やっちまったなあ
その場のノリってのもあるのだろうけど、王子様なのにライアスの嫌われっぷりはいかがなものか。
実は俺も王子なんだ、などと絶対言いたくない雰囲気の中、俺はライアスの前に進み出る。
「ライアス王子、休憩は必要かな?」
「いらないっす」
もはや騒音は耳に入らないとばかりに集中を増すライアス。
「この日を待ってたぜ」
瞳は激情に燃え盛る。
「今の僕がどれだけお前に通用するか、正直なところ不安しかない。けど、全力でいかせてもらう」
悲痛なほどの決意を告げてくれたところ悪いが、俺は負ける気満々です。
それっぽい詠唱をする。まあ『強くなーれ』とかなんだけどね。
そうして俺は自身に結界を張り巡らせ、万全の状態で待ち構えた。
負けるなら魔法いらなくね? と思うなかれ。
相手が全力でくるのなら、何もしなければ大ケガをしてしまう。痛いのは嫌だ。
俺の結界魔法による自己強化は五年前よりグレードアップしている。以前は外骨格系パワードスーツっぽく、全身を結界で覆っていた。いわば疑似的な強化だ。
今は細胞のひとつひとつ、骨や筋組織にも個別に結界を施し、俺自身の肉体が常人をはるかに超えるものとなっている。
五感や神経系もすごいのです。
今のところ魔族のフレイ相手でも楽についていけている。
防護結界を薄く皮膚にも展開し、準備は万端。
先に奴の動きを見ておけたのはラッキーだったな。
けっこう本気っぽかったし、だとすれば俺が何をすべきかは固まった。
さっきのライアスが本気モードであったなら、ぶっちゃけ俺でも勝てる。
俺の魔法レベルはたったの2だが、なんでもアリで愉快な効果を発揮できる結界魔法があるのだ。特に自己強化関連はとてつもなく優秀。
なにせ結界は一度作ってしまえば維持に魔力は必要ない。機能を決定し、放置していればいいのだから作り放題。億単位だって屁でもない。
徒手空拳の一騎打ちなら学生相手に負ける気がしなかった。
だが勝ってはいけない。
ものの見事に、これ以上ないほど無様に負ける必要がある。
なに、今度はヘマしないさ。
相手の動きに翻弄された風であわあわし、ライアスの攻撃を真正面から受ける。吹っ飛ばされる演出でもすれば完璧だ。
『ゼンフィス君にこの授業は早かったようだね』
とタンクトップ先生に鼻で笑われたら大勝利。
ライアスよ、お前のリベンジもここで終わる。俺へのこだわりを捨てるときが来たぞ。
「行くぞ!」
ライアスが詠唱を終え、ボクサーみたいな構えをした。
そして突進。
小細工なしの正面突破で向かってきた。
その心意気やよし!
早く終わって俺も助かる。
ジャブすらなく、右のこぶしが引き絞られる。
自己強化は五年前から遥かにレベルアップしていて、岩をも砕く必殺のパンチで過去の清算をする腹積もりのようだ。
……当たったら、痛いかな?
そういや俺、体に直接攻撃を受けたことがほとんどなかった。だって避けられるんだもの。当たる必要ないじゃん?
肉弾戦なら負けるつもりがないと自惚れてもいるが、たしかフレイは『人型だと大幅にパワーダウンする』とか言ってたな。
動き自体は断然フレイがライアスより上なのだけど、攻撃力はその逆ってこともあり得る?
だってライアスは成長した。
五年前はまだ基本四属性を使うにとどまっていたが、今のあいつは光属性で威力を上乗せできる。
まともに受けて無事でいられるかな?
マズい。体が『避けろ』と叫んでいる。ダメだダメだ! がんばれ俺。ここは根性を見せるところだぞ。
バチンッ!
俺は鋼の意志で右ストレートを顔面で受ける。同時に後ろへ自ら吹っ飛んだ。うん、よかった痛くない。そのまま無様にごろごろ転がり、うつ伏せになって倒れた。
痛がるより、気絶したフリをしたほうがいいかな?
俺はぴくりとも動かず、『勝者、ライアス王子!』との宣言を待った。
でも周りは気になるので辺りの様子を見る。透明な監視用結界と、網膜の結界とを結んでドローン視点で俯瞰した。
生徒たちはざわついている。
ライアスは呆然と俺を眺めていた。右のこぶしが痺れているのかさすりながらではあるが、手ごたえは感じている、と思う。
で、先生は俺とライアスを交互に見て、ふっとため息をつき、片手を徐々に持ち上げていった。
終了宣言キタコレ!
「そこま――」
ライアスも勝利を確信したのだろう。こぶしを握ってそこに目を向けた、そのとき――。
ああ、クソ。またかよ。
俺は跳ね起きるや、すぐさまライアスに突進した。肩をつかんで引き倒し、背後に回って組み伏せる。
「ッ!?」
「なっ!?」
先生もライアスも驚いていた。イリスほか見物していた生徒たちも驚愕に目を見開く。
ああ、やっちまったなあ。
他にやりようはあったかもだけど、とっさに思いついたのがこれだった。
しかしコレ、どう言い訳すればいいだろう?
狸寝入りしてたのはバレバレだよなあ。
しょんぼりしていると、目をぱちくりさせていた先生がハッと我に返った。
「ははは、これは驚いた。なるほど、ゼンフィス君は『実戦を想定しろ』との意味を正しく捉えていたようだね」
そんなこと言ってたっけ?
ライアスを含めてみなが首を傾げる中、解説が続く。
「わざと攻撃を受け、気絶したフリをして相手を油断させる。その隙をついたというわけか」
ええ、まったくそんなつもりはございませんでした。
「魔王亡きあと、魔族との本格的な衝突がなくなった昨今は、騎士道なんて形式美がもてはやされつつある。だが本来、戦場では卑怯も何もない。ゼンフィス君はそんな風潮は生ぬるいとみんなに教えようとしたんだね」
ですからね、まったくそんなつもりはなかったのですよ。
俺はライアスから離れ、片手のこぶしを開いた。
細い、髪の毛ほどの極細な針。
前の授業でも同じものが放たれた。そのときは誰を狙ったものかわからなかったが、今回は明らかにライアスの背中を狙ったものだった。
ライアスを助ける義理はまったくもってないのだが、何かが起きて俺が疑われてはたまらない。
証拠も欲しかったから、これを手に入れるついでにライアスを組み伏せたに過ぎなかった。
目的は知れない。しかし証拠は得た。この針から何か得られるかもしれない。俺は針を謎時空に収めた。
「やっぱりお前には敵わないな。けど、悔しくはない。いつか僕もお前に追いついてやる」
爽やかに立ち上がるライアス。
「さあ諸君、ゼンフィス君に拍手を!」
高らかな声に拍手が湧き起こる。
「はははは」
またも笑うしかない。
こうなったのも、妙な針で攻撃してきた何者かのせいだ。俺は悪くないもん。
絶対に見つける。
俺の早期退学計画を邪魔する奴は、誰であろうと赦しはしない――。




