一方的な旧知の再会
――西地区にある共同墓地。革命開始と同時刻。
「始まったか」
墓標が立ち並ぶ中、大きな円形魔法陣が浮かび上がった。
墓参りに来た者や清掃業者は驚きつつも冷静に推移を見守っている。逃げ惑う様子は皆無だ。
「平和ボケした連中め。少し驚かせてやるか」
フレイは墓標に身を隠し、メイド服を脱ぎ去った。一瞬迷ったものの下着はそのままにして通路に出る。
魔力を高めた。彼女の身を炎が包む。炎の渦が大きくなり、やがて弾けた。
巨大な赤毛の狼が姿を現す。
『人間ども、死にたくなくばそこから離れろ!』
吠え叫ぶと、魔法陣の近くにいた者たちが我先にと逃げ出した。
準備は完了。
あとは魔法陣を破壊するのみ。
黒い異形が次から次へと現れるのを眺めつつ、フレイは口を大きく開いた。異形をひと飲みできるほどの大口に、炎の玉が生まれる。
『まとめて消し飛ばしてやる。〝インフェルノ〟!』
炎の砲弾が撃ち放たれた。
狙いは違わず円形魔法陣のど真ん中。爆音が轟き、業火が異形ともども地面を焼き尽くす。爆風で墓標が吹き飛んだ。
(呆気ないな)
大きく抉れた地面はいまだぷすぷすと焦げている。異形も魔法陣も、跡形もなく消え去っていた。
(どれ、苦戦しているところでもあれば手伝ってやるか)
通信魔法で他の様子を探ろうとしたとき、逆にどこかから通信が入った。
『あ、あれ? これでいいのでしょうか?』
『姉貴早くしろよ!』
『わ、わかっています。でもこれでいいはずなのですけど……』
声はすれども眼前に現れた画面には何も表示されていなかった。
『おい』
『ぴゃ!? は、はい。こちらマリアンヌです。聞こえていますか?』
『ああ、聞こえている。映像は……まあいい。貴様らはシャルロッテが言っていた学生の協力者だな。何かあったのか?』
回答は予想していたものでもあり、予想外の事態でもあった。
『魔法術式の破壊に失敗しました。突然何者かの襲撃に遭い、応戦で破城杭の維持ができなくなってしまって……申し訳ありません』
『それで?』
『魔法陣から黒い人型の魔物――エルダー・グールが複数現れました。今も増えています。襲撃者はいなくなりましたが、私たちは魔物への対応で手一杯で魔法術式を破壊できません』
『わかった。すぐに向かう。噛まれないよう注意して応戦しろ』
『承知しました。ですが急いでください。数が多くて、彼らが学内に移動すれば学生に被害が……』
『ならば必死で生き残れ。連中は目の前のエサに飛びつく習性がある。貴様らが生き残っていれば移動はすまい』
『わかり、ました』
悲愴な決意が伝わってきた。
フレイはメイド服をくわえると体毛の中に押しこむ。
(急がねばな)
この姿で王都を走れば騒ぎになる。しかし人型に変化しての移動よりは格段に速い。
フレイは大地を蹴った――。
――学院内の林の中。
「ハルトおいコラ! なんとかしやがれ!」
ライアスは火球を異形の顔面にぶち当てて叫んだ。
「いやあ、なんとかと言われてもなあ」
いかんせん数が多い。しかも消えた端から輝く魔法陣を這い出てくるのでまったく減らない。むしろ増えていた。
「ハルト君って飛べるのかな?」
「いきなりなんです? 魔法レベル2の俺が飛べるわけないじゃないですか」
ハルトCを覆っている結界は防御のみならず、外骨格型パワードスーツの機能と飛翔機能を備えている。ので、本当は飛べる。
「みんな抱えて飛んでくれない?」
「いやだから飛べませんて。飛べたとしても無茶ですよ」
自身を除けば計五人。それを抱えて飛べと?
「おおー。やればできるじゃないか」
飛べました。
ティアリエッタを背負い、男連中は脚に、イリスフィリアとマリアンヌはハルトCの腕にそれぞれしがみついていた。
「うんうん、きっとキミなら飛べると信じていたよ」
ティアリエッタは無理と主張するハルトCの言葉には耳を貸さず、みんなを集めてしまったのだ。おっかないグールたちが殺到するので仕方なく飛び上がった次第。
左腕のイリスが尋ねる。
「でもこれはいいのだろうか? エルダー・グールがここから離れたら被害が出てしまう」
答えたのはティアリエッタ。
「大丈夫だよ。連中は目の前の獲物に夢中だからね。でもあまり高く飛んでは諦めてしまう。ギリギリのラインを維持してほしい」
真下にはエルダー・グールがわらわら集まっていた。飛び上がって噛みつこうと歯をガチガチさせている。
「は、博士! も、もうすこし上に!」
「奴らにも個体差があるんだよ。ほらこいつ! 跳躍力がすごい! 噛みつかれる!?」
ポルコスとライアスは気が気ではなかった。
「もうすこしの辛抱ですよ。救援が向かっていますから」
マリアンヌが励ますも、事態は悪い方向へ突き進んでいた。
「まさか飛翔魔法まで使えるとはな。しかしそれでは何もできまい。大人しくルセイヤンネルを渡すなら見逃してやるぞ?」
さっき魔法銃で吹っ飛ばしたはずの敵隊長が、林を越えて現れたのだ。彼も空を飛んでいる。他の仲間はエルダー・グールの視認範囲から外れているが、おそらく林の中で展開して取り囲んでいるのだろう。
両手のふさがっているハルトCは背に声をかけた。
「ティア教授。ホルスターから魔法銃を抜いて適当に撃ってください」
「これかな? 指を引っかけて押しこめばいいのか。でもワタシに扱えるのかな?」
「大丈夫ですよ。本当は俺にしか無理なんですけど、今は誰でも使えるようになったはずです」
妙な言い方をするな、と思いつつも何も言わず、ティアリエッタは引き金を引いた。
いちおう狙いは定めてみたが、空飛ぶ男から大きく外れた。
「ふん、どこを狙って――ぎゃぶっ!?」
が、彼の横を通り過ぎた直後にぐりんと方向転換。男の後頭部に直撃する。落ちそうになった男はなんとか体勢を整えた。
「お、おのれ!」
「やっぱ効いてないなあ。ティア教授、どんどんやっちゃって」
男は自己強化で防御力を高めている。何度やってもさほどダメージは与えられないだろうにと訝りながらも、ティアリエッタは続けて二回、引き金を引いた。
魔弾は軌道を変えて男に命中する。そのたびに弾き飛ばされるも、やはり大きな効果はないようだ。
「ふん、そんな攻撃が通用するものか!」
男はハルトCのすぐ側まで落ちてきて、ぎろりと睨んだ。そこへ――。
ガブリ。
「なぁ――!?」
下からエルダー・グールに噛みつかれた。
「まさか、初めからこれを狙ってぇ! ぅ、ごあぁあぁぁあっ!」
引きずり降ろされた男は何体ものグールに噛みつかれ、そして――。
「ぅ、ぁぁぁ……」
見るも無残にグール化した。
肌は灰色に変わり、体のあちこちから血を流しつつも徘徊する。マントも服もびりびりに破れていた。
「やるじゃないかハルト君」
「やったのはティア教授ですよ。にしても、噛まれるとああなるのか。絶対にごめんだな」
ライアスが堪らずつぶやく。
「あんなのが、王都を大量にうろついたら……」
一体の戦闘力は低くても元人間の姿を保っていたら攻撃は躊躇われる。エルダー・グールを処理しながらとなれば、兵士でも不意をつかれてやられるだろう。
「いったいどうすりゃいいんだよ……」
さらなるつぶやきの直後だった。
――退け!
全員の頭の中で声が響いた。
ハルトCは高度を上げる。エルダー・グールたちが諦めて散らばろうとしたその間際。
巨大な影が林の木々を薙ぎ倒して突進してきた。
「ぁ、ぁぁ……キミは、まさか……」
イリスフィリアが震えた声を出す。言葉を継いだのはティアリエッタだ。
「フレイム・フェンリルか! すごい、初めて見た!」
『気安いぞ、人間。我が力に慄くがいい』
フレイは地面を蹴って飛び上がる。大口を開けるや、
『インフェルノ!』
火球を魔法陣へ撃ち放った。巨大な爆発が巻き起こる。中心部にいたエルダー・グールは肉片と化し、他の多くも吹き飛ばされた。魔法陣は光を失い、地面には大きな穴が穿たれている。
『む、取りこぼしがあったか。暴れ足りぬからちょうどよいが、この姿では死角を狙われてしまうな』
フレイの体が光に包まれる。巨大な体が小さくなり、女性の姿に成り変わった。
「なんで裸!?」
ライアスは顔を真っ赤にして目を逸らす。
フレイは手にしたメイド服を空中で器用に着ると、すたっと見事に着地を決めた。巨大な狼の姿に変じた影響か、ハルトの結界で隠していた耳と尻尾が露わになっている。
「股がすーすーする」
不機嫌そうな彼女に、エルダー・グールたちがじりじりと寄ってきた。
彼女は意にも介さず上空を見上げ、
「残りは私が処理しよう。貴様らはそこで眺めていろ」
爪を鉤状に伸ばした。
ハルトCの片腕が軽くなる。イリスフィリアが離れ、地面に降り立ったのだ。
「おい、そこの白い髪。眺めていろと言ったのが聞こえなかったのか?」
「そうもいかない。今のボクではキミと肩を並べるのはむりだけど、背中くらいは守らせてほしい」
「必要ない。が、今さら戻るのも無理だろう。邪魔だけはするなよ、小娘」
フレイは言いつつも、妙な感覚を覚えていた。
(魔力の質が人とは違うな。リザが言っていた『イリス』とかいうハルト様の友人か。この喉に何か引っかかる感じはなんだ? うぅ……尻尾がむずむずする!)
襲いかかってきたエルダー・グールの頭を斬り裂く。しかし不可解な苛立ちは晴れなかった。
「……いちおう戦場でともに戦うのだ、名乗っておこう。私は『フレイ』だ。しかし気安く呼ぶのは許さん。これは我が主からいただいた名誉ある名で――」
「フレイ……そうか、よい名だね。うん、キミにぴったりだ」
「おいコラ、気安く呼ぶなと――ええい邪魔だ!」
またも襲いかかってくる異形たちを、次々に爪で斬り裂いていく。
「えっと、その……ボクの名前は――」
「知っている。口よりもまず手を動かせ、イリス!」
「う、うん!」
「なぜそこで嬉しそうに笑う? 気持ちの悪い奴め」
妙な会話をしながらの一方的な虐殺をハルトCは上空で眺めながら、
(俺は行かんでもいいよね?)
思いつつも、ティアリエッタから魔法銃を受け取る。
(よし、弾は補充されてるな。あいつもちゃんと見てるってことか)
ならばと魔法銃を構え、林の中へ魔弾をいくつも撃ち放った――。




