犯人に忍び寄る俺
俺の名はハルトC。朝、本体に頼まれてティア教授の研究室へ向かった。リザも一緒だ。
「ふぅむ。たしかにコレはなんらかの魔法具だね。実に繊細なものだ」
研究室に着くなり『変なもの拾いました』とティア教授に謎の針を見せる。ライアスを狙って放たれたものだ。俺たちにはさっぱりなんなのかわからないので、専門家に見せてみようと思った次第。
「なんだかわかりますか?」
「こんな細い針、特殊な意図がなければ作ろうとはしないだろうね。どんな魔法が施されているかが明らかになれば、その意図もつかめるというものさ」
ティア教授のメガネがきらんと光る。
「さっそく解析してみよう。キミたちもおいで」
部屋を移動する。たいていどの部屋も雑然としているが、半端なくごちゃごちゃした実験室だ。
「そういえばハルト君、『ヴァイス・オウル』という名を聞いたことはあるかい?」
急にそわそわしだしたリザを横目にしれっと答える。
「昨日、授業で初めて聞きました。正体不明の天才研究者とか」
「詳しくは知らないのかい?」
「まったく」
ふうんと素っ気なく返したものの、小声で「この子は違うのか……」とか言ってリザに目をやっている。リザは小さくこくりとうなずいた。
特に追及はなく、ティア教授は部屋の隅っこの机にかけてあった黒い布を取り去る。
製図台みたいな、格子状の模様が描かれた五十センチ四方の台が現れた。
ティア教授はその上に針を置くと、部屋のカーテンをすべて閉めた。燭台の灯かりのみでほの暗くなる。
「きょとんとしているところを見ると、『鑑定装置』は初めてのようだね」
「なんですかそれ?」
「捻りのない名前のとおり、物体に施された魔法を鑑定する魔法具さ。物体に付与された属性や、ものによっては特殊効果を正確に解析できる優れモノだよ。『ミージャの水晶』より貴重なものなのさ」
「よく持ってましたね」
「古代魔法の研究には必要不可欠だからね。手に入れるのに苦労したものさ。いやホント、辛かったなあ……」
どんよりしてしまった。経緯は聞かないでおこう。
「学院でもワタシがコレを所持しているのを知っている人間はごく一部に限られる。口外はしないでくれよ?」
言いながら、台の上に手を乗せる。ぽわっと光を帯びた。しばらく光が揺らめいていたかと思うと、そこからビームみたいな光が放たれる。
壁に、文字がぶわーっと羅列した。
「なんですかこれ?」
見たこともない文字だった。
先に答えたのはリザ。思わずといった感じでぼそりとつぶやく。
「古代語……。でも、これは……」
「さすがリザ君だね。〝神代語〟とも呼ばれている古い言語さ。それ自体は専門家ならすらすら読めるけど、そこに羅列している文字は並びが神代語の文法とはかけ離れている。専門家は『バラバラのぐちゃぐちゃだ』と鼻で笑うね」
「そんなの読めないじゃないですか」
「ところが法則がある。文字を記号と考え、数値に変換する。それを法則に従って区切ってまた文字に変換すると、意味が読み取れるのさ」
機械語をプログラム言語に変換するようなもんかな? よく知らんけど。
「しかし情報が多いね。えらく複雑だし……ふぅむ……」
脳内で変換して読み取っているらしい。
しばらくかかりそうだな、とぼんやりしていると。
「おい! クソちびメガネはいるか!? いるんだろう? 出てこい!」
遠くから怒声が響いた。
「こっちか? いないな。ではこちらか! む、さては――」
どっかで聞いたような凛とした女性の声は、徐々に近づいてきて。
「ここかあ!」
バーンとドアが開かれた。
黒いローブを着た、長い金髪のきれいな人。片眼鏡をかけたこの人はたしか――。
「やあ、オラちゃん。ワタシに何か用かい?」
「名を省略するな。私はオラトリア・ベルカムだ」
そうそう。昨日の講義ではお世話になりましたぐぎぎぎぎ。
「おや? ハルト・ゼンフィスもいたのか。ちょうどいいな。彼はもらっていく」
リザが俺をかばうように立ちふさがると、怪訝な顔をするベルカム教授。
「相変わらず唐突だねえ、キミは。ハルト君の才能に目を付けて、自分の研究室に誘おうってのかい? ダメ。あげないよ」
俺を物扱いするのはやめてもらえます?
「ふん、これほどの才能を古代魔法なんて枯れた研究に――ん? なんだ、鑑定中か? む――」
ベルカム教授は壁に表示された文字の羅列をじっと見る。仲悪そうだけど、鑑定装置の存在を不審には思ってないようだ。知ってたのかな?
「……【闇】に、【混沌】。呪いか」
「さすがは属性研究の第一人者だね。さっそくそこを読み取るとは」
「世辞はよせ。気色悪い。しかし、これは……なんと醜悪な」
「うん、鉱毒で体を侵し、呪い効果で治癒を妨げる。明らかに殺害を意図したものだ。しかも相手をひどく苦しめてね。実に悪趣味だよ」
ベルカム教授は険しい表情で(最初からそうだったがもっと険しくして)、鑑定装置に大股で近寄った。
「針……これを体内で溶かし、全身に行き渡らせるつもりだったのか」
「そのようだね。さてハルト君、これをキミは『落ちてたのを拾った』と言ったけれど、もしかして誰を狙ったものか知っているんじゃないのかい?」
「……さあ? わかりません」
嘘は言ってない。
ライアスに放たれたものだけど、誰か別の人を狙って外れたのかもしれないし。ほぼ確実ではあると思うけど、さすがにこの国の王子様を狙ったとは軽々しく言えないよね。
それよりも――。
「犯人の目星は付かないんですか?」
答えたのはベルカム教授。
「呪い自体、とんでもなく高度な術式だ。学生では難しい。しかも【闇】と【混沌】を持つ者となれば、教師でも限られるが――」
「最有力候補はオラちゃんだね。【火】と【水】にそれらを加えた『上級四属性』だし」
「だから名前を省略するな! あと、私ではない」
「ま、キミはこんなゲスい手は使わないか。清廉すぎるところがいいところでもあり悪いところでもあり……いや、やっぱり悪いところだね。相手を蹴落とす執念があれば、学生時代ワタシに大きく水をあけられることもなかった」
「くっ、たしかに成績は貴様が上だったさ。だが研究者としては私のほうがずっと上にいる!」
「えー? 同じ研究をしてたらワタシのほうが上だと思うよ?」
「ぐぬぬぬぬ……。貴様の! そういうところが気に食わないんだ! わかっているならどうして古代魔法なんぞにうつつを抜かしている!?」
「現代魔法なんて先が見えてるからねえ。古代魔法のほうが面白いよ?」
「天賦の才を得ておきながら、貴様は!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ二人。主にはベルカム教授だが。
「あの、それで犯人は?」
「う、うむ。先にも言ったが作った者が学生とは考えにくい。教師……であるとも考えたくはない。せめて誰を狙ったのか、その動機が知れれば犯人像にも近づけるとは思うが……」
「感情論は抜きにして、できるできないで言えばできそうな教師はいる。でも外部の犯行とも考えられるんだよねえ」
「そいつが学内に持ちこんだ?」
二人はそろって首を横に振った。
先に口を開いたのはベルカム教授だ。
「私は『作った者は』と言ったのだ。作成者と実行犯は別人である可能性がある」
ほう? つまり?
「針からは呪い効果の他に、これを飛ばしただろう痕跡も記録されている」
「その痕跡からは、学生でも可能な魔法が読み取れるのさ。学生レベルが飛ばしたと示してさえいるね」
「えーっと……外部のすごい人が呪いの針を作って、学外で受け取った学生が誰かを狙って針を魔法で飛ばした、ってことですか?」
「「その通り」」
息ぴったりですね。
「でも学生っていっぱいいますよ? 手掛かりはないんでしょうか?」
二人は同時にニヤリと笑う。実は仲いいのかな?
「主体は【風】属性だが、【水】と【闇】で隠密性を増している」
「対象は最悪でも二桁に絞られるね」
それでも多くね?
「もっと絞れませんかね?」
二人、またも同時に腕を組んで唸る。で、話す順番もやっぱり同じだ。
「大まかな属性比率はわかるのだが……」
「対象全員を調べるならけっきょく同じことだよねえ」
属性比率ってあれか。持ってる属性の得手不得手を数値化したやつ。
だったら話は簡単だ。
「それ、教えてもらえますか?」
本体なら属性比率を正確に測定できる。ひと目で可能だから、学生全員をしらみつぶしに調べてやるさ。本体がな!




