懲りない男の末路
なぜ? どうして? シュナイダルはただただ混乱していた。
なぜ? どうして? こうまで早くこの男に感づかれたのか?
「ひぃ……」
自室で暗殺部隊の報告を待っていたら、現れたのは黒い男だった。
虚空に薄い長方形の何かが浮かび、彼が送りこんだハーフェン家の精鋭部隊が林の中で話をしている姿がそこに映っている。
『防御用の結界には録画機能も付けておいたんだ』
男が意味不明なことを言ったのち、シュナイダルに見せているものだ。
(なんなのだ、これは……?)
遠見、千里眼など言い方は複数あるが、離れた場所を映し出す魔法は存在する。
しかし『人』には実現できぬ領域だ。特殊な属性を持つ魔族の一部が使えるのみ、あるいは古代魔法の流れをくむとも言われている。
(この男、魔族なのか)
男の正体の一端が垣間見えたものの、やはり決定的とまではいかない。魔王が滅しておよそ十七年。魔族が王都で『正義』を語る意味がわからなかった。
首から下は動かない。石の中に閉じ込められたように、身じろぎすらできなかった。
(ともかく今は、時間を稼がなければ)
精鋭部隊はいまだ健在だ。彼らが仕事を終え、ここに戻ってくれば勝算はある。なにせ閃光姫を倒すべく鍛え上げた精鋭中の精鋭なのだから。
精鋭部隊の隊長が作戦の説明を終えた。
「これ、お前が命じたんだよな?」
「ち、違う! 私ではない! こんな奴らは知らな――ぐぅうぅぅ……」
右足が、ぎちぎちと締めつけられた。
映像が切り替わり、隊員の雑談が流れる。
「ほらここ、『ハーフェン家』の『坊ちゃん』って誰? お兄ちゃんとか弟がいるの?」
「そ、それは……」
シュナイダルは内心で舌打ちする。余計なことを話した隊員に怒りがこみ上げた。
「それより、いいのか? このままではハルト・ゼンフィスたちが殺されてしまうぞ?」
こうなったらあえて男を精鋭部隊にぶつけるほかない。
奇妙な魔法を操る男に奇襲されれば被害は出るだろうが、彼らなら男を抹殺できるはず。
「ん? 録画って言ったろ。あいつらは全員捕らえてある」
「……ぇ?」
「だから、今見てたのはちょっと前に起きたことなの。ここへ来る前に、あいつらは俺が倒した」
「バカな! 一人一人がレベル25を超え、部隊全体では閃光姫にも匹敵する連中だぞ。たった一人でどうにかできるものか!」
「へえ、詳しいじゃないか。やっぱりお前があいつらをけしかけたんだな」
「ぅ……」
「ま、たしかにあいつらレベルは高かったよな。でも狩るのに熱中してて俺には全然気づかなかったからな。俺が到着した瞬間に勝負はついてた。そのあとちょっと遊んじゃったけど」
やはり、信じられなかった。
彼らは精鋭中の精鋭。プロ中のプロだ。近づく者はけっして見逃さないよう、幾重にも結界を張っていたはず。注意を怠るとは思えない。
(どうする? 私はどうすれば……)
男が精鋭部隊を全滅させたなど信じない。ならばやはり、今は時間を稼ぐのだ。彼らが戻って来るまで。
「で、どうなのよ? お前が首謀者で間違いないよな?」
だが、つなぐ話も思い浮かばない。シュナイダルは開き直った。
「ああ、私だ。私が命じた。だからどうした? 貴族がプライドを傷つけられたのだ。相応の報いは受げきゃぁ!?」
右足がつぶれた。
「わ、悪かった……。もうしません。ゆるじてください……」
「許す? お前はあいつらがそう懇願する間も与えずに殺そうとしたんだよな?」
「取引、しないか? いやしませんか? 部隊は引き揚げます。今から使いを急がせれば、ハルト・ゼンフィスたちは救えるかもしれません」
「だからぁ、そっちはもう終わってるの。あいつらはお前の隣にいるよ」
「へ?」
シュナイダルは首だけ動かして辺りを見回す。目いっぱい振り返り、見える範囲はすべて確認したが誰もいなかった。
「私を、殺すのか……?」
男が嘘を言っていようと、どのみちもう間に合わない。
「んー、お前を殺すと、やっぱ俺が疑われるよな?」
昼間のふざけたやり取りが思い出された。男がこの身に妙な魔法をかけた事を、ハルトたちは知っている。しかし彼らも男の正体は知らない風だった。
彼ら以外では、男の存在すらほとんど認知されていないはずだ。
自分が殺害されたとして、真っ先に疑われるのはむしろ――。
「ハルト・ゼンフィス……」
直近で自分とトラブルを起こした彼だろう。
「おっ、すごいなお前。気づいたのか」
男はシュナイダルのつぶやきに妙な反応を示した。
「声は誤魔化してるけど、やっぱこの話し方だとバレちゃうか。どうも頭にくると素に戻っちゃうんだよな。演技を徹底しないと」
男が、つるりとした黒いヘルムに手をかけた。ためらいなくそれを外すと、
「ぅ、ぁ……」
「ご名答。俺がハルト・ゼンフィスだ」
いるはずのない男が、そこにいた。
「バカな……。お前は昼間、確かに黒い男と一緒にいた、のに……」
「あっちは俺の分身みたいなもんで……ってあれ? なんでそんなに驚いてるの? え、もしかしてバレてなかった?」
ハルトはぽりぽりと黒髪をかく。
「ま、お前から漏れることはないし、べつにいっか。でもなんで俺の名前が出てきたんだ?」
「わ、私を殺せば、ハルト・ゼンフィスが疑われるという意味で……」
「ああ、そっちね。俺もさっきはそっちの意味で言ったんだよな。だからまあ、対策は考えてある」
ハルトは黒いヘルムを床に放り、散乱した部屋を物色し始めた。
机の上に置いてあった紙を眺める。シュナイダル直筆の書面だ。
「要するに、お前と同じことをやればいいんだよ」
ハルトの手に紙が一枚、突如として現れる。
シュナイダルに寄ってきて、それを掲げてみせた。
「……『旅に出ます。探さないでください』?」
自分の筆跡とそっくりそのまま。何かを書いているそぶりはまったく見せなかったのに……。
「行方不明にすれば、いろいろ誤魔化せるんだろ?」
「は、ははは……。そんな浅はかな考えが通用するとでも思っているのか?」
「お前、自分で言ってて哀しくなんないか? ま、証拠はないんだ。お前はこの屋敷に戻ってきていた。俺はティア教授の研究室で寝てる。疑われたって事件は迷宮入りってな」
ハルトがぴんと紙を弾く。
「下を見てみろ」
ひらひら落ちる紙に合わせて、恐る恐る視線を下げると、
「ひっ!?」
下半身が消えていた。
「ちょっとだけ持ち上げた。ほんの数ミリ、縦横高さそれぞれに垂直な方向にな」
「なに、を……」
言っているのか? 理解がついてこない。
「三次元空間からは認識できないところだよ。お前のお仲間もいるから、寂しくはないぞ? ま、顔を合わせられるか知らんし、あいつらがまだ生きてるかわからんけどね」
「やめ、てくれ……」
涙でぐちゃぐちゃにした彼に、ハルトは顔を近づける。
「お前、俺を殺そうとしたんだろ? だったら逆に殺される覚悟くらい、しておけよ」
ハルトが離れた。片手を持ち上げる。
残った上半身が、腰から徐々に消えていき、
「たしゅけ――」
シュナイダルは、この世界から姿を消した――。
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