やめましょうよ! 責任を個人に押しつけるのは!
集合場所を〝白〟陣営の拠点に定め、俺は関係者を呼びつけた。
残っている魔法少女のピンクとゴールド、そのサポーター二名、脱落した魔法少女のうちイリスとテレジア学院長、サポーターのアレクセイ先輩とティア教授、そしてマリアンヌお姉ちゃんだ。
ちな俺はシヴァモードではない。
儀式に何かしら問題があった場合、監督役がこの場で糾弾されるのを避けるためだ。一個人をやり玉に挙げるなんて円滑な議論には邪魔だからね。
ひとまず〝白〟陣営の正体を明らかにすべく、拠点となった元王妃派の貴族さまに誠心誠意を尽くして話を聞く。
尋問? はははそんなまさか、お子さまもいるんだから。
結果、オモロい話が聞けた。
「いやー、帝国皇帝が参加してたとは驚きだなあ」
とくに驚いてないけどそう伝えると、マリアンヌお姉ちゃんを筆頭にみな驚いていた。
ゴールド(ユリヤ)とサポーターの銀狼(ウラニス)は黙ってたけど。
「でもって皇帝が一緒に連れてきてた白い服着た少年ってのが、魔法少女ホワイトで間違いないっすね」
皇帝はそのサポーター、例の雪だるまがそうらしい。
少年については、貴族さまはその素性その他をご存じなかった。皇帝のお付きかもしくは隠し子か、くらいの認識だったらしい。
でもこの場に顔見知りがいるみたいなので訊いてみる。
「学院長の知り合いなんですよね?」
はっきりとは言ってないけど、態度からしてそう考えられる。
学院長は壁に寄りかかってずっと目をつむっていたけど、当然寝ているわけじゃなかった。
「その質問に答える前に、ひとつ確認を」
床にマットレスを敷いて寝かしていた白い少年に歩み寄る。その胸にそっと手を添えた。
「生きてはいますね。しかし精神が感じられません。空のようです」
「中身が空……って? どういうことっすか?」
俺の質問に答えたのはティア教授だ。
「精神を肉体から引き抜かれたのさ。以前シヴァ君も似たようなことをしていただろう? あのときは王妃に取り憑いたモノを、だけどさ。原理はいっしょだと思うよ?」
ギーゼロッテに取り憑いてた魔神ルシファイラを取っ払ったときか。あとこの場にいるアレクセイ先輩にも似たようなことしたんだよな。
でもアレって本来はそこにいるはずじゃないモノを引っ張り出しただけだからなあ。と言いつつ、思い返せばギーゼロッテの精神も同じやり方で取り出せそうな気がしなくはない。
「でも誰がそんなマネを?」
さすがに〝聖なる器〟が勝手にやったなんてことは「きっと〝聖なる器〟が自我を持ったのですよ!」うん、たしかに一理ある。
元気よく答えたピンクちゃんにほっこりする。やはり真面目な話には癒しが必要なのだ。
けど中にはその答えに懐疑的な不届き者もいた。
「さすがに突飛すぎやしないだろうか? 高密度の魔力体を組みこんだとはいえ、生物でないモノに自我が芽生えるなんて……」
イリスって頭はいいんだけど発想に柔軟性が欠けるよなあ。
これに応じたのはティア教授だ。
ヤンキー座りで白い少年の抜け殻をぺちぺちたたいたりまぶたをぐいーんと開いたり(なにやってんのよ?)を続けながら言う。
「そうかな? さっきも言ったけど精神なんてのを取り出せる以上、それを無生物に押しこめたら自我を持つくらい、可能性としては否定できないよ」
よっこらせ、と立ち上がる。
「この儀式は元々ルシファイラが秘密裏に計画していたものだ。アレの執念深さというか生き汚さというかしぶとさは、憑依先との相性の良さからも容易に推察できる。残留思念みたいなのがあるとして、それがなんらかのきっかけで自我を持つほど増大したって不思議じゃない」
なるほどなあ、と感心する俺。
マリアンヌお姉ちゃんが質問を投げる。
「では教授、その『きっかけ』というのは? なにか思い当たるものがありますか?」
「そんなのシヴァ君に決まってるじゃないか」
ウソやろー。唖然とする俺。
みんなして『あー、それな』みたいな顔するのやめてもらえる?(シャルちゃんだけドヤ顔なのはなんでやろか?)
「彼が儀式に介入した時点でその膨大な魔力が儀式の基幹部分に流しこまれた。そこに魔神の執念とか怨念みたいなのがあったら、ねえ?」
なんで濁すの? はっきり言ってよ。いや言わないで。
このままではシヴァに全責任が押しつけられてしまうので反論を試みる。
「待ってくださいよティア教授、そういえば教授が〝聖なる器〟を介して儀式に介入しようとしておかしなことになったとか言ってませんでした?」
「どうだったかなあ? そもそもワタシごときの魔力がそう影響したとは思えないなあ」
こいつ、すっとぼけるつもりか。
「一度はホワイトの手に渡ってたし、そいつが悪さした可能性もありますよね?」
仕方ないので意識の戻らない奴に罪をなすりつける策に切り替える。
「それがあるにしたってシヴァ君が最初に与えたインパクトは大きいと思うよ?」
くそっ、あくまでシヴァのせいにするつもりかよ。諦めるもんか。
「でもティア教授、さすがに自我を持つとかそんな無茶な状況になり得ますかね?」
「ま、ワタシも散々肯定的な意見を言ってみたものの、『自我』まで獲得しているかは怪しいと思っているよ」
おお、まさかの援護。あざっす教授!
いや待て騙されるな。こいつさっきから俺のせいにしようとしまくってたからな。でも味方につけるのはこの人以外いないのも事実。
「しかし実際になんらかの意思や目的に沿って行動していたように思えるのも確かだ」
イリスの言葉に、マリアンヌお姉ちゃんも同意する。
「そうですね、あの黒い霧は魔法によるものです。空間転移や飛翔、他にもいくつか。魔法を使った以上、自我があると私も思います」
ヤバい旗色が悪くなってきた。俺はティア教授に目配せする。助けてティアえもん!
「ふむ、ワタシが解説してもいいんだけど、ここは同じ教育者の意見も聞いておこうか。どうかな? テレジア学院長」
これまで黙っていた学院長が一瞬だけ目元を険しくした。が、ひとつ息を吐き出して肩の力を抜くと。
「ええ、魔法行使に『自我』は必要ありません。極論を言えば、術式があり、そこに必要な魔力を流しこめば魔法は成立しますから」
言葉を切るも、ティア教授がにやにや待っている様子なのを察してか続けた。
「おそらく〝聖なる器〟は『自我』というよりも『本能』に従う生物に近しいものだと考えます。『生きるために餌を探して捕らえて食す』というように、思考による行動ではなく、あらかじめ組み込まれた行動を原則としているのではないでしょうか」
なるほどねえ、微生物みたいな比較的簡単な仕組みの生き物に近いってことか。
「そのうえで学院長はアレをどう見るのかな?」とティア教授。
学院長は眉根を寄せて吐き出す。
「危険です。本能による行動の結果が、そこに横たわる彼の状況なのですから。仮に彼の精神を取りこんだとしたら、今度こそ『自我』を獲得する可能性が高い。もしそうなったら……」
それ以上は口にしたくないのか、険しい表情のまま押し黙った。
なんとなく話しかけにくい雰囲気だが、まったく気にしないどころかここぞとばかりに嬉々として追及したのはティア教授だ。
「具体的にどうなるかを想像するには情報が足りないね。先延ばしにして有耶無耶にしようとした質問に今こそ答えてもらおうか。つまりこの少年って何者なの?」
にやにやする様は傍から見ても邪悪そのもの。
学院長は目を閉じて唇を引き結ぶ。やがて諦めたように口を開こうとして、
「その質問には私が答えましょう」
今まで沈黙を貫いていたアレクセイ先輩がずいっと進み出た――。




