笑顔あふれる楽しい授業
お昼を済ませ、午後は実技の授業が二つ続く。
最初の授業は『魔法射撃(精密級)』。遠方の的に強く正確に魔法攻撃を当てるため、実技を通して訓練するのが目的だ。
学校内にある開けた荒れ地にやってきた。
「えー、つまりですね、狙いを外すのは論外ですが、的を破壊できなくてもこの授業に参加する資格はありません」
でっぷりした爺さんが丁寧に説明する。最初の授業では生徒たちを脅すのが慣例なのだろうか? この授業を受けている生徒はほぼ上級生だが、みな顔が強張っている。にこりともしない。
でも、しめしめ。
ここでは的を外した時点で落第確定。なんともぬるい授業じゃないか。
早期退学を目指すうえで、午前の講義では不覚を取った。
だから実技でこれでもかとへっぽこな俺を見せつけなければならない。けど今回は楽勝だな。
「下の級を飛ばしてこの授業を受けている新入生が二人いますね」
またもしめしめ。
お爺さん先生は俺とライアスをじろりと見た。
ちなみにイリスはいない。あいつは魔法レベルが低くて実技系は不得意だもんな。当然か。
とりま早々に俺のへっぽこ具合を晒し、『ゼンフィス君にこの授業は早かったようですね』とお爺さん先生に鼻で笑われたら大勝利。『誰かやりたい人』とか言われたら真っ先に手を挙げちゃうよ?
「では、ライアス・オルテアス君にまずやってもらいましょうか」
「うっす!」
ライアスは両のこぶしをがつっと合わせて前に出た。
早く落第宣言をしてほしい俺にはちょっと残念だが、これはこれでいいか。
ライアスから二百メートルは離れた場所に、二メートルほどの木の棒が立っている。その先端には水晶みたいな球がのっかっていた。あれが的だ。
的は十メートル間隔でいくつも置いてある。それらの向こうは高く土が盛られていて、外れてもそこが魔法を防いでくれるのだ。
「的にはささやかですが防護魔法がかけられています。命中しても破壊しなければ合格とは言えませんから、そのつもりで」
重ねての脅しにもライアスは不敵に笑う。
詠唱し、片手を上に持ち上げた。何かを持つように手のひらを形作ると、その中に細長い光が現れる。
「いくぜ、光の矢!」
槍投げみたいに腕を振るい、光の矢を撃ち放った。
ものすごいスピードで突き進んだ矢は、キィンと澄んだ音を響かせ的を射抜く。球状の的は小さな穴を開けてのち、粉々に砕け散った。
「ふむ。なかなかの威力ですね。狙いも正確だ。光魔法をこれだけ使いこなしているとは驚きです」
えびす顔で満足そうにうなずく先生。
周囲はどよめく。
ライアスは当然といった風に胸を張った。
ふふ、いいぞライアス。上出来だ。
前の奴が完璧であればあるほど、俺のへっぽこ具合が際立つというもの。
「では次に、ハルト・ゼンフィス君の実力もみせてもらいましょうか」
「わかりました」
真打ちの登場である。
俺は緊張した面持ちを作り、不安そうに眼を泳がせて遠くの的に正対した。へっぽこ演技はもう始まっているのだ。
さて、俺は【土】属性しか持っていないことになっている。
なのでしゃがみこみ、大地に手を添えた。
そこらの小石を石つぶてにする魔法だ。実際には結界で覆って飛ばすのだが、見た目上は土系統で最下級の魔法を行使した風を装うのだ。
俺はうんたらかんたらと呪文っぽいのを口ずさんだ。
怪訝な表情をする皆様。
お構いなしで魔法を撃とうと思うのだが。
正直なところ、加減がわからない。
ライアスの魔法を見た限り、的は大した防御じゃないっぽい。下手に当てては破壊しかねないかも。
外したところで盛り土で大爆発でも起こそうものなら、落ちこぼれ認定されるか微妙。
わかっているとも。
『あれ? 俺またなんかやっちゃいました?』
との流れは厳禁。
ここはうまいこと的を外し、盛り土にずぽっとめりこむ程度の威力でなければならない。
慎重に、狙いを定めるそぶりをして、
「石射撃!」
小石を飛ばした。
ぴゅーっとそこそこのスピードで飛んでいく。ちょっと迫力がなさすぎるかな? さすがにわざと弱い魔法を撃ったと思われかねない。
小石のスピードをわずかに上げた。スピード調整なんてふだんやらないから難しいな。
うん、このくらいならいいかな、と思ったそのときだ。
「クエー」
鳥が飛んできましたね。カラスくらいの妙な鳥。すいーっと低空で、俺の魔法の射線上に向かっていた。
いかん。
今からスピードを落としても正面衝突は免れない、ような気がする。
もしぶち当たって小さな命を散らすようなことがあれば寝覚めが悪い。
ぴた。
なので止めた。小石が空中で停止し、その前を鳥さんはのんびり通過する。
やれやれ、のん気な奴だ。
俺は肩を竦めて再び小石を動かす。さっきとほぼ同じスピードだ。
む? 鳥に気を取られて狙いが大きく外れてしまったぞ。いくらなんでも隣の的に近いのは外し過ぎだよな?
ぐいんと進路を捻じ曲げると、小石は的から数十センチ離れたところを通過して盛り土にずぽっと埋まった。
完璧だ!
なんとなく右往左往している感じも演出できたし、これいいんじゃね?
「いやー、失敗しちゃいました」
悔しがったりあわあわしたりすべきなのだろうが、ちょっと嬉しくなったのでてへぺろしつつ振り向いた、そのとき。
キィン、と。
小さな小さな音が、俺の背後で鳴った。
どうやら俺が常時展開している防御結界に極細の針みたいなのが当たって砕けたらしい。
防御結界は俺が認識外からの攻撃っぽい魔法にのみ反応する。
誰が、なんの目的で?
俺を狙ったのか、俺の正面に居並ぶ学生の誰かを狙ったのかはわからない。
周囲に探索範囲を広げても、術者らしきは見当たらなかった。あの針っぽい何かが砕けたので、そいつにつながる情報も失われた。
ああ、他の授業の流れ弾の可能性もなくはないのか。
どのみちわからないのだから仕方ないとして、それよりなにより。
「皆さん、どうされました?」
しーんと。
ライアスや先生、一緒に授業を受けている皆さんが目を見開いて口をあんぐりしてますね。
もしや謎の攻撃に気づいたの? でも防いだのが俺だとは思われないよな?
となれば、あれ? 俺なんかやっちゃいました?
お爺さん先生がぎぎぎっと錆びたロボットみたいに首を動かし、俺に顔を向けた。
「今、君は……遠隔操作、したのですか……?」
「はい?」
「やはりですか!」
いや疑問形だったんだけど。
「ぴたっと止まったりぐぐっと曲がったりしましたものね!」
どうやら謎の攻撃には気づいておらず、俺が放った魔法を動かしたことに対する質問だったようだ。
でもなんで?
そんなん普通にできるだろ。フレイやリザ、父さんは余裕。俺がやったのを見て、誰も何も言わなかったし。
「レベル30オーバー相当の難度を、新入生の君が……。いや、そもそも君は魔法レベル2なのですよね? いったいどうやって?」
「それより、的を外しましたよ? 威力も弱いですよね?」
「そちらは訓練でどうにでもなります! 魔法レベルが低くとも特殊な武具などである程度はカバーできますしね」
しかぁし! とお爺さん先生は血管が切れんばかりに喚く。
「遠隔操作は魔法レベルだけでなく、かなりのセンスが要求されるのです。あの閃光姫ギーゼロッテ王妃様でも学生時代には到達できなかった領域。それを! 君は!」
なんだ、あの女って若いころは大したことなかったんだな。ってそんなことよりも。
「素晴らしい! ゼンフィス君は特別に、訓練メニューを調整しましょう。遠隔操作の精度向上に努める内容にね。ああ、他の実技授業の教授方とも情報を共有しておきますね」
先生は興奮気味にまくし立てる。
「それからそれから、魔法レベルと遠隔操作の関連性、その既存研究にも一石を投じますね。たしか専門は――」
ダメだ。
自分の世界に入ってしまったぞ。
「やっぱお前、すげえよな」
ライアスが寄ってきて俺の肩に馴れ馴れしく手を乗せる。
「でもよ、本当はあんなもんじゃないんだろ? 調子が悪かったか緊張してたか、いや、手の内を明かしたくなかったか?」
ある意味最後のが正解ではあるんだけど。
「はははは」
もう笑うしかない。
「あははははっ」とお爺さん先生も笑う。
「はっはっはっ」とライアスや、つられて学生たちまで笑い出す。
笑顔あふれる楽しい授業。俺は泣きたいけどね――。




