円卓の騎士、出撃です!
「しかし冷静に考えて、ここは学院なのだから教師に頼るべきでは?」
言葉のとおり冷静になったイリスフィリアが言う。
「これほど巧妙に隠蔽された魔法術式です。『どんなものか』を説明し、納得してもらうには時間がかかるでしょう。『解析るんです』は明るみにできませんし、時間がありません」
「時間がない?」
イリスフィリアは虚空に浮かぶ文字列を注視する。
「時限式ではないようだけれど……ん? 今日の夜には自然消滅してしまうのか」
「はい。そう最適化されています。それはすなわち『今夜までに起動する』意図の表れでしょう。起動条件は不明ですけど、今この瞬間、起動してもおかしくありません」
術者が遠隔で起動させるとあるのだが、術者が誰でどのような手法、タイミングかは読み取れなかった。
「起動させないためには術式を破壊するのが最良だ。それとて一筋縄ではいかないだろうけれど、成功したとしても連動して他の魔法術式が一斉に起動してしまう。やっかいだな」
イリスフィリアとリザが難しい顔をする中、
「なら四つ同時に破壊しましょう」
シャルロッテはあっけらかんと言い放つ。
しかしイリスフィリアは少女の瞳に揺るぎない信念を見た。
(知っている。アレは無根拠な妄言とも、無垢なる期待とも異なる性質からくる自信だ)
手札から導き出されるあらゆる手法を考慮し、いくつもの最良手が用意できた者のみが到達する境地。
かつて自身を滅ぼした最優の戦乙女――閃光姫と同じだった。
(いや、魔王と対峙した彼女よりも自信にあふれている。なんなんだ、この子は……)
理由は明らか。
シヴァという絶対的な存在を、彼女は信じて疑っていない。水が高所から低所へ流れる不変の摂理を信じるがごとく。むしろ摂理に反しても成し遂げるとの信頼の為せる業か。
(きっとこの少女は、彼を深く知る人物だ)
その正体にすら迫っているのかもしれない。
(知りたい、ボクも)
だが自分にはまだ資格がない。そう痛感させられるほどの潜在能力をシャルロッテは持っていた。
「ん~……でも手が足りませんね」
リザとフレイは力任せでどうにかなる。シャルロッテにも秘策があった。
しかし四ヵ所に対して三人だ。シヴァには頼れない。
「リザ、ここの魔法術式を起動できない状態にしたうえで、遠隔操作で破壊することはできますか?」
「できる……と思う。けど、地脈がすでに使われているから、維持するにはわたしがここから離れられなくなる」
「維持を誰かに頼めばできますか?」
「どうかな? 魔法レベルが高くないと無理かも」
「ティア教授にお願いしましょう」
「彼女はダメ。あの人、起動したところを見たがると思う」
「そ、そうなのですか?」
「絶対」
うーんと悩む二人に、イリスフィリアが声をかけた。
「ボクに当てがある。まだ学内にはいるはずだ。誘ってもいいかな?」
シャルロッテは一瞬きょとんとしたものの、にっこり微笑んで言った。
「もちろんです。兄上さまのご友人が推薦されるのですから」
つられてイリスフィリアの頬も緩む。
「ではこちらは頼むよ」
自己強化した彼女は疾風のごとく林の中へ消えていった。
「フレイに状況を説明しておきましょう。彼女には墓地の魔法術式を破壊する準備をしてもらいます」
「わたしはここの破壊準備をしたら、ここから一番近い王宮前に行けばいいかな?」
「そうですね。ではわたくしは南の大聖堂に」
「わかった。じゃあ、始める」
リザは静かに呪文を唱え、冷気をその身にまとうのだった――。
イリスフィリアは二人の生徒を連れて戻ってきた。
うち一人の男子生徒が林の中の光景を見て叫ぶ。
「なんだこりゃあ!?」
愕然としたのはライアスだ。その横にはマリアンヌがいて、同じく驚きに目を見開いていた。
三メートルほどの氷の〝杭〟が、いくつも地面に突き刺さる直前で停止していた。
魔法術式の起動を抑えつつ、地面に打ちこめば術式を破壊するリザの魔法だ。
「マリアンヌ王女! マリアンヌ王女ですね。お久しぶりです!」
シャルロッテは戸惑う王女の手を取ってぴょんぴょん跳ねる。
「もしかして……シャルロッテちゃんですか? まあ! 大きくなりましたね」
「はん、ちんちくりんがそのままでっかくなっただけだな。てかコレ、お前がやったのかよ?」
ぎろりと上から威圧するライアスに、シャルロッテは目をくりくりさせた。
「どなたですか?」
「ライアスだよ! 姉貴と一緒なんだから気づけよ」
「……成長促進? そんな魔法があったとは驚きです」
「ねえよ! ふつうに育ったんだよ!」
「そんなことよりライアス王子」
「くっ……、やっぱこいつまったく変わってねえ……」
ぐぬぬするライアスを気にした様子もなくシャルロッテが言う。
「こちらの魔法の制御権をあなたに委譲します。よろしいですか?」
「あ、ああ。イリスから話は聞いてるけどよ……」
正直実感が伴わない。貴族派が台頭して国内はぐちゃぐちゃのドロドロではあるが、王都を混乱……いや騒乱を招くような企てが進んでいるなんて。
(けどまあ、シヴァって野郎が絡んでるんだよな……)
救国の英雄にして王妃たる母ギーゼロッテが警戒する男だ。子どもの妄想と切り捨てるには躊躇われた。
(それに、あの魔法って『氷結の破城杭』だよな?)
魔法レベル30以上が使えるランクB相当の魔法だ。それをあの数作り上げるには、術者はレベル40オーバーだろう。お遊びと一笑できるものではなかった。
「いいぜ。やってくれ」
ライアスが自身の魔力を高めると、体に冷気が絡みついた。瞬間――。
「ぬおっ!?」
魔力が練り上げた端から吸われていく。
「ちょ、こんなん無理だっつーの!」
弱音を吐くライアスに一喝が飛ぶ。
「気を強く持ちなさい、ライアス!」
とたん、魔力の吸引が弱まった。
「私も手伝います。二人がかりでなら、なんとか……」
言いつつも、マリアンヌも眉間にしわを寄せて余裕がなかった。
彼女が伸ばす左手の甲、王紋が光を帯びる。
ライアスの背もシャツ越しに光り輝いた。
(か、カッコいいです。わたくしも欲しい!)
シャルロッテは王紋に目を奪われるも、今はそれどころではないとぶんぶん首を振る。
「リザ、どうですか?」
「ん。制御が安定した。杭を打ちこむのはわたしが遠隔でやるから、維持だけに集中して」
「早いとこ頼むぜ。夜まではもたねえぞ」
こくりとうなずいたシャルロッテは四次元ポーチに手をつっこんだ。引っ張り出したのはピンクでふりふりの衣装だ。
「……おい、何やってんだよ?」
「わたくしも戦闘モードに移行します。よい……っしょと」
「でぇ!?」
いきなり服を脱ぎ始めたので、ライアスは慌てて目を逸らす。
「というか、そのポーチの容量以上の物が出てきているのだけど……?」とイリスフィリア。
「細々した説明は後ほど。リザ、ちょっと手伝ってもらえますか?」
シャルロッテはリザの手を借りえっちらおっちらと着替えを完了。
「正義の魔法少女イモータル☆シャルちゃん、死の運命をぶちのめします♪」
マジカルステッキっぽいものを持ってポーズを決めた。
「急げっつってんだろ!」
「わたくし、これを着なければ空を飛べませんから」
衣装にはハルトが様々な機能の結界を仕込んでいるのだ。
「といいますか、言外にそこはかとなく殺伐とした雰囲気があったのですが……?」
マリアンヌの疑念に「気のせいです」としれっと返したシャルロッテ。
「みなさんにはこれを」
腕時計型の通信魔法具をイリスフィリアに渡し、ライアスとマリアンヌには嵌めて回った。
リザともどもふわりと身を浮かせると、
「では、わたくしたちは他の魔法術式の破壊へ向かいます。がんばってください!」
ぴゅーんと林を越えて飛び去った。
「使い方の説明くらいしていけよ……」
零した彼の腕がぴこんと光り、
『今から説明します』
「どわっ!?」
眼前にシャルロッテの顔が表示されて心底驚く。
「もうどうにでもしてくれ……」
もろもろの疑問を解消するのは後回し。今は状況を受け入れるしかないと諦めるライアスたちだった――。




