなかったのでそのまま俺はずらかった。なのでこの人との勝負はうやむやになっている。
「いいだろう。君の実力のほどを確かめるよい機会だ。手加減はしないよ?」
「よろしくお願いしまー」
この時点で俺は舐めくさっていた。
だってこの人の動きって他の生徒とたいして変わらなかったのよね。さっきの授業では同時に複数の攻撃魔法を発動しかけていたところから考えて、おそらく中長距離魔法を得意とする典型的な魔法使いとみた。
俺の推測は正しいんだ。
ん? アレクセイさんは自己強化がまだ残っているのに追加で魔法を自分にかけた。すげえ重ね掛けだぞ? ライアスより多い。
「いくぞ!」
あ、めっちゃ速い。オリンピック選手どころの騒ぎじゃない。七つのボールを集めるアニメで戦闘種族がシュパシュパパパッてやるような目にもとまらぬ猛攻撃が俺を襲う。
両の手首をつかんで蹴りを脚で受け止めた。パッと放した直後に肩と胸と腹と最後に顔面を殴る。
「ぶげごあっ!?」
アレクセイさん、吹っ飛ぶ。
俺は地を蹴った。彼を追い抜いたところで背中に回し蹴り。逆方向に吹っ飛んだ彼をさらに追いかけて踵落としを食らわせた。
地面に突っ伏すアレクセイさん。ぴくぴくしていた。
「す、すげえ……」
「お前、ゼンフィスの動きが見えたか?」
「何やったのかまったくわかんねえ」
「去年の体術チャンピオンが……」
えっ、そうなの? ああ、でもたしかにちょっとびっくりしたな。ライアスよりは強そう。
「すばらしい! 君の筋肉はパーフェクトだ!」
先生が拍手しながら大興奮で寄ってきた。
俺はここぞとばかりに告げる。
「俺が先生から学ぶことは何もありません」
「それ自分で言っちゃう!?」
がびーんってなるタンクトップ教師。
「だが正直なところ、私とも互角以上に戦えるグーベルク君を一方的に伸してしまったからなあ……。この授業を受け続ける意味はないね」
「えっ」
「えっ?」
俺が引き出したくてあれこれ考えていた言葉があっさり出てきたような?
「今の時点で履修単位をあげてもよいのだが、前例がないので私の独断では難しいかな。ちょっと学院側と相談してみるよ」
おおっ! 俺の作戦が珍しく当たったぞ! ありがとうアレクセイ先輩。
「お願いします!」
毎回こうだと楽なんだけどなあ。いや、次からも絶対に成功させるぞ。ヤル気に満ち溢れる俺でした――。




