みんなが『勝て』と俺にささやく
失態だ。
まさか魔法をぐねぐね動かしたくらいで凄い奴認定されるとは思わなかった。
早期退学が遠のく中、次こそは失敗が許されない。
俺は並々ならぬ決意を胸に次の授業に赴いた。
授業名は『魔法体術(達人級)』。明らかにヤバい。だがそれがいい。
運動しやすい格好になり、野球場くらいありそうなグラウンドに集まる俺たち。ライアスはいいとして、なんでイリスがいるんだろう?
こいつ、魔法の実技はからきしだったんじゃ?
「やあ諸君、今日は絶好の体術日和だね! 筋肉は万全かい?」
やたら暑苦しそうなおっさんが陽気に現れた。タンクトップに細マッチョな体型。日焼けした肌と対照的な白い歯とともにおでこがきらりと光る。
「下の級をすっ飛ばして達人級へやってきた猛者たちもいるようだね。でも大丈夫かい? 『達人級』なんて学生レベルで大げさではあるけど、それでも生半可な覚悟じゃあケガではすまないよ?」
明らかに俺たち新入生に目をやっている。てか筋肉を強調するポーズやめてもらえます?
「さて、挨拶がてらこの授業の趣旨を説明しよう。魔法をただぶっ放すだけの旧時代の戦闘形態とは異なり、近代では組織戦にしろ個人戦にしろ、近接戦闘能力が重要な意味を持つ」
のんびり詠唱している間に剣でばっさり、というのはケースバイケースだが、武器や自分を強化するのが魔法で可能な以上、接近戦の優劣が勝敗を決することは往々にしてある。
「そして近接戦闘において基本となるのが体術だ。魔法で強化した自身の体に振り回されることなく、滑らかに、かつ力強く、それでいて美しく!」
だから妙なポーズやめよ?
「下の級では自己強化系魔法の組み合わせや自身との相性を探るのが主な狙いだ。達人級ではその辺り、各自が概ね把握している前提だからね。基本的な質問などはいっさい受け付けない。体で覚えろ! 体に訊け!」
くねっくねと忙しい人だな。
「というわけで、授業内容は模擬戦がメインだ。今日は最初だし、まずは一対一の戦闘をみんなで見て、意見交換でもしてみようか」
先生はわざとらしく生徒たちを見回すが、明らかに俺たち新入生三人に意識を向けていた。
「イリスフィリア君、それにライアス・オルテアス王子、前に」
イリスが立ち上がった。
半袖にハーフパンツという、ともに黒のシックな出で立ちだ。ぴっちりしているので大きな胸と体のラインが強調され、男どもの目の色が変わる。
続けてライアスも立ち上がったのだが。
「先生、僕はこいつ――ハルトとやりたいんっすけど」
俺を指名してきやがった。いやまあ、気持ちはわからんでもない。要するに五年前のリベンジがしたいんでしょうな。
俺が答える前にイリスが割りこむ。
「待った。指名していいなら、ボクもハルトがいい」
「お前はあとで相手してやる。今は引っこんでろ」
「ハルトと対して五体満足でいるつもりか。危機意識が足りていないな」
「お前こそ一発でぶちのめされるのがオチだろ」
視線で火花を散らす二人。どうでもいいけど俺を持ち上げないで。
本来なら面倒事に巻きこまれて肩を竦めるところだが、これはチャンスだ。
午前の講義や前の授業では不覚を取った。だから今回はこれでもかとへっぽこな俺を見せつけなければならない。
わざと負けるのは相手に失礼?
HAHAHA、まったく気にしないね!
ただわざとだと気づかれるのはマズい。授業に不真面目だと俺だけの問題じゃなくなるからな。
タンクトップの先生は腕を組み、しばし考えてから、
「そこまでゼンフィス君にこだわるなら、やはり君たち二人が先に戦い、勝者が彼とやるのがいいね」
ライアスがにやりと笑うのは自信の表れ。
イリスは口を真一文字に引き結んだ。
両者、無言で十メートルほど距離を空けて対峙する。
「模擬戦とはいえ実戦を想定したものだ。そこは忘れないように。では、はじめ!」
合図とともにそれぞれ詠唱を開始する。
早かったのはイリスだ。いや、詠唱途中に動き出した。
拳法みたいな構えから、かなりのスピードでライアスに迫る。
対するライアスはボクサーみたいな構えで迎え撃った。
イリスの連続攻撃。手刀や蹴りを間髪容れずに繰り出す。体捌きは滑らかで、いっさいの無駄がない。
ライアスは笑みを消し、軽快なステップと上半身のスウェーでギリギリ躱す。
見た感じはイリスが押している。ライアスのジャブはまるで機能しておらず、手数はイリスが圧倒していた。
けれど徐々に、ライアスの表情に余裕が生まれ、イリスには焦りの色が浮かんだ。
と、ライアスの腕がわずかに下がる。空いた胸元へ、イリスの体重を乗せた掌底が打ちこまれた。だが――。
ガッ!
「くっ!」
ライアスはびくともせず、お返しとばかりに右フックを叩きこんだ。イリスはもう一方の手でどうにか受けたものの、軽々と吹っ飛ばされた。
「そこまで!」
先生が片手を挙げて声を響かせる。
「なっ!? 待ってくれ。まだボクは戦える!」
受けた腕が痺れているようだが、たしかにまだ足腰はぐらついていなかった。でもなあ……。
「いや、勝負ありだ。これ以上続けても結果は目に見えている。それは君もわかっているだろう?」
イリスが暗く目を伏せた。
「正直、イリスフィリア君の動きには驚かされたよ。最低限の自己強化で迅速に戦闘準備を整え、体術そのものを鍛え上げた動きは実に洗練されていた。でもね――」
哀しいかな、イリスの攻撃はことごとく軽い。
「今の君の魔法レベルでは、ライアス王子の防御は突破できない。だが悲観しなくていいよ。魔法効果を付与した強力な武具を装備すれば、君は今すぐ実戦投入できる実力がある。この授業にもついていけるだろう」
慰めにもイリスは悔しそうな表情を崩さなかった。
とぼとぼと俺の横にやってきて、膝を抱えて座る。
「今のボクでは、キミに挑戦する資格はない」
目尻にきらりと光るもの。つぅっと頬を伝って落ちる。
「イリスフィリアさん、悔しそうだね」
「なあゼンフィス、お前ってそいつの友だちなんだろ?」
「えー? 恋人じゃないの?」
「ここは男を見せないとなあ」
「やっちまえ!」
周囲は徐々にヒートアップ。
「はっ、上等だぜ。ハルトがやる気になってくれるなら、むしろ好都合だ」
ライアスは悪役を受け入れて不敵に笑う。
え、何この『友の仇を取れ』な雰囲気。君ら何を盛り上がってるの? 俺、べつにイリスには同情してないし、ライアスにムカついてもいないんだけど。
俺は立ち上がる。
そうして『王子をぶっ潰せ』との視線を背後からビシバシ感じつつ、負けるための勝負に挑むのだった。
めちゃくちゃやりにくいです。




