お前どんだけ、リピート
まだ慌てる時間じゃあない。
初っ端から早期退学計画は暗礁に乗り上げてしまった感じがしなくもないが、挽回(?)はできるはず、と思いたい。
次が実技なら『やっぱ魔法レベル2のカスやんけ』とみんなに思わせられるんだけどな。残念ながら講義である。しかし上級学年で受けるような難しい講義だ。
ここは気持ちを切り替え、俺は指定された教室へ。ところでリザはどこ行った?
ちょっと迷って教室に入る。さっきと同じ階段状の小教室だ。
ざっと見て約半数ほど埋まっていて、みんなが一斉にこっちを見た。見ないで。
一人と目が合う。すぐに逸らした。今度は別の女と目が合う。こちらも逸らした。
しかし体格のいい男と男装の女がやってきて、俺は両脇をつかまれて連行されてしまう。ライアスとイリスだ。
階段下、教卓の目の前、ど真ん中に押しこめられた。
「暑苦しいな」
「おい女、ハルトにくっつくな」
「キミこそ接近しすぎだろう」
俺は一番後ろの席でこっそりアニメを見たいんだけどな。こんなに教師の近くだと、瞬きしないのを不審がられてしまう。
教室の前のドアが開いた。
「時間だ。そろっているな?」
凛とした声音は女性のものだ。
黒いローブを羽織った女教師。長く薄い金髪をなびかせて、颯爽と教卓の横に立つ。歳はよくわからんが見た目は若い美人さん。しかし片眼鏡の奥にある目元はキツそうだった。
「私はオラトリア・ベルカム教授だ。専門は『属性論』で、この『属性細論Ⅰ』を担当する。私をどう呼ぼうと構わないし、へりくだる必要もない。教師と生徒以前に、地位や家柄も関係なく、あくまでフラットだと認識していい」
話しぶりは尊大だがフレンドリーないい先生みたいだな。と思ったのも束の間。
「この授業を選択した貴様らに、概論レベルの話をする気はない。付いてこられないなら都度言うように。すぐさま叩き出してやる。特に――」
女教師――ベルカム教授は手にした名簿らしきを眺めたのち、俺とその両サイドを見た。
「一年生で受講している三名。貴様らだ。よほど自信があるようだが、質問に窮するようなら直ちに退席させるから覚悟しておけ」
初っ端から脅すとか。でもまあ、早期退学を目論む俺には好都合。あわよくば開始数分で教室から叩き出されるかもね。
ところで、どうして俺だけを睨んでるんですかね?
「ハルト・ゼンフィス……あのクソちびメガネの研究室に所属しているそうだな。貴様は特に念入りに指導してやる」
なるほど納得。ティア教授、月のない夜は出歩かないほうがよろしくてよ?
ベルカム教授は教科書片手に黒板にカツカツ何やら書き始めた。
「今日は属性の組み合わせとその効果について詳しく話す。相克なんぞの基本は語らない。『主属性』と『副属性』の絡みだな。イリスフィリア、貴様の主属性はなんだ?」
「【混沌】だ」
「ふむ。そういえば貴様、『規格外属性』だったか。かの閃光姫でさえ六属性どまりだというのに。が、魔法レベルが一桁で頭打ちとはな。実にもったいない」
イリスが唇を噛みしめる。
主属性ってのは『ミージャの水晶』に表示される属性の中で、先頭に表われるものだ。自身がもっとも得意とする属性らしい。
以降は副属性と呼ばれ、主属性に迫る効果を発揮するものもあれば、たんに『使える』程度のものもある。後ろに表われるほど不得手となるが、属性そのものを持たなければ絶対使えないからマシと言えた。
「主属性を含め、属性の得手不得手を数値化するのは難しい。私の研究室では二年前、『三重属性』までを計測する方法を確立した。『属性比率』と呼ばれるものだ。が、【光】や【闇】、特に【混沌】の上位属性はサンプルが少なくてな。難航している」
属性の数値化ってアレか。主属性を100としたとき、副属性がそれに比してどのくらい『操れるか』を示すやつ。
たしかフレイは【火】が100で、【闇】が60、【風】が45、【混沌】が22とかだったっけ。魔族って【混沌】持ちが多いんだよな。
「まずは簡単なところから。『二重属性』を考える。【火】を主属性とし、相性のよい【風】を副属性としたとき――」
黒板にカツカツカツーっと軽快に数式を書きこむ。
もう眠たくなってきた。俺はまぶたが下がるのを結界で押さえて耐える。辛い。
ときおり教授や生徒が互いに質問を飛ばしつつ、授業は進んでいく。
みんなちゃんと答えてるな。言い淀んだりはあるが、解答が間違っていても考え方がよければベルカム教授は叱ったりしなかった。
「――ここまではいいな? このように概ね計算によって属性比率は正確な値が求められる。だが何事にも例外がある」
ノートに写すのが追いつかないペースで板書するベルカム教授。俺はすでに諦めている。
「この被験者では、特定の魔法を使った場合に限って数値が崩れる。たとえば火属性の筋力強化を行った場合に【火】の属性比率が上昇していたのだ。それはなぜか? ライアス・オルテアス、推測してみろ」
指名されたライアスが立ち上がる。
眉間にしわを寄せ、数秒考えてから告げた。
「習熟度合いっすかね? 筋力強化はよく使う魔法ですし、何度も使ってこなれてきたんじゃないっすか?」
「アプローチとしては、捻りはないが悪くもない。が、その推測は否定されている」
ベルカム教授はまたも高速板書で解説する。
やばい。マジで寝そうだ。
つーか、なんでそんなわかりきったことを計算とかしてんだろう?
「隠し属性だろ……」
寝惚けて思わず口に出た。
黒板を叩く音がぴたりと止む。
「ハルト・ゼンフィス、貴様は今、なんと言った?」
ぎろりと睨まれた。
マズいな。さすがに突飛すぎたか。
とはいえ、俺も思いつきをテキトウぶっこいたのではない。
かつて『ミージャの水晶』を自作したとき、魔法レベルが三桁表示したのに加え、属性の表示もおかしくなったのだ。
主属性や副属性の一部に、妙な単語がつながって表示されていた。
たとえばフレイは、
【火】―【爆散】/【強化】
【闇】―
【風】―【加速】
【混沌】―【強化】
てな具合だ。この既知の属性にぶら下がって表示されているのを、俺は『隠し属性』と呼んでいた。何も表示されていないのは隠し属性がないものだ。
父さんの【土】には【堅牢】と【操作】があるので、防御はめっちゃ堅くなり、土系統操作が滑らかになったりする。
でもこれは常識じゃない。
そこらの『ミージャの水晶』では観測できず、ゆえに俺以外には見えないものだからだ。
このことはシャルたち仲間内にしか話していない。
だから漏れてはいないはず。
シャルはこの手の話になると食いついてきて、メモを手に質問攻めしてきていた。趣味なのかいろいろまとめてはいたけど、口外はしないよな。たぶん。
そもそもこれ、信じていいものか疑わしい。
実証実験的には正しいが、もともと魔法レベルの桁表示を上げようと試行錯誤していた副産物だからな。狙ってできた機能じゃないし。
「答えろ!」
わかりません、だと不自然だよな。仕方がない。間違ってる可能性もあるし、さらっと答えておくか。
「属性にぶら下がる隠し属性がある、と思います。たとえば【火】に【強化】とかいう隠し属性が付いてたら、自己強化系の魔法効果が上がる、とか?」
ベルカム教授はくわっと目を見開いた。怖いよ。
チョークと教科書をその場に落とし、靴を高らかに鳴らして俺に迫ってきて――がっと肩をつかまれた。だから怖いですよ、顔が。
「なぜ、貴様がそれを知っている? 『ヴァイス・オウル』の最新研究だぞ!」
は? ヴァイス……なんて?
「数年前から不定期に、研究論文を魔法学会に送りつけてくる正体不明の人物だ。その研究内容は最先端どころか数世代先を行く。隠し属性……論文では『補助属性』と命名されていたが、貴様が今言ったように属性を補完・補強し得る、あるいは効果を弱める〝見えない属性〟の可能性を示唆していた」
あー、マイナス効果の隠し属性もそういやあったな。
「半年前に送られてきた補助属性の論文はいまだ検証中だ。今のところ否定する結果は出ていないが、事を慎重に進めている関係上、王族にすら報告していない。それを、貴様は!」
がっくんがっくん揺さぶられる。
「その見識、驚愕に値する! まさかこれほどの逸材だったとはな。あのクソちびメガネめ、先んじて目を付けていたのか。おのれ!」
感動したり怒ったり忙しい人だな。
「どうだ、ハルト・ゼンフィス。古代魔法なんてクソの役にも立たん研究はやめて、私のところへ来ないか?」
「ベルカム教授、授業中に勧誘するのはマナー以前の問題だと思う」とイリスが割りこむ。
「イリスフィリア、貴様も同じだったか。なら貴様も一緒に来い」
「ボクはティア教授の研究に可能性を感じている。移る気はない」
押し問答的なやり取りがしばらく続き、ようやく俺の肩から手が離れた。
ベルカム教授はクールビューティ然とした雰囲気を取り払い、にやりと言う。
「もしかして、貴様がヴァイス・オウル本人だったりしてな。ははは、いやまあ、冗談だが」
「ははは、そんなわけないですよ」
うん、それは本当。俺じゃない。
にしても、『白い・梟』か。
この『カッコよさそう』というだけでドイツ語と英語を組み合わせた名前が誰だか、俺も気になるなー(棒)。




