俺の評価がうなぎのぼり(解せぬ)
コピーがストライキを起こしました。
入学初日から不遇イベントてんこ盛りだったものね。
決定的だったのはちびっ子メガネ博士の拉致監禁事件だ。三時間も話を聞かされたらそりゃあね、トラウマにもなりますよ。
うん、ストライキ、やっちゃうよ。俺でもそうする。あ、俺だった。なら仕方ないね。
とはいえひきこもっての退学は父さんに迷惑をかけてしまう。
俺とコピーは明け方近くまで労働条件を話し合い、けっきょく『一日交代』という四文字で決着した。
昨日はコピー。なので今日は本体。
ぅぅ、行きたくないでござる。
でも今日は行かねばならない事情がある。
呼び出しを食らいました。
昨日の貴公子との悶着で、事情聴取されるそうな。俺はまったく悪くないのに。
で――。
「疲れた……」
十人の教師に取り囲まれての尋問は、一時間に及んだ。ちびっ子メガネよりマシではあったけど、疲れましたよ。
なにせ俺も必死だ。
問題行動での退学は父さんに迷惑かけちゃうからな。
とにかく『無我夢中で何がなんだかわかりませんでした!』とアピール。
ところが、である。
『にしても君、すごいねえ。あのハーフェン君を返り討ちにするとは』
『最近、彼の言動には困ってたんだよ。妙な会合に出入りもしているしね』
『侯爵家のバカ息子にはいい薬になったんじゃないか? あ、今の発言は内緒にね』
『ん? 君の処分? ないない。お咎めなしだよ』
『君が彼に絡まれた被害者なのは承知している。目撃者の証言から明らかだ』
『彼以外にケガした者はいないし、過剰防衛とは考えていない』
『ところで君、本当に魔法レベル2なの? もう一度測り直したほうがいい』
その後はどうやって貴公子さんを倒したのか、攻撃を防いだのかに質問が集中。俺のへんてこ結界魔法は知られたくないので、知らぬ存ぜぬで通すのに疲れてしまった。
ていうか、俺は落ちこぼれ認定されて退学したいのに、教師のみなさんはたいそう俺に期待されているご様子で。
貴公子あんちくしょうめ。
というわけで、ようやく俺は解放されて学校内をてくてく歩く。授業はとっくに開始されている時間だというのに、そこかしこに学生たちがたむろしていた。
俺たち新入生はまだオリエンテーション期間だけど、上級生が何やら勧誘している様子だ。
そもそもオリエンテーションって何やるんだ?
授業の選択は(どうせ退学するつもりだから)テキトウに選ぶにして、俺が学内をうろつく必要ないんじゃね?
なんか上級生はもちろん、新入生までぎらついた目で俺を見ている。
勧誘とかされるのは嫌だし、帰るか。
俺が踵を返そうとしたときだ。
「嫌です」
「まだ顔も合わせていないのに拒否するかね? というかハルト君は後頭部に目でも付いているのかい?」
さっそくちびっ子メガネことティア教授に声をかけられてしまった。先んじて拒否したが、ぐるっと俺の前に回りこんでくる。
「いや、昨日はすまなかった。これでも話しすぎたかなと反省しているんだ。というわけでどうだろう? ワタシの研究室に入らないか?」
「反省の色がまったく見られないですね」
「はっはっは、ワタシも必死でね。今年も所属学生がゼロだと研究室の存続が危ういのだよ……」
唐突にどんよりしないでほしい。
「立ち話もなんだし、ワタシの研究室に行かないか? いい茶葉が手に入ったのだよ。お茶請けもあるよ?」
「遠慮しておきます」
「ままま。そう言わずに。というかキミ、所属は決めあぐねているのだろう? だったらもう、ワタシのところでいいじゃないか」
「所属?」
「なんだ、昨日のワタシの話を聞いていなかったのか? たしかに目が虚ろで『はあ』とか『ほう』としか返事をしていなかったね」
ティア教授はやれやれとこれ見よがしに肩を竦める。
「教練室と研究室、その言葉も覚えていないかい?」
「前者はまったく」
「この学院のカリキュラムは『騎士コース』と『博士コース』に分かれているのは?」
「そっちはなんとなく」
騎士コースは実戦部隊の養成コースだ。将来国の主戦力たる騎士や軍人になるために、魔法を実際に使用して活躍する者を育成する。
博士コースは研究職向け。新たな魔法を開発したり、効率的な利用方法を模索したりする。
「研究室はまあ、そのまんまだね。部屋にこもって魔法の研究に没頭する。ワタシのところもそうだ。で、教練室は百戦錬磨の専任教師の下で魔法の使い方や応用を学ぶのさ」
学生は必ずどこかの教練室か研究室に所属する決まりらしい。
ただわりと自由度は高い。
所属は転々としてもよいし、コースを跨いでもいい。魔法研究する者が実践の腕を上げる目的で教練室に所属するのも珍しくないそうな。逆もまた然り。
「キミは研究室希望ではないのかい?」
「べつにどっちでも」
「ふむ。キミは実戦の能力も高そうだものね。昨日の騒動は聞いたよ。やるじゃないか。あの我がまま貴公子を伸してしまうなんてね」
「俺がやったんじゃないですよ。誰かが手を貸してくれたっぽいです」
「そうなのかい? でも今日はキミの話で持ち切りだ。『王の推薦を受けた新入生がいきなり大活躍』ってね」
「ぇ……?」
「ど、どうしたんだい? エサを取り上げられたヘルハウンドみたいな顔をして」
それめっちゃ怒ってませんかね?
ではなく、俺はきっと絶望したような顔をしているだろう。
ちょっと聞き耳を立ててみる。
「なあ、あいつだろ? シュナイダル様をやっつけたのって」
「一撃で吹っ飛ばしたらしいぜ」
「ゼンフィス辺境伯のご子息らしいわ」
「可愛い顔してるわね」
「お昼に誘ってみようかな?」
「お、いたいた。やっと見つけたぞ」
マズいな。
さっきから注目を浴びているような気がしたのはそれが理由か。
違うんだ、あれはなんというかたまたまで――って、最後に聞こえたのってなんだ?
声のほうに目を向ければ、
びゅおん!
ラガーマンみたいながっしりした若者がこぶしを突き出してきた。
ひょいと避けて手首をつかみ、後ろにひねりつつ背中を押してうつ伏せに倒した。
「いきなりなんですか?」
「へへ、さすがだな、ハルト。悪かった。お前なら余裕で対処できると思ったから、あいさつ代わりにちょっとな」
誰だか知らんが馴れ馴れしいな。
「って、お前もしかして忘れたのか? 僕だ、ライアスだよ」
はて、どこかで聞いたような? 俺が首をひねると、横からフォローが。
「この方はライアス王子殿下さ。王家の有名人以前に、ハルト君とは親戚だろう?」
「………………えぇ?」
「なんで残念そうなんだよ!」
あの小憎らしいガキンチョが、こんなごついマッチョさんに? 俺と同じ遺伝子を受け継いだとは思えない。お兄ちゃんは哀しいです。
「まったく、そんな乱暴なあいさつがありますか。ライアスが失礼をしました、ハルト君。そしてお久しぶりですね」
俺が手を離すと、ライアスを引っ張り起こした美しい人が俺にぺこりとお辞儀する。
「知ってます。マリアンヌ王女ですね」
「なんで僕は忘れて姉貴を覚えてるんだよ!」
そりゃあねえ、あの大人びた美少女がちゃんと成長したらこうなるだろうなあって感じするもん。
母親は違うけど、弟として鼻が高いよ。
まあ、それはそれとして。
「おいおい、王子殿下を組み伏せたぞ」
「入試で実技トップの王子を……」
「マジすげえ」
「やっぱ只者じゃないな」
だから違うんです。こいつ手加減したんだよ、きっと。そうだよね?
なんでこうも俺の評価を上げる感じのイベントが続くんだ、と恨めしく思う俺でした――。