おいたがすぎたらお仕置きを
コピーをこっそり監視していたのが本体である。
クセの強いちびっ子メガネ教授とKY女に挟まれて面倒事に巻きこまれないか心配していたが、予想が的中したようだ。
俺は光学迷彩結界で姿を隠して観察していた。勘のいいイリスに気づかれないかひやひやだったが、この状態でさらに物陰に潜んでいた安定のかくれんぼスキル。
俺が全身黒ずくめの『シヴァ』モードで登場したのには意味がある。
コピーと同じ場所にいることで、『ハルト=シヴァ』との疑いを晴らすためだ。
「そこの少年と俺はいっさい関係ない。俺は王都に混沌をもたらす〝悪〟を裁きに来たのだ。そこの少年とはいっさい関係ない。ここ大切。なので二度言った」
「おお、おおっ! キミが古代魔法使いだね。痩せ型だが筋肉質のその体形。つるりとしたヘルムもセンスがいい。率直に言ってカッコいい!」
話聞いてた?
「しかし、ふむ。〝悪〟ときたか。そこの跡取りがいかがわしい団体に所属しているのは把握済みといったところか」
そんなん知らんがな。まさか本当に裏生徒会ごっことかやってんのかね。ま、どうでもいいけど。
「余計な詮索はしないことだ。今回に限ればそこの貴族の反省を確かめに来た。ただそれだけだ」
ティア教授を相手にすると疲れるからね。とっととやることやって退散しよう。
「シュナイダル、我が忠告に従い決闘を取り下げたのは評価しよう。念のため今夜いっぱいはその状態でいてもらうが、明日の朝には拘束を解いてやる」
「貴様……」
「不満かな? 自力で解ける自信があるなら俺は何もしないが」
ぐぬぬと貴公子さんは悔しがる。
でもぶっちゃけ、結界魔法とバレた時点で解かれる可能性は大いにある。ティア教授は意外にも無理めだと言ってたけど、結界破りなんてめちゃくちゃ簡単だからな。俺もよくやった。
とりま用は済んだし帰ろう。
そう、思ってはいるのだが。
「もしかしてもうお帰りかい? もうすこしゆっくりしていきたまえよ。なにせワタシはキミが登場してから271の質問が浮かんだのだから、そのすべてに答えてもらわなくては困る」
ティア教授はエサを前にしたヘルハウンドみたいな眼光で俺を見据えて舌なめずり。
「これはなんのマネだ?」
しかも俺、動けません。
目だけ下に向ければ、胸と腰、手首と上腕あたりに光る輪っかが見えた。太ももと足首、それから頭と首にもくっついてるな、これ。
「油断したねえ。ハーフェン家の跡取りとの話に夢中で気づかなかったかい?」
半眼になって得意げに胸を反らすもつるーんぺたーんだ。
「ワタシの拘束魔法はそこらのものとはひと味違うよ? 閃光姫にだって破られない自信がある。いくら古代魔法を操るキミでも、そう易々とは――」
バキンッ!
「ひょ?」
バキンッ、バキンッ、バキバキバキバキッ!
ひとつひとつ丁寧に破壊した。ティア教授は変な声を出して以降、目を見開いて口を開け広げている。
「【土】属性と【闇】属性のブレンドか。たしかに【土】単体の拘束魔法より堅牢だな」
でもこの手の魔法はしっかり研究済みだ。
光の輪は魔力で作られた高出力の力場で、一般的な魔法防御壁なんかと根底は同じ。前に閃光姫とやり合ったときに完全に防がれちゃったから、壊しやすいやり方を模索し、見つけていたのだ。
コツは力場に逆らわない感じで破壊用の結界をぶち当てること。
まあ、閃光姫に通用するかはわからんけどね。
でもこのちびっ子もなかなか優秀だ。
魔法レベルは【33】でまあ高いほうだけど、それより基本四属性に特殊属性の【闇】まで持ってる『超多重属性』なんだよな。
実のところ何か仕掛けてくるとは気づいてたんだけど、古代魔法を使うのかと思ってわざと見逃していたのだ。どんなもんか知りたくて。ほんとだよ?
でも属性付きってことは普通の魔法なんだろうな。残念。
ぽかーんとしていたティア教授がハッと我に返る。
「今どうやったのかな!? そしてワタシは今どうなっているのかな!? まったく動けないのだけど!」
拘束魔法を破壊中にティア教授がびっくりした隙をつき、彼女に拘束用結界をおみまいしておいた。
ポルコス氏が血相を変えて叫ぶ。
「余計なことして怒らせたにきまってるじゃないですか! 早く謝ってください!」
「すごいやポルコス君! 完全なる領域固定化だ。首から下が岩にでも埋めこまれたようにびくともしない。息をするのもひと苦労だよ」
「いいから早く謝ってください! どう考えても貴女が悪いですよ」
「うん、すまなかった。好奇心に負けて暴走してしまったよ。反省している。ほんとだよ?」
嘘くさいなあ。
「ところで先の質問に答えてほしい。ついでに524に膨れ上がったワタシの疑問にも回答を願う」
「だから博士、失礼ですってば! 死にたいんですか!」
「むぅ、対価が命では釣り合わないな。かといって金はない。研究費はかつかつだし、実家からくすねようにもワタシは勘当されたも同然だからね。そうだ!」
ティア教授はきらっきらに目を輝かせて言った。
「ワタシの処女でどうだろう? 何年物かは内緒だけど、美味しくいただけること請け合いだよ?」
「この娘はもう! ほんとにもう!」
ポルコス氏、滴る汗を拭いもせず地団太を踏んでいる。なんでこの人はこんなのとつるんでるんだろう? 助手だって聞いたけど、弱みでも握られてるのかな?
「はっ!」
今度はなんだよ?
「…………お、おしっこ行きたい」
ポルコス氏、四つん這いになって打ちひしがれている。
「というかこの、拘束魔法? いろいろ圧迫しすぎだよ!」
「今後、俺の詮索はするな」
「このタイミングでそれを言う!? キミなかなか交渉上手だな!」
「返答は?」
「ああ、うん、わかったごめん。さすがのワタシも今日入ったばかりの教え子の前で粗相はしたくない。てか意識したら我慢の限界がすぐそこに!」
「本当に詮索しないな?」
「ほ、ほんとほんと。いやこれ、冗談抜きで、ほんとに、まずい……」
脂汗が汗かきおじさん並みにだらだら垂れてきた。
「本当の本当だな?」
「はひ……、ほんとうれひゅ……」
余裕ぶっこいてた顔が笑ったような苦悶の表情となる。
俺もべつにそっち系の趣味はないし、許してやるか。
結界を解いた。
ティア教授は一目散に部屋から脱出。
「今日のところは諦める。でも次の機会はゆっくりお話ししようねーえーぇー……」
そんな捨て台詞を残して、トイレに駆けこんだ。
「では俺も行く。さらばだ!」
窓から颯爽と外に飛び出した俺ではあるが、なんていうか、締まらないね。




