その奥の手っぽいの、心身に問題なさそ?
真っ先に駆けつけたシャルロッテ――魔法少女ピンクが見たのは、一方的に攻撃を受けるロボ刑事風の出で立ちの男だった。
ところが圧倒しているはずの帝国皇帝ヴァジムの表情は苦々しい。
なにせ黒い魔弾の嵐はことごとく、ライアスの前に現れては消える小さな円形魔法陣に防がれているからだ。
(おそらくシヴァ――兄上さまによる護りでしょう。もしかすると『魔法少女の攻撃を無効化する』との特殊な条件を付与して防御効果を高めているのかもしれません)
実際にはライアスに時間稼ぎをさせるため魔法少女どころか『あらゆる』攻撃を防ぐように急遽対処している。
互いの攻撃は通じない。
ゆえに二人の戦いは決着がつかない。
いつまでも見ていられないのでシャルロッテは声をかけることにした。
「そこまでですよ! 皇帝さんの姿をした魔神ヴィーイさん! 取りこんだ〝聖なる器〟の中身は正しく儀式に戻させていただきます。そして皇帝さんのお体も返してくださいね」
ぎろりと、ヴァジム――その体を乗っ取ったであろうヴィーイの瞳がピンクへ向く。
「へえ、どうやってそこまでの結論に至ったのですか? ああ、いえ。確認するまでもありませんね。まったく、〝神殺し〟の〝神〟を嗅ぎつける能力には呆れるばかりです」
「よくわかりませんけど、疑問には確実なソースを当たるべきですよ? 勝手に解釈して納得するのは危険だと思います」
「人ごときが……」
完全にライアスから攻撃対象を切り替えたのか、ゆっくりとピンクに正対する。
魔弾の嵐がこちらに放たれる前に、とピンクはステッキを振った。
「昇天しちゃいませ♪ プリティ★ハーデス★シャワー!」
白色の光がシャワーとなってヴァジムへと降りそそぐ。
黒い弾幕で防ごうとするも、一条の白光が肩を打った。
「ぐっ、ぬぅ……」
ヴィーイは苦悶の声を漏らしてぐらりと揺れる。
「やはり魔法少女の攻撃なら通用しますね。というわけでして!」
ピンクは周囲に魔法陣をいくつも展開した。しかし、
「ふん、こちらがまだ真の力を得ていないとはいえ、〝神〟と対等に渡り合おうなどと……。図に乗るな、人風情がぁ!」
ヴィーイはその三倍に至るほどの魔法陣を出現させる。
視界を隠すほどの黒弾がピンクへと放たれた。
手数では相手が圧倒している。ピンクの守りは呆気なく突破された――かに思えたが。
無数の破砕音が重なって王宮を揺らす。
光の弾丸では防ぎきれなかった黒弾は、数多の氷塊に弾かれ尽くされた。
「シャルロッテ様、守りは任せて」
樹木の頂点に立つ、青みですらりとしたネコ。周囲を冷気で満たし、虚空に氷塊を生み出していた。
魔法少女に攻撃が届くのは魔法少女だけだ。
しかし彼女らの手を離れた魔法には、サポーターも対処できる。
「お願いします、リザ」
ピンクはステッキを謎時空に収め、両手を自由にする。
「――ッ!?」
ヴィーイは慌てた様子で片手を前に出す。眼前に大きな魔法陣を作り上げた。黒色に塗りつぶし、自身をピンクの視界から隠す。
「それではこちらも見えませんよ?」
ピンクは両手の人差し指を前に突き出したまま、展開した魔法陣に魔力を送った。
光の砲弾がいくつも撃ち放たれる。
黒の防御魔法陣はあっさり貫かれて砕け散った。
「バカな! 人ごときがなぜこれほどの力を……」
「これが、魔法少女の力です!」
「そんなわけがあるか! 儀式によるパワーアップにしても無理があるぞ」
ヴィーイは奥歯を噛みつつ、魔砲弾の嵐を掻いくぐった。
「なにっ!?」
だが避けたはずの魔砲弾はぐいんと軌道を変え、執拗に追いかけてくる。
ひとつでも当たれば行動不能になるほどの威力。かすっただけでも動きが鈍り、他の魔砲弾の直撃は免れないだろう。
「つかまえましたよ、魔神さん」
ピンクの人差し指がヴィーイを指す。次の瞬間には特殊能力が発動し、ヴィーイは言葉のとおり囚われてしまうだろう。
だというのに、ヴィーイは――
「……笑っています?」
歪な笑みを浮かべた、直後。
「黒い霧が! ぶわってぇ!?」
驚くピンクの叫びのとおり、黒い霧がヴィーイの下方から噴き上がっていた。
「離宮からですね。どうして……?」
ヴィーイの下には離宮がある。その一室から黒い霧がとめどなくあふれていた。
「ええ、初めから自分の目的はここだったのですよ。もとより貴女と真面目に戦うつもりなどなかった。〝聖なる器〟を巡る大魔法儀式の始まりの場所。魔神ルシファイラが刻んだ原初の起点。ここに『〝器〟の中身』を戻すことこそ、究極の願望器を顕現させる条件なのです!」
黒い霧はヴィーイに吸いこまれていく。
そして――
「なんか膨らんでますけど大丈夫ですか!?」
思わず心配になるほど、ヴィーイの――皇帝ヴァジムの肉体が膨張を始めていた――。