妹という生き物
四章スタートです。
妹という生き物は、本当に兄の心が読めるんじゃないかと思う。
血のつながりだとかはむしろ薄いもので、それは兄妹という概念――魂が結ばれたがゆえの必然である、と。
「かようなモノローグを用意しました。今日のよき日にお納めください兄上さま」
「寝起きに唐突すぎるがお前からの贈り物だ。ありがたく頂戴しよう」
でもいつ使えっちゅうねん。
とか思いつつ、起き上がって我が妹シャルロッテの頭を撫でてやる。嬉しそう。
さて、今日は王立グランフェルト特級魔法学院(長い)に入学して初めての授業の日である。ちなみに俺は本体のハルト・ゼンフィスだ。
わざわざ分身を作って学校生活はそいつに任せようとしたものの、すったもんだあって一日交代に落ち着いてしまった。
そんでもって今日はたまたま俺の担当、となっているのだ。気が重い。
俺は身支度を整えて妹に行ってきますをしてから『扉』をくぐった。
「おはようございます、ハルト様」
ぐーすか寝ているコピーの傍らに、犬耳メイドが直立していた。
「フレイ、なんでいるの?」
「彼女は学内で兄上さまのお世話をする役に志願したのです」
そしてシャルはなんで付いてきてるの?
むにゃむにゃ言ってるコピーを美少女フィギュアに戻して机に置く。
「てか部外者を連れ歩いていいの?」
「問題ありません。貴族の子女が集まる学校ですから、従者の同伴は認められています」
そうなのか。申請とかいらんの? 部屋に同居はマズくない? とかもろもろは後にするとして。
「魔族はマズいだろ」
辺境では父さんのお墨付きもあり受け入れられているが、王都でケモミミと尻尾を生やしたのがうろついていたら大騒ぎになる、と思う。
「むろん、抜かりはございません」
シャルはどこぞから何やら取り出して、すぽっとフレイの耳に被せた。白い、布だ。
「これでケモミミ風カチューシャに大変身! 尻尾はロングスカートに隠してあります!」
「なるほど」
いや絶対バレるだろコレ。凛々しいフレイがちょっと可愛くなったけども。
だからといって、可愛い妹の思いつきを否定しないのが兄である。
「けど、やるんなら徹底しないとな」
俺はフレイの耳を光学迷彩結界で見えなくした。
「おおっ! さすがは兄上さま!」
「ほれ、尻尾も出せ」
「助かります。どうにも股の辺りがむずむずしていたので」
フレイはガニ股になってスカートをたくし上げ、ごそごそしてお尻辺りからふさふさの赤い尻尾を出した。
君さあ、女の子なんだからさあ、そういうのはさあ。
とりあえず尻尾も結界で見えなくする。
「言っとくが、見えなくしてるだけで実際に耳や尻尾はそこにあるからな。触られたりしないように注意しろよ?」
「承知しました、ハルト様」
「でも、これができるなら俺、リザのほうがいいな」
ぼそりと言うと、フレイはがびーんってなった。
「たしかに兄上さまのお供にはリザが適役ですね」
「くっ……主に望まれないのは我が不徳。真摯に受け止め、省みて精進するのが忠道だ。だがシャルロッテ、君にまで否定されるとは……」
フレイは四つん這いになって打ちひしがれている。
「顔を上げてください、フレイ。わたくしは『適役』と言ったまで。あなたの兄上さまに対する忠義は微塵も疑っていないです」
シャルは膝を折り、フレイの手をそっと取る。なんか小芝居が始まったよ?
「たとえば、先日コピーの兄上さまが悪漢に襲われました。もしあなたがその場にいたとして、どうしますか?」
「わかりきったこと。分身とはいえハルト様に仇なす者だ。分身を庇い、然るのち速やかにそっ首を刎ね飛ばす」
「それ。それですよ。あなたは兄上さまへの想いが強すぎでやり過ぎてしまいかねません。コピーの兄上さまならその身を守るのもよいですけど、兄上さま自身はよりスマートに解決なさるでしょう」
「うむ。たしかに状況次第では不必要に体が反応してしまうな」
「ほぼほぼ問答無用で襲いかかりますよ?」
「俺もそう思う」
またもがびーんとなるフレイ。
「それにほら、リザは諜報業務は得意ではないですし」
「ふぅむ。たしかにあいつ、ハルト様が用意してくださった監視用魔法具の操作に不慣れだものな。『裏生徒会』なる秘密組織の実情を暴くうえで、日中単独で動かすには心許ない」
ああ、まだ在りもしない裏生徒会やらを探す遊びをやるつもりなのか。
「てか、リザがどうしたって?」
あの子は魔法にも詳しいし頭もいいから、俺的にはまったく不安要素がないんだけど。
シャルはすっくと立ちあがり、「少々お待ちを」と駆け出した。『どこまでもドアー』を潜って待つことしばらく。
「シャルロッテ様、そこ、〝逢魔の庭園〟への扉じゃない。通らなきゃダメ?」
「いつものようにわたくしと一緒です。大丈夫ですよ」
ぐいぐいとリザを引っ張って現れる。
リザは不安そうな顔で、扉をくぐる瞬間はぎゅっと目をつむっていた。
「えらくビビっているようだが?」
俺が尋ねると、リザは申し訳なさそうに答える。
「わたし、仕組みが把握できないものが苦手で……。あの扉は、転移魔法とは違う。どういう理屈で王都と城を結んでるの?」
「謎時空で」
「ハルト様もわかってないの!?」
涙目で怯えられると何か悪いことをしている気がする。
「まあ、とにかくだ」
俺はこれまでのやり取りを極々簡単に説明する。
「うん、命令には従う。でも、シャルロッテ様のお世話はしなくていいの?」
「代わりはフレイにしてもらいます」
「いいだろう。だがシャルロッテよ、覚悟しておけ。私はリザほど甘くはないぞ?」
「見えなくなったもふもふをもふもふしていいですか?」
「話を聞いてたか!?」
ぎゃーぎゃーと二人が騒がしい横で、俺はリザの角と尻尾を見えなくする。青髪ショートのいたいけな女の子メイドの出来上がりだ。まあ、竜人姿でも可愛いけどね。
「周囲からは見えなくしてるけど、実際には今までどおりあるからな。注意してくれ」
「もともと視界に入らない部分だから問題ない。でもこれは、どういう理屈で……」
「ええっとだな、視覚というのは反射光が目に入ったときに――」
わかる範囲でこんこんと説明する。
「そうだったんだ。空が青いのにはそんな理屈が……。自然界にもわたしが知らない原理原則がたくさんあるんだね。すごいな。ハルト様は物知りだね」
うん、めちゃくちゃ脱線したけど、どうにか納得してくれたからいいか。
しかし時間を取ってしまったな。
早く出ないと遅刻しちゃうぞ。
サボって退学は俺の目指すところではない。あくまで一生懸命な姿勢を見せつつ、実力がないと判定されなければならないのだ。
てなわけで、そろそろ授業の準備をせねば。
「で、今日って何やるんだっけ?」
「兄上さま、こちらが授業の一覧です」
シャルに紙を手渡された。実は見るの初めてである。
「今日の一限目は共通授業です。クラスの顔合わせですね」
俺より詳しい我が妹。
授業は選択制だが、いちおう二十人程度をひとまとめにしたクラスが存在する。基礎教養とかそんな感じの授業はクラス単位で受けるのだ。
「俺は……Cクラス?」
響き的に中途半端な感じがする。
「はい。五つあるうちでど真ん中のクラスですね。兄上さまなら最上位のAであるはずですのに……。しかしご安心を。クラスは定期考査の結果で入れ替えますから、次でAに上がるのは確実ですね」
なるほど。そういうシステムか。
俺は王の推薦を受け、入学試験を免除されている。つまり実力のほどは教師陣に把握されていない。(勝手に試験を敢行した女教授がいるけどその結果は明かされていないはず)
だから『とりあえず真ん中にしとくか』でCクラスに入ったのだろう。
でも俺、たぶん最低クラスでも付いていけないと思う。
幼いシャルが英才教育を受け始めたとき、そろって同じ授業を受けさせられたことがあるのだが、一年もたずに挫折したからな。
実際、ティア教授が個人的にやった試験でも問題用紙に書いてある単語すらわからなかったし。
「それで、っと。次の授業は……『属性細論Ⅰ』?」
概論より難しい授業だ。ふつうは二、三年生で選択するものらしい。
「……マジか」
俺は授業一覧を隅から隅まで眺めた。
なんということでしょう。
一年次の共通授業を除けば、ほぼほぼ上級学年で受けるような難しい授業ばかり。
たとえエリートで鼻っ柱が高い連中であっても、自分の専門なら一個、二個は背伸びして取るかも知れない高度な授業だらけだった。実技系もヤバめなのが目白押し。
ふつうに考えたら地獄でしかない。
「ああ、そうだ。ふつうなら、な」
先にも述べたが、俺の学力は教師陣に知られていないはず。王の推薦という事実があるだけだ。
そんな俺が高度な授業ばかりを選択すれば、期待は大いに膨らむだろう。
そこから落とす。
めっちゃ落とす。
『ぼく、本当は頭も魔法レベルも最低のクソザコだったんです。王様にはそう強く言ったんですけど……聞いてくれなくて……』
などと被害者を装えば(実際には嘘を言ってないし)、期待はこれ以上ない落胆へと変わり、劣等生の称号が易々と手に入るというわけだ。おそらく。
「やるじゃないか、シャル」
しかも、である。
授業は週七日のうち六日もある。週休二日でも苦痛なのに。
が、シャルは見事な『選択』により、週のど真ん中にぽっかり授業のない日を作っているではないか。
「わかってる。わかってるなあ、シャル」
妹とは、兄の心を読む生き物なのかもしれない。
まさかシャルが用意してくれたみたいなモノローグを、こんなに早く使う場面に出くわすとは。
いやそれ以上だな。俺の内心を汲み取りまくりですよ。
シャルの頭を撫でてやる。
彼女は照れ照れとしつつ、
「兄上さまほどのお方なら、最高難度の授業でも足りぬほど」
ん?
「むろん授業時間も最低限に留めました。兄上さま本来のお仕事に差し障りがあってはなりませんから」
んん?
小さくどやぁな顔をするシャルを見て、思う。
妹という生き物は、べつに兄の心が読めるわけじゃない、と。
 




