異世界への〝孔〟と掃除機と
〝孔〟をティア教授の研究室へ持ってきた。
コレの正体を、俺はもう九割方つかんでいる。
ここではないどこかの世界へつながる〝孔〟。
学院長は『国家存亡の危機』と心配していたけど、実のところさほど危険はなさそうだ。
なにせつながってるだけで、実際に行き来するための機能が停止しているからね。だから何をしてもうんともすんとも言わないわけ。
電源が入っていない、と例えるのがしっくりくるかな。
というわけで、あとはティア教授に任せよう。結果報告は延ばせば延ばすだけ、俺の自由時間が増えるのだ。
そうして半分忘れかけていた三日後――。
シャルの授業が終わってお迎えがてら、リザも引き連れ訪ねてみれば。
「ぇ、もしかして寝ずに調査をしてたんっすか?」
目に深いクマをたたえ、今にも倒れそうにふらふらしているティア教授を見つけた。
「休む必要が?」
ヤバい。目がキマりきってる。
やつれ具合から見て睡眠どころか食事もとってないなこれ。
「今にも倒れそうです! すぐにお休みになりませんと!」
シャルちゃんは大慌て。
対してリザは冷ややかだ。
「大丈夫、放っておいたら倒れる」
なにが大丈夫だと言うんだろう? 青髪の小柄なメイドさんは冷気がにじむほど冷ややかである。
さすがに休ませるべきだろうと考え、
「きゃぷんッ!?」
意識を刈った。方法は内緒だ。
眠りこけたティア教授に流動食っぽいものを無理くり腹に流しこみ、自室のベッドに寝かせておいた。
ひと仕事を終え、そろそろあの〝孔〟はふさいでおくか、と元いたティア教授の研究室に向かっていたら。
「あら、ハルト君もいらしていたのですね」
上品なお声がかけられた。
声と同じく気品あるお姿。金髪をたなびかせ、端正な顔立ちに笑みを浮かべる。最近では珍しい学院の制服姿の彼女は、泣く子も微笑むマリアンヌ王女殿下である。
今は昏睡状態の国王の代理を務めていた。
その後ろからもぞろぞろとやってくる。
白いポニーテールを揺らす男装の少女はイリスフィリア。凛とした歩みながら、表情はどこか硬く見える。
さらに金色の瞳を妖しく揺らす銀髪美少女が、その姿と瓜二つの男子生徒を従えていた。ユリヤとその弟のウラニスだ。
ユリヤたちは好奇心から見学に来ても不思議はないけど、イリスや、まして公務で忙しいマリアンヌお姉ちゃんはなぜここに?
「出てきた場所が場所ですし、テレジア学院長がとても危険なものではないかと心配していました。けっきょくハルト君に押しつけることになってしまい申し訳ないと言いますか……」
代理とはいえ国のトップとして、激励はすべきと判断したらしい。
なんとも律儀なことだ。
もじもじする姿は王女とかじゃなく、年相応の女の子なんだよなあ。
「ボクも話を聞いて気にはなっていた。心当たりがないとも言えないしね」
イリスの表情は真剣そのもの。学院長もティア教授もまだはっきりとはわからんモンに心当たりがあるの? ときどき埒外に物知りだよな、こいつ。
「わたしは興味があっ「うん、お前はわかりやすいよな」」
聞くまでもないと言葉を遮ったのだが、ユリヤは口を尖らせるどころか一瞬きょとんとしたあと、意味深な笑みを浮かべて言う。
「なあんだ、その様子だとハルトはもうわかっちゃったみたいね。それで? アレはなにかしら?」
注目が集まるも、さてどう話したものか。
俺がしばらく黙っていたら、ユリヤはイリスフィリアに顔を向けた。
「あなたには心当たりがあるのよね? それってなに?」
「以前とある魔法の実現に向けて四苦八苦していたとき、偶然似たような事象に遭遇したことがあるんだ。と言ってもこんなに大きくはなかったし、しばらくしたら自然消滅してしまったから、見た目は似ていても違うものだったかもしれない」
ユリヤは「ふうん」と半眼で愉悦混じりの笑みを浮かべ、ぼそり、と。
「小規模とはいえこんな事象を生み出すにはかなりの魔力が必要よね。もしかして、『転生の秘術』みたいな禁呪魔法でも試していたの?」
「ッ!?」
とたん、見たこともないくらいイリスは険しい顔つきになった。
二人の間に火花が散るように見えるほどの緊張感。
つーかこいつら、なんの話をしてるんだ?
ほら、マリアンヌお姉ちゃんが不安そうにしてるじゃないか。
学院長は『国家存亡の危機』とか言ってたし、気が気ではないのだろう。
よし、ここは俺がなんとかするか。
「大丈夫ですよ、それ、もうすぐ閉じちゃいますから」
自然に閉じるかは知らないけど、閉じちゃうくらいなら俺でもできる。
だから心配はいらない。
この話はもう、それでお終いなのだ。
そう、お気楽に構えていたのに。
「あら、それじゃあ面白くないわ」
鈴が鳴るように軽やかな声音。
それでいてどこか耳に沈みこむような粘性を絡めて。
――そう思わない? シャルロッテ。
悪意はないだろう。
でなければシャルが純朴に応じるはずがない。
だがどうにも俺には、この女が何かを企んでいる――あるいは何かを試しているように感じてしまうのだ。
だから純真無垢な少女が返事をする前に、俺が遮らなければならなかったのだが時すでに遅し。
「面白いか面白くないかと問われましたら、たしかに『面白くない』ですね」
にっこりと返す言葉に、なにか力があったわけじゃない。
実際、魔力なんてひと欠片も載っていなかった。
何が起きるわけでもない。
取り留めのない、ふわふわした日常会話。だと言うのに――。
「ハルト様! お部屋の掃除が終わりました!」
唐突に――偶然と呼ぶにはあまりに『ご都合』にすぎるかのように、ケモ耳メイドが元気よくやってきた。
炎髪に反してニッコニコの彼女――魔族のフレイは、手に俺が作った掃除機を持っている。
次はどこで何をしましょうか?と尻尾をぶんぶん振って大股で歩み寄ってきた。
「む?」
そうして、ソレを見つけた。
ふっ、と不敵に笑みを浮かべると、
「これほど巨大な埃があるとは……私に対する挑戦とみた!」
掃除機を突き出すと、ギュイーンと黒い〝孔〟を吸い始めたではないか。
ユリヤがなぜだか歓喜に瞳を輝かせている。
その理由はすぐにわかった。
いやあ、びっくりだわ。
今まで何をしても無反応だった〝孔〟が、まさか『自分を吸いこもうとすることで起動スイッチが入る』なんてなあ。
ゴオォォォオオオオーーーッ!
爆音が轟く。
掃除機の何十倍、下手すれば百倍をも超える吸引力でもってして。
「なんですかこれぇー!?」(王女の悲鳴)
「くっ、なんて力だ……」(イリスのうめき)
「あはっ♪」(ユリヤ大歓喜)
「……はぁ」(ウラニスの嘆息)
「おのれ負けるものか!」(フレイの雄叫び)
「シャルロッテ様、つかまって!」(リザの慈愛)
「はわわわわ……」(シャルちゃん可愛い)
不思議なことに黒い〝孔〟は、全方向から俺たちだけを吸いこんだのだった――。




