初っ端からやらかしたが妹のせいにはしない
リザと一緒に寮を出る。
「おはよう。今日もよい天気だ」
玄関前に白髪ポニーの美少女が待ち構えていた。イリスフィリアことイリスだ。逆か。まあいいや。
「誰かと待ち合わせか?」
「キミを待っていた。状況からしてそれ以外にあり得ないと思うけど」
そうだな。お前、お友だちいないもんな。俺以外。俺も人のこと言えんけど。
と、イリスが俺の背後に目を向けた。
「そっちの子は?」
「従者? のリザだ」
「どうして疑問形? まあいい。ボクはハルトの友人でイリスだ。よろしく」
どこか誇らしげに差し出された手に、リザは俺を一度見た。うなずくと、遠慮がちに握手する。
「よろしく」
途端、イリスの顔が強張った。
「……そうか。まあハルトの従者なら、それもあり得るな」
何やら意味深なことを言いつつ手を放す。
「ところでハルト、キミはどのクラスなんだ?」
「C」
イリスの表情が曇る。
「ボクはAだから、一緒じゃないのか」
「ん? Aって成績最上位のクラスだよな? お前って筆記はトップでも全体成績はギリギリだったんじゃ?」
「うん。ボクもすこし不思議だった。訊いてみたら、クラス分けは筆記の成績が優先されるらしい。それに、実技の成績が悪いと言っても、限定的には認められていたようだ」
よくわからんが、こいつはストップした魔法レベルが上がりさえすればなんかすごいんだろう。期待値込み、とかティア教授は言っていたしな。
とりあえずクラスは違えど建物は一緒らしいので案内をイリスに任せ、小走りで教室へ向かう道すがら。
「彼女は、何者?」
リザが小声で尋ねてきた。
「さっき自己紹介したろ?」
「そうじゃなくて……」
リザは前を歩くイリスを睨みつけるように言った。
「あれは、人間なの?」
青い瞳がどこか妖しく光る。
「……魔族とでも?」
リザが眉を八の字にした。
「外見上、魔族の要素は見当たらない。でも魔力の質が何かこう……違和感がある」
服で見えないところに文様でもあるのだろうか?
でもあいつ、一度は他人にさらそうとしたんだよな。躊躇っていたのは女の子だから当然として、魔族なら絶対にやろうとはしないだろう。
でもま、ぶっちゃけイリスが魔族かどうか、わりとどうでもいい。
「気にしないでいい」
「うん、彼女が何者だろうと、ハルト様には敵わないもの」
そういう意味じゃ、ないんだけどな。
話すうち、イリスは自分の教室にたどり着いた。中をちらっと覗くとラガーマンみたいなのがいる。見つかる前に離脱して、廊下の先にある教室へ。
ただ従者は教室に入れないことがわかった。リザには申し訳ないが、そこらで時間をつぶしてもらう。
もう帰っていいぞと言ったのだが、一人で『どこまでもドアー』をくぐるのは抵抗があるようだ。
さて。
教室は階段状になっていて、教卓が一番底だ。三人が並んで座れそうな長机が三列、五段になっていた。
俺は最上段の扉近くにちょこんと座る。
担任は冴えないおっさんだった。
クラスメイトもどこか俺を遠巻きに見ているようで、完全ぼっち状態。
みんな腫物に触るというか、蜂の巣をつっつかないよう怯えている感じだ。
まあ、いろいろ噂があるものね。
特にシュナイダルが失踪した件では、俺が関与しているのではとの疑惑が持ち上がっている。学内でまたも呼び出しを食らったときは、知らぬ存ぜぬを通して今のところどうにかなってるけど。
無難に自己紹介を終える。
みんなの話はまったく聞いてなかった。俺はすぐこのクラスから落とされる予定だから、仲良くなっても意味ないしな。
「自己紹介が終わったところで授業を始めましょう」
冴えない担任が紙を配り始めた。
「君たちは成績が中位であるとの自覚はありますね? 今後上へ行けるか、それとも下へ落ちるか。それは入試から今までの過ごし方で概ね判断できます」
ん? これってもしかして。
「入試以降、君たちは何をしてきましたか? 怠惰に過ごしていたのなら、すぐにでも下に落ちるでしょう。今日、入学後最初の授業では、今の君たちの実力を測らせてもらいます」
あのおっさん、人畜無害そうな顔をしてえげつないことをする。いわゆる抜き打ちテストだ。
だが俺には願ってもないビッグチャンス。
この試験が振るわなければ、簡単に落ちこぼれ認定してもらえるのだ。
遠くにいた生徒が恐る恐るといった風に試験用紙を渡してきた。そう怖がらなくてもいいんだよ? もうすぐお別れだからね。
「では、始めてください」
合図とともに、俺はワクワクしながら試験問題を眺めた。
…………あれ?
もう一度、よく読み直す。
うん。おかしいな。めちゃくちゃ簡単じゃない、コレ?
幼いシャルが英才教育を始めて最初の半年で学んでいた範囲だ。それよりちょろっと難しげなのもあるが、概ね俺でも鼻くそほじって解答できる。
入学直前にティア教授が個人的に実施したテストでは、問題文の単語からしてわからなかったんだけどな。
「なるほど、読めたぞ」
さっきは脅かしていたがあの冴えない担任、実は簡単な基礎問題でみんなを安心させる腹積もりか。
褒めて伸ばす。
そういう教育方針なのだろう。
となると、どう対応するか難しいところだ。
いくらなんでもここまで簡単な問題を間違えまくったら、わざとだと疑われる。
これでも辺境伯の息子だからな。ちょっとした教育は受けていて当然。実際には妹にも付いていけなかったけどね。
というわけで、この学校の最低レベルギリギリのラインを見極める必要がある。
……だいたい六割かな? 正答率の話だ。
それくらいなら『わざとじゃないだろうけどこの学校ではちょっと……』くらいのレベルとみなされるはず。
ふむふむ。魔法の威力計算もあるな。式を立てるのは簡単だから、計算でうっかりミスをして得点を抑えるのがベター。
ほうほう。属性の複数組み合わせか。相克とかややこしいと思わせつつ、実はパターンが決まってるからこれも楽勝。しかしこちらもうっかりミスで減点をいただける。
すらすら解く。ペンを置き、じっくり見直しも完了。うん、完璧だ。
「では、解答用紙を集めてください」
俺は軽い足取りで遠くにいた誰かに紙を渡す。
やがて解答用紙がすべて集まり、担任は一枚一枚さらさらっと確認していった。
ひと通り見終えてから、教室をぐるりと見渡して。
「皆さん、不安そうな顔をしていますね。すこし脅かし過ぎたでしょうか」
ん? なんだみんな、簡単すぎて逆に不安になったの?
「結果は……芳しくありませんね。空欄が目立ちます。埋めてあっても苦し紛れがありありと伝わってきますよ」
担任は意地悪な笑みを浮かべてのち、真顔になって続けた。
「今回の試験は、Bクラスでも苦戦するでしょう。平均五割いくかどうか、といったところでしょうか。しかしAクラスならば、平均で八割は見込める内容です。その意味するところはわかりますね?」
うん、さっぱりわからん。
いやいやいや、あれ? 俺のだけ超簡単だったとか?
「そう、クラス間の実力差は上にいくほど大きくなるのです。ライアス王子をはじめ幼少から研鑽していた彼らは、君たちが思っている以上に秀でています。Aクラスを目指すなら、生半可な努力では足りませんよ?」
ニヒルな笑みを作る冴えないおっさん。
「そんな中、六割ほど正答している方がいます。うっかりミスが散見されますが、実力は今すぐAクラスへ行っても問題ないレベルですね」
担任が目をキラキラさせる。
そのキラキラアイを、どうして俺に向けてるんですかね?
「ハルト・ゼンフィス君、素晴らしい! やはり国王陛下が推薦するだけのことはあります。ただ見直しはもう少し丁寧に行ったほうがいいですね」
にっこり笑顔が意外と可愛いおじさま。
「やっぱすごい人だったんだな」
「同じクラスなのが信じられないぜ」
「でもすぐ上へ行っちゃうのよね」
「もっと一緒にいたかったな」
方々から上がる、大いなる誤解の声。
ここってエリート校だよな? 真ん中レベルとはいえ、みんなその程度なの?
いや違う。
そうか、そういうことか。
ここにいる連中のレベルが低いのではない。
きっと幼いころにこのレベルを易々突破していた、我が妹が優秀過ぎるのだ。
シャル、お前どんだけ……。
「ハルト・ゼンフィス君は、次の考査でBクラス……いえAにまで上がれるよう、私からも推薦しておきましょう」
我が妹が優秀過ぎるゆえ、入学後、初っ端の授業で。
俺は高い評価を受けてしまうのでした――。




