やっぱり〝ここ〟は違うらしい
平日ながら昼どきをすこし過ぎたあたりでは、原宿の例の通りはなかなかの賑わいだった。
「ふわぁ~、甘くておいしいですぅ~♪」
我が天使シャルロッテちゃんが幸せそうにもちもちほっぺに手を添える。
もう一方の手にはイチゴと生クリーム増し増しのクレープを持っていた。その隣、
「外側は温かいのに中は冷たくて不思議な感じ。甘みと苦みもいいバランスだわ」
ユリヤも金色の瞳を輝かせてご満悦。こちらは抹茶アイスにチョコソースをたっぷりかけたクレープだ。
「ねえシャル、あなたのもひと口もらっていい?」
「もちろんです! ユリヤのも気になっていました」
向かい合い、互いのクレープを差し出すと。
ぱくり。
もぐもぐしたのち、二人は同時に「ん~♪」と満面の笑みを浮かべた。
パシャパシャとスマホで写真を撮る俺。
録画用結界で動画撮影も忘れてません。
「ちょっとお行儀は悪いけれど、歩きながら食べるのも楽しいわね」
「そうですね。マリアンヌ王女もこの際ですから試してみては?」
唐突に話を振られ、マリアンヌお姉ちゃんはあははと頬をかく。やってみたいが人目が気になる、という心情のご様子。
もっと羽を伸ばしていいと思うんだけどな。このところめちゃくちゃ忙しそうだったし。
と、シャルのおめめが輝きを増した。
「あ、あぁ、あれは!? なんですか兄上さま!」
指差す様があまりに可愛いのでパシャリと一枚写しつつ、そちらへ向く。
虹色のでっかいふわふわしたのを持った外国人がいた。
知っている。見たことがあった。
「巨大な綿あめだな。たしかこの辺りの名物だったはず」
オシャレな言い方をすればレインボーなコットンキャンディー。幼子の上半身くらいある。いやあんなでかいのかアレ。
「ワタアメ……、アニメで何度か目にしましたけれど、あんなに色鮮やかで大きなものだったのですね」
「アレは特別なんじゃないかしら? ここの名物みたいだし」とはユリヤ。
二人が俺に目を向ける。
みなまで言わずともわかっているさ。
俺は風のように店に突撃してしばらく並んでから目的の巨大綿あめをゲットした。
「と、とろけます! 口の中で! そして甘いですぅ~♪」
「あはっ♪ 本当ね、甘くて口の中で溶けてすぐなくなっちゃう♪」
虹というより雲みたいね、とユリヤが言うと、シャルも「たしかに!」と笑った。
写真を撮る手が止まりません。
イリスの呆れた声が届く。
「相変わらずキミは妹に甘いね」
「綿あめだけにな」
「え? いやアレが甘いかどうかという話ではなく……ともかく! いつまでここにいるつもりなのかな? キミのことだ、どうせ例の〝孔〟の場所は把握しているのだろう?」
まあな。すくなくとも『こちら』と『あちら』がつながっているのは確認できている。
たとえば、そう。
こんな感じで。
俺はスマホを操作する。
画面に見知ったお子さま顔が現れた。
『ずるい! ワタシが寝てる間に別の世界を堪能してるなんてホントにずるいぃいーっ!』
小さなメガネが落っこちそうなほど地団太を踏んで悔しがっている。
てかなんも説明してないのにこっちの状況を把握してるって何?
「もうちょっとしたら帰りますよ。土産話は期待しててください」
べつに煽ったつもりはないが、恨み節が返ってくる前に通信を終える。
イリスに向き直るとなんか呆れ顔がハンパなかった。
「べつに急がなくてもいいだろ? せっかくだからお前も楽しめよ」
言っている間に、別の声が聞こえてきた。
「ほほう? 肉か、いいな。ソース? うん、よくわからんがその鮮やかな赤いのがいい。たっぷりと頼むとしよう」
フレイがケバブ屋さんの前で不敵に笑っている。
その横では先に買っていたのか、リザが両手でケバブを持ちつつ小さな口をもぐもぐ動かしていた。
そういやイリスも歩きながら食べるのを良しとしない主義なのか、何も口にしていない。
いっちょ美味いもんでも食わすか、と話を振ろうとしたら。
「む? むふ、も、ほはぁ!? こ、れは、か、かか――ッ!」
見れば、ケバブを受け取るやかぶりついたフレイの様子が……。
「ぐはひゃぁ――ッ!?」
ゴォォォーーッ! と口から火を噴いてやがるけどぉ!?
器用なもんだと呆れる一方、当たり前だが突然の出来事にあちこちで悲鳴が巻き起こる。
が、直後にフレイの頭からざぱーっと大量の水が浴びせられた。
鎮火はしたものの、周囲は騒然として、騒ぎの中心たる俺たちに注目が集まった。
仕方がない。
俺はすぐさまみんなを光学迷彩結界で覆い、全員引き連れてこの場から退散するのだった。
と、その最中。
妙な声を聞いた気がした。
――魔物が出てきたの!?
はて? アニメとかゲームとか、そっち方面の話にしてはおかしくないかな?
あと、ウラニスってどこ行った? 原宿に来てから見てないんだが。まあいっか。
空を飛んでの移動は味気ない。
というわけで電車に乗って移動する俺たち。ターミナル駅で人が大勢降りたのでお子さま組は座席に膝立ちして窓の外を眺めている。
微笑ましいがめちゃくちゃ目立つ。
さて、目的地はあと20分ほど。
駅からはそこそこ歩くが、観光の一環と考えれば苦にはならないだろう。
ただ移動中、ここでも俺は妙な感覚に襲われていた。
俺たちをこの世界に吸い寄せた〝孔〟の場所は把握している。
あちらの世界から〝糸〟を伸ばしてつなげているので、それを辿ればおのずと〝孔〟に行き当たるのだ。
が、どうも〝孔〟の位置が想定と違っている。
今のところ〝糸〟は俺からみて斜め下。地下に向かっているのだ。
もとより東京は地下鉄網が張り巡らされている。
さっきまではそのどこかにあるんかなー、くらいに楽観していたのだが、〝孔〟に近づくにつれて不審が増してきた。
これ、めちゃくちゃ深いところにあるぞ?
不審は不安に色を変え、この世界への違和感が増していく。
そうして俺たちは目の当たりにした。
薄い青を背景に、赤くそびえる巨大な鉄塔。
一番の座を譲って久しいにもかかわらず、あらゆるものを見下ろすその佇まいは威厳に満ちていた。
東京タワー。
いまだなお東京都心の観光名所のひとつとして君臨している建造物だ。
その、すぐ足元に。
「あれはなんですか?」
「白……いえ、灰色っぽい妙な……建物、かしら?」
シャルとユリヤが首をひねる。
奇妙な構造物だ。
幅は五十メートルほどで、高さは二十メートルはあるだろうか。
外観はコンクリートのブロックにしか見えず、窓のひとつも見当たらなかった。
東京タワーのすぐ隣には道路を隔てて大きな公園があるのだが、その道路を跨ぐかたちで半分以上が公園側に鎮座している。
近寄ると、観光客がちらほらいて白い構造物と東京タワーをいっしょに写真に収めていた。
ぐるりと回る。
さっきの場所から反対側に、入り口のようなところがあった。
エレベーターの扉みたいに無機質な両開きだが、けっこう大きい。
縦三メートル、横幅は五メートルといったところか。
よく見れば扉の上に監視カメラが複数、脇にはカードリーダーっぽいのが設えてあった。
そして監視カメラのさらに上。
大きな看板が掲げられ、そこにはでかでかとこう書かれてあったのだ。
『TOKYO DUNGEON(トウキョウ=ダンジョン)』
『〝探索者〟資格を持たない者は立入禁止』
加えて面倒臭いことに。
元いた世界に戻るための〝孔〟につながった〝糸〟は、扉の奥へと続いていた――。




