サボるためなら全力を出す
早期退学計画は暗礁に乗り上げた。実のところ最初からだったらしいがそれはそれ。
俺がティア教授に助言を求めて次に打って出た策は、ずばり『学校で引きこもろう計画』だ。
ものすごい矛盾を感じるが深く考えてはいけない。
講義も実技科目も授業に出る必要なしと判断されれば、学内で独自に研究に励むとかの名目で大手を振って引きこもれる、はず。
しかし事はそう簡単な話ではない。
むしろ退学より難しいのではと俺は危惧していた。
「どこが難しいの? ハルト様なら教師たちを黙らせるのは簡単だと思う」
リザが床にぺたんと腰を下ろして小首をかしげる。
寮の自室に集まってもらったのはハルトCとリザ。シャルやフレイは話がややこしくなりそうなので呼んでいなかった。
「まず、講義はかなり知識が偏ってるからな」
シャルの英才教育にしばらく引っ付いていた影響でそこそこの知識が俺にはあるようだが、それも限定的だ。今後難しい内容に直面すればきっとボロが出る。
実技はさらに怪しい。
俺は【土】属性系統の魔法しか使えないことになっているから制限がきつく、細心の注意が必要だ。
「ハルト様の実力を知らしめれば、学院に通うことすら必要ないとみなが思うはず。最速での卒業を目指すべき。そっちのが楽」
なんて魅力的な提案なんだ……。いやでもさすがにそれは無理くね? それに、だ。
「あんまり目立つのもよくない」
結界魔法ではったりをかますのは得意だし土魔法の範囲内でもなんとかなるけど、そうすると『ハルト=シヴァ』を疑う者が出てくるだろう。
実際ティア教授はそれに近い疑念を抱いてたっぽいし。
ハルトCの存在があるから疑われても乗り越えられるが、ハチャメチャな魔法が使えると知られればその限りではなかった。
「つまり『ほどよく実力を披露しつつシヴァレベルには及ばないと周囲に認知させるいい塩梅を探る』ってことか」
ハルトCがにやりと笑う。
「無理やろ」
「せやな」
俺に微細な加減ができるわけねーだろ常考。
「とりま実技のほうは横に置くとして、講義系の授業をどうするかだな」とハルトC。
「本当は置いちゃマズいがそれはそれ。国内の最高学府で最難関の授業ばかりを選択してしまっているからな。全教科で満点近くを奪取するのは難しい。なのでそっちを先に考えよう」
うーんと腕を組んで考える俺とハルトC。ぴこんと何かがひらめいた。二人は同時に手を叩く。
「気づいたかハルトC」
「ああ、考えるまでもなかったな」
「うむ、そもそも講義には出る必要がない」
がしっと二人で握手を交わす。
「あの、いきなりサボるのは問題があるんじゃ……?」
リザが困惑するのも無理からぬこと。
王の推薦をもらった俺が授業をサボりまくるのは父さんの名誉にかかわるだろう。
「しかし結果を残せばいいのだよ、結果を残せばなあ」
俺は悪者っぽい笑みを作る。
講義の授業は試験で評価する。そこで満点とかを叩き出せば授業に出ていなくても文句は言われない。その秘策を思いついたのだ。
あとはティア教授の政治力……は期待できないので、ポルコス氏やベルカム教授を活用して他の教師たちを黙らせるのだ。
「なるほど」
リザは『ハルト様ならきっと大丈夫だね』と安心したような顔をしているが君も無関係ではないのだよ?
「さっきも言ったが俺は知識が偏っている。なので実力で全科目満点近くはさすがに無理がある。というか面倒くさい。そこで――」
俺とハルトCはずずいっとリザに近寄った。
「え、あの、えっ……?」
「お前とティア教授の協力が不可欠だ」
「わたし……? 何をすればいいの?」
俺たちは声を合わせて言い放つ。
「「カンニングだ!」」
試験問題をどこかで待機している彼女らに送り、問題を解いてもらう。その結果を通信系の結界魔法を介して俺に知らせる寸法よ。
二人の知識を合わせれば恐くない!
「ぇぇ……」
生真面目なリザは明らかに動揺している。
そんな彼女を勇気づけるべく――。
――俺はリザを連れてティア教授の下を訪れた。
「いいよ。協力しよう」
まさかの二つ返事である。乗り気にはなってくれると思っていたけどこいつ本当に教師かよ。
「ワタシにリスクは当然あるけど、得られる利益の前では霞むほどだからね」
「利益とは?」
最近この人には頼み事ばかりだし、妙なお願い事をされやしないかと身構える俺。
「キミは授業をサボってどこに引きこもるつもりなのかな?」
「寮の自室です」
そこをハルトCに守らせて俺は辺境の我が家でのんびりするつもりだ。
「仮にも授業をサボるんだ、ただ『授業のレベルが自分には低い』との理由だけでは弱い。他にやることがあるから、と説得の言葉に付けるのが真っ当な戦術だよ」
「他に……って、ああ、魔法の研究とかですね」
「そう! となればほら、寮の自室だと説得力に欠けるだろう?」
「いえべつに」
「欠けるのだよ!」
そうきつく言われましても。
むしろハルトCを寮に置いとかないと俺は安心して自宅に引きこもっていられないのだが?
「ほら、よく考えてごらんよ。ここに最適な場所があるじゃないか。古代魔法に関する資料がたくさんあって、設備も充実、しかも研究の第一人者がいる場所がさ」
ふむ、要するにあれか。この人って、
「俺に構ってほしいんですか?」
「そーゆーことじゃない! そーゆーことだけど!」
どういうことよ?
「ワタシにとってキミは貴重な研究材料だ。べつに構ってくれとは言わないけど、一緒に古代魔法を研究してよ!」
ああ、そういうことね。
でも研究材料って。言い方。
「解剖とかはしないよ? させてくれるなら嬉しいけど」
そういうとこだぞ、俺以上に友だちがいないの。
「そんなわけで部屋をひとつ空けよう。この研究棟を我が家のように思ってくつろいでくれたまえよ」
「いやでもですね……」
俺は雑然とした部屋をぐるりと見回す。本当に雑然としている。それ以外の表現をしたくないくらい。
しかし部屋をあてがってくれるなら問題ないか。
そこを俺好みに魔改造してしまえばハルトCの不満も抑えられ、俺は辺境の拠点とも行き来できる。
ちょんちょんと俺の背中がつつかれた。
じっと見つめるリザの顔に、内緒話かなと耳を寄せる。
「彼女の側で生活するのは危険。いろいろ知られる恐れがある」
実は俺のほうからいろいろ知らせちゃったのよね。俺がシヴァだと告白してるし。でもそれをリザたちには言ってなかった。
まだ円卓会議だかがティア教授を正式に仲間と認めていないらしいので、俺から話したとは言いづらいのだ。
時期を探ろう、と問題を先送りにする俺。
「ティア教授が真に信頼できる人間か、見極めるにはいい機会だ」
それっぽいことを言うと、
「ちゃんと考えていたんだね。さすがはハルト様」
屈託のない笑みで応じられて罪悪感ががが。
ともあれ。
筆記試験は突破できる目処は立った。これで授業の半分以上は合法的にサボれる見込みだ。
問題は横に置きっぱなしの実技系授業。
さて、どうやって合法的にサボれるようにしようか?
俺は胸の内をメラメラ燃やして思案するのだった――。
「ハルト君って全力の出しどころを間違ってるよね」
(そういうツッコミいら)ないです――。




