俺、争奪戦
おとうとがあらわれた!
おとうとはいきなりおそいかかってきた!
しかしハルトはおとうとをくみふせた。
からの、
おねえちゃんがあらわれた!
おねえちゃんはやさしくほほえんでいる。
というのがたった今起こったことのあらすじ。その前にちびっ子メガネに捕まっている俺。
なんだか混沌としてまいりました。
さっきまで俺に組み伏せられていたライアスが不敵に笑う。
「聞いたぞ。あのハーフェン家の御曹司を倒したんだってな。さすが僕に勝った男だ」
「彼の最近の素行には目に余るものがありました。反省して大人しくなってくれればよいのですけれど」
「へえ、ハルト君は王子に勝ったことがあるのか。今年の新入生ではずば抜けた実力を持つ王子にねえ」
「子どものころの話ですよ」
実際、俺はあのころからさほど強さは変わってない。ちょっと結界魔法の扱いがうまくなったくらいだ。
周りがざわつく。
ライアスの言葉に反応したようだ。たった今のあいさつ程度のやり取りじゃなく、実際の勝負で俺が王子に勝ったのは相当な衝撃らしい。
この話題を膨らませてはならない。というわけで話を切り替えにかかる。
「俺に何か用ですか?」
「おいおい、同じ新入生なんだから丁寧な口調はやめろよ」
「いえ、王女に尋ねたので」
「なんだとぉ!」
「ライアス、大声を出さないで。ええ、貴方に用事があって探していたのです。ハルト君、もう所属は決まりましたか?」
「いえ、まだです」
「よし! それじゃあ僕と同じとこだな。厳しいが、がっつり鍛えてくれる教練室だ」
「いいえ、私と同じ研究室に入りましょう。最先端の魔法研究が行える、とても有意義なところです」
「ちょっと待った。最初に彼に目を付けたのはワタシだ。たとえ王家の人間でも、ここは譲れない。というか、学内で権力を振りかざしてもらっては困る」
ライアスがすすっと寄ってきた。でかいから邪魔だな。
「おいハルト、このちっこいのは誰だ?」
「む、ちっこいのとは失礼だね。ワタシはティアリエッタ・ルセイヤンネル。この学院の教授だよ。古代魔法が専門だ」
「ぉ、おう……これは失礼を。いやでも、最初とか関係ないっすよね。教師だからって遠慮もしないっすから」
驚いたな。あの尊大だったライアスが、いちおうは畏まっている。成長したんだね。お兄ちゃんは嬉しくも悲しくもないや。興味ないから。
「てか思い出したぞ」
ライアスは俺に耳打ちする。
「ルセイヤンネル教授って、いろいろ問題があるんだよ。ろくな成果も出せない古臭い研究やってて、他の教師とも衝突しまくりらしい。悪いことは言わない。そこだけはやめとけ」
「王子殿下、聞こえているよ。成果は出せていないのではなく、愚か者どもが理解できないだけだ」
「な、こういう感じなんだよ」
「なにおう! やるかこの野郎!」
お怒りぷんぷん丸のちびっ子教師をまあまあとなだめる我がお姉ちゃん。
「とはいえ、ルセイヤンネル教授には申し訳ありませんが、ここは私も譲れません」
「ティアで構わないよ、王女。でもダメ。この子はワタシのものだ」
「いいや、僕と一緒に来てもらう」
なんだか知らんが、俺の取り合いが始まってしまった。
しかも、である。
「あの子、まだ所属を決めてないって」
「俺たちも行くか?」
「でも王女と王子の間に入るのはなあ」
「なんかちっこいのもいるし、大丈夫よ」
このままでは収拾がつかなくなりそうだ。
とっととこの場を離れたほうがいいな、これ。
「「「ところで」」」
いきなり三人そろってなんですかね?
「さっきからワタシらの周りを」
「ぐるぐる回ってる白い髪の妙な女は」
「ハルト君の知り合いですか?」
あー、俺も気にはなってたよ。男装した白髪ポニーね。
「む、ピンときた。彼女、筆記試験で成績トップだった平民の子だ。実技がさっぱりで総合では平均よりちょい上だけど、古代魔法にも詳しくてチェックしていたのだった。ハルト君に夢中で忘れるところだったよ。えーっと、名前はなんだったかな……?」
さっそく名前をお忘れですか。てか、チェックしてたなら俺じゃなくてあいつを勧誘してよと思う。
「実は俺、あいつと約束してたんですよ」
ま、ここはあの女を利用させてもらうか。
「それと、俺がどこに所属するかは俺が決めるので。もう誘わないでくださいね」
きっぱり言って、俺はダッシュ。白髪ポニーの腕をつかんだ。
「王子と王女の誘いを断ったぞ」
「あんなにはっきりとは言えないよね」
「マネできねえ」
「すげえな」
いちいち驚かんでくれ。俺にしてみれば同年代の親戚の子たちだ。実際は姉弟だけど。
「あ、待ってくれハルト君。ってちょ、何をする!」
「あんたはいい加減、諦めなよ」
ライアスいいぞ。そのままちびっ子メガネ教師を羽交い絞めにしておいてくれ。
「ぅぅ、ワタシは諦めないぞー!」
なんて言葉を聞きながら、俺は白髪ポニーを引っ張っていった――。
校内の林の奥へたどり着く。無駄に広いなこの学校。
「助かった、といちおう礼は言っておく。しかしお前はもう用済みだ。どこへなりとも行くがいい」
「まったく状況が理解できないのだけど、せっかくの機会だから話がしたい」
こいつもブレない女だな。
「ただ、ボクは今すこし困惑している。理解できない度合いは、キミに対してがもっとも大きい」
「ん? 俺?」
また妙なこと言うなあと思った次の瞬間、
「ああ。今のキミは、昨日のキミと同一人物なのだろうか?」
俺の中で、何かのスイッチが入った。
半径十メートルの半球状結界を構築する。外からは光学迷彩で俺たちは見えず、音という音は外に漏れない。脱出も侵入も許さない堅牢な檻だ。
女の顔が強張った。左右や上に目を動かす。
「結界、なのか。見事なものだね」
「……お前、見えるのか?」
俺の警戒レベルがさらに上がる。俺の結界を目で捉えられたのは、後にも先にも閃光姫だけだ。本人に確認したわけじゃないけど。
ともあれ、こいつは――。
「いや。さすがにこれだけ完璧な結界をボクは視認できない。肌感覚、ともすこし違うのだけど、『なんとなく』感じる程度だ。極限まで集中しなければ見逃していただろう」
それでも魔族のフレイやリザより認識できているな。
勘がいいのか? だから俺とコピーを見分けられた? わからん。わからんから、訊いてみよう。
「俺、昨日と何か違うか?」
「え? ああ、さっきの話か。ボクの発言が気に障ったなら謝ろう。ただ、昨日のキミからはまったく魔力を感じなかったのに、今日のキミには吹き飛ばされそうなほどの魔力の『圧』がある」
「外見がどうこうって話じゃないのか」
「見た目は変わらない。だから不思議だった」
ふむ。たしかにコピーには魔力なんてない。だから魔法も使えない。でも俺の魔力レベルで『圧』とか言うのって、フレイとかリザくらいだな。あ、あとは召喚獣たち。
「お前って魔族なの?」
「その発想の源を探りたい気持ちだけど、やめておこう。ボクは人間だよ。そうでなくては困る」
いまいちよくわからん言い方をするな、こいつ。
「まあいいや。お前、俺になんか用があるんだろ? なに?」
とりあえず何かのスイッチをオフにする。結界はそのまま。ちびっ子メガネ博士に捕捉されてはたまらないので。
女(そういや名前を聞いてない。今さらなので訊けもしない)はまっすぐに俺を見て言った。
「謝罪と感謝、そしてお願いを伝えたい」
多いな。
「まずは謝罪から。昨日はトラブルに巻きこんで申し訳なかった。その際に謝罪はしているけど、その後もあの上級生にキミは攻撃されてしまった。さらに決闘を申し込まれてもいたね。ボクが適切な行動を行えなかった結果だ。本当に、すまない」
女は深々と頭を下げる。たっぷり時間をかけて顔を持ち上げると、
「そして彼が魔法を放つ直前、ボクを脇に寄せて攻撃から守ってくれた。その意図をボクは推測できないのが申し訳ないけど、結果だけ見ればキミはボクを救ってくれた。ありがとう」
そんなつもりはまったくございませんでしたが? コピーは邪魔だから押し退けただけだ。
「そして、最後のお願いについてなのだけれど……」
女は困ったように眉を八の字にして言い淀む。やがて意を決したように大きな声を上げた。