新メンバー(仮)
この寒さ、なんとかならんかなあと自らを抱くティアリエッタ。凍ってしまう前に話を終わらせたかった。
「で、ワタシは何をすれば生存できるのかな?」
『我らは仲間を尊びます。そこで提案なのですけど、あなたが〝ヴァイス・オウル〟に参加――』
「する」
「早っ」
白仮面――シャルロッテの驚きの声に、ティアリエッタは知らず笑みが零れた。
「なるほど、『ヴァイス・オウル』とは個人ではなく、研究者集団を表わすものだったか。うん、実に魅力的だ。ぶっちゃけ今すぐ仕事をほっぽってキミたちの拠点に移りたいところだよ」
『話が早くて助かりますけど、あなたにはまだ学院で活動してもらわなければ困ります』
「ふむ。リザ君が欲しい『情報』とやらに関係するのかい?」
『はい。ただそれをお尋ねする前に言っておきますと、正式参加には条件があります』
「ま、当然だね。守秘義務はもちろん、当面はキミたちの正体を詮索しない、というところか」
『信頼に値する人物かどうか、しばらくは確かめさせていただきます』
「残念ながら、ワタシは〝信頼〟に値する人間ではないよ。その点は自覚している。ただ〝信用〟はしてもらっていい」
きょとんとするシャルロッテに、リザが補足する。
「彼女を人間的に信じるのは危険。けれど利害が一致すれば裏切りはない、と彼女は主張している」
「そのとおり。魔族を擁するキミたちの内情を暴露したところでワタシにメリットは何もない。むしろデメリットしかないね」
『と、言いますと?』
「魔族は特殊な属性を持つ者がいて、ゆえに彼らにしか扱えない魔法がある。リザ君がそうかは別にしても、捕縛されるような事態は絶対に回避すべきだ。殺されてしまったら大変だからね。魔族は人と相容れないかもしれないけれど、『生かすべき』がワタシの持論だよ」
『ルセイヤンネル教授はいい人なのですね』
「……認識の齟齬はのちの確執を生むから今のうちに正しておこう。ワタシは非情な人間だよ。魔族を生かすべきとの考えは、彼ら特有の魔法を研究したいがためさ。古代魔法とのつながりが強いからね」
魔族社会では『記録に残す』意識が希薄だ。多様な種族は同族内の口伝に頼る傾向が強かった。長命かつ強者になればなるほど個人主義が色濃い事情も背景にある。
従って彼らと敵対している人側で、魔族特有の魔法研究は困難を極めていた。
『うーん……、ごめんなさい、ちょっとよくわからないです。虐げられている魔族のみなさんに友好的との意味では、やっぱりいい人なのでは?』
どうにも白仮面は考え方が幼いな、とティアリエッタは感じた。
「ワタシは他者と友好的であろうとは思っていないよ。必要なら表面上は取り繕うだろうけれど、得意ではないね。生死に関して言えば、たとえば誰かの死体を見つけたとしても、親兄弟だろうが見知らぬ他人だろうが等しく『ああ、もったいないな』くらいの感想しか湧かない」
『もったいない、ですか?』
「『死』から得られる情報なんて高が知れている。人にしろ魔族にしろ魔物にしろ、生きて何かを為すから価値があるのさ。死んでしまっては研究のしようがない」
『魔族のみなさんを、研究対象としか見なしていない、と?』
「ちょっと違うかな。世の生きとし生けるものはすべてワタシにとって研究対象だ。ワタシ自身も含めてね」
『やっぱり、よくわかりません……』
シャルロッテは小首をかしげる。
リザがまたも補足する。
「彼女の考えは、魔族のそれに近い。わたしたちは自己の益を最優先にする。だから必要なら他者の命を奪うのを躊躇わない」
「ワタシは殺害を是とはしないけれど、まあ、概ねそうだね。そして『自己の生存』が最優先事項だ。ゆえに『誰かのためにこの身を捧げる』なんて絶対にしない」
「わたしたちは同胞や主を最上位に置くこともある。今のわたしがそう。あなたとは相容れない」
「べつに理解できないわけじゃないさ。ワタシはそうしないってだけだよ」
冷徹な睨みを飄々と受け流すティアリエッタ。
二人のやり取りを眺めてなお、シャルロッテは頭を悩ませていた。
「キミは理解できなくてもいいと思う。今どき珍しい純真さと清廉さだ。その無垢なる心は研究者に必要な要素だからね。ワタシとは対極ではあるけれど、うん、それでいい」
まっさらであればこそ、好奇心に際限がない。
話したかぎり十代前半と思しき少女。すでに自分を超えている天才がこのまま育てば、世界を揺るがす人物に成長するだろう。
(まいったな。教育者としてのワタシはポンコツもいいところなのだけど、彼女の成長を見守りたいと思ってしまう)
それ以上に、ともに研究する立場になりたいと強く願った。
「さて、自身のみを優先した合理的思考の持ち主なワタシだけれど、キミのお眼鏡に適っただろうか?」
シャルロッテは視線をリザに移した。
『利害が逆転しないうちは、彼女は〝信用〟してよいと思いますけど、リザはどう考えますか?』
「……怪しい動きをしたらすぐ処理する。その条件ならいい」
『ええっと……』
「ははは、キミは本当に可愛いねえ。リザ君もお仲間を困らせるものじゃないぞ?」
「馴れ馴れしい」
「ま、利害が逆転することはないよ。そこは安心していい。なにせ――」
ティアリエッタは寒さに震えながらにっと笑う。
「キミたち、『シヴァ』とつながりがあるのだろう?」
『よくわかりましたね。何かヒントになるようなこと言いました?』
ああ、とリザが頭を抱える。
ティアリエッタも『この子ちょっと素直すぎるな』と心配になるレベルだ。
「半分はカマかけだけれど、まあ、確証の直前に至ったのは、その通信魔法さ」
ティアリエッタは〝ヴァイス・オウル〟の論文すべてに目を通しているが、通信魔法に関するものはなかった。
本来は大規模な魔法術式が必要な魔法を、簡略化して実現できている。しかしまったく言及していないのはなぜか?
おそらく〝ヴァイス・オウル〟の中に、この魔法を行使できる者がいないからだ。
「ワタシの知るかぎり、そんな破天荒をやってのけそうな人物は一人しか心当たりがない。しかし彼は“ヴァイス・オウル〟に所属していないらしい」
となれば、シヴァは彼女らに技術提供する立場ではあるが、『仲間』というほどではない。
ゆえに『つながりがある』程度と考えた。
「どうかな?」
『その慧眼、恐れ入りました』
「褒められて悪い気はしないけれど、だとすると疑問も浮かぶ。彼もそうだけど、キミたちの真の目的はなんだい?」
シャルロッテはすこし間を開けて告げる。
『我らは〝シヴァを見守りその偉大さを世に知らしめつつ陰ながらお手伝いする会〟です。略して〝シヴァを見守る会〟――ベオバハター。またの名を円卓会議』
どこからツッコめば?
『あ、円卓会議は活動主体ですね。だったら会の正式名称は〝キャメロット〟にすべきでしょうか?』
なんかぶつぶつ言ってる。
『ちなみに〝ヴァイス・オウル〟は特定メンバーによるいちサークルです』
「へえ、そうなんだ……」
この辺りは突き詰めるだけ無駄な気がした。
「それじゃあワタシは、円卓会議には所属していないながらも〝ヴァイス・オウル〟に仮入部した、みたいな扱いかな?」
『いずれあなたにも〝騎士〟の称号が与えられるでしょう。がんばってください!』
「お、おう。それは、がんばらないとだね……」
とにもかくにも仮とはいえ仲間と認められたらしい。
「で、キミたちはワタシに何を期待しているのかな? 必要な情報ってのは?」
シャルロッテは居住まいを正し、重々しく(でも愛らしさは隠せず)告げる。
『学院は今、闇の組織に狙われています』
「は?」
『裏生徒会とか、そういう感じの怪しげな活動をご存じないでしょうか?』
「あー……ああ、あるね。裏生徒会とやらは知らないけれど、妙な宗教団体が学院のみならず王国内で暗躍しているそうだよ」
『それです! 詳しく!』
「いやでも、ワタシの興味の範囲外だから、ポルコス君から教師たちの噂話レベルを聞いた程度だよ?」
『構いません。より詳細にはリザと協力して情報収集に努めていただきたいのですけど、いいですか?』
「むぅ、実に面倒くさ――ああいや、そういった仕事が結果的にワタシの益にはなるね。やってやろうじゃないか。だからリザ君、そんなに睨まないでおくれよ」
気温がまた下がり始めたのでティアリエッタは身震いする。そろそろ凍ってしまいそうだ。
『ではまずルセイヤンネル教授が持つ情報を教えてください』
「ティアで構わないよ。ええっと、まず宗教団体ってのについてだけれど――」
底冷えする中で情報共有が行われる。
その一部始終を――。
☆☆☆☆☆
シヴァこと俺は見てた!
授業中、円卓会議とやらのメンバーが暴走しないように施していた監視用結界からの警報が、けたたましく(俺の耳の中だけで)鳴った。
飛び上がらんほどに驚いたわけだが、まさか一番暴走しないだろうと思われていたリザからだったとは。
まあ、フレイだったら今ごろティア教授は灰になってたろうな。命拾いしたね。
にしても、である。
「裏生徒会かぁ……」
誰にも聞こえないようにぼそりとつぶやく。
そのものズバリではないとはいえ、何やらキナ臭い連中が学院で暗躍しているそうな。
まだ教師たちも実態をつかみきれていないようだけど、これ、面倒くさい話にならないかな?
とりま、情報集めはティア教授たちにお任せして、何かあれば裏で俺がなんとかすればいいか。引き続きリザたちは監視しておこう。
でもなんか、アレだね。
シヴァを見守る会……どっちが見守ってるんでしょうね?




