自滅の様式美
フレイは瞬きもせず魔法少女ゴールドの次なる動きを見極めようとしていた。
だが彼女は予備動作の気配もなく一瞬で消え去った、ように見えた。
あまりに予想外の動きとスピードに見失いかけたが、本能でその姿を追う。ぎりぎり視界の端に彼女を見つけたとき、今度はあっという間にすぐそばに迫っていた。
(なんだ、この動きは!?)
飛翔魔法は進む方向へ体と意識を向けるなど、一定の法則に従う必要がある。
ハルトの用意した魔法少女の衣装に組みこまれた術式は伝統的な術式よりも自由度が高いとはいえ、まるで相手に予測させずにあちこち素早く動き回れるはずがないのだ。
だというのにゴールドは変幻自在。直線から曲線への移行も極めて不自然で、目で追うのもままならない。
だが――。
「死地にこそ活路あり! くだけて言えばピンチこそチャンス! 窮地に追い込まれた私を舐めるなよ!」
フレイの身体から炎が立ち昇る。
赤い瞳までもが燃えるように。その精神もまた燃え滾る。やる気を燃やせば燃やすほど、彼女の力は増していく。力を増せばやる気も燃える。
ここに永久機関が完成した。
「そこだぁ!」
鋭い爪を振るうと、ガキィィーンと激しい音が鳴る。
死角から襲いかかったゴールドのトンファーを軽々と弾き飛ばした。
「まったくでたらめね。あなたらしい、と言えるけど」
楽しそうな笑みが、一瞬にして目の前から掻き消えた。
「そこだ!」
だがフレイは目で追えている。それどころか瞬時に移動したゴールドへ、ひと呼吸の間もなく肉薄――できなかった。
(ぬ? 距離が縮まらない……いや、一定に保たれているな。相対位置を固定したか。やはりこの娘、『空間操作』の使い手か)
そしてまたも消えるゴールド。
即座に場所を把握し飛びかかるフレイ。しかしやはり距離は詰められない。
誰かが頭の中で喚いているような叫んでいるような泣いているような。
そんなものは些事と切り捨てフレイは飛ぶ。
なぜなら一進一退の攻防に見えて、時間の経過とともに力を増すフレイに勝利の天秤が確実に傾いていたからだ。
「速――ッ!」
それはゴールドも認識している。
フレイの反応速度が徐々に増し、詰め寄る距離が目に見えて狭まっていた。
――次は捉える。
フレイは勝利を確信した。
それでも笑みを崩さないゴールドは心底楽しそうに、攻撃へ転じる。
頭上から振り下ろされたトンファーを、爪を伸ばして叩き飛ばした。
崩れた体勢でもゴールドはどこへでも動ける。しかし今度こそ逃がさない、とフレイはさらに精神を燃やした。
「残念だわ」
言いつつもまったく残念そうに見えない笑みで、
「できれば最後にもう一度、特殊能力を使って楽しみたかったのだけど」
愛らしいウィンクをひとつ。
――時間切れね。
がくん、と。
フレイの身体が空中で沈んだ。
そのまま急速に落下していく。
『だから言ったのにぃー! 特殊能力を使いすぎです! すごく疲れるからある程度は制御してください、って言ったじゃないですかー!』
サポーターの悲痛な叫びがようやく判然とした。
びったーんと痛々しい音を立てて地面に激突するフレイ。
指先ひとつ動かせない。
「呆気ない終わり方だったわね。でもこれで、シャルと全力で一騎打ちができるわ」
ゴールドがフレイのそばに降り立った。
これで終わり? いや、まだ切り札はある。
「? なにをしようとしているの?」
ゴールドは片手をフレイの宝石へ向けた。小さな魔法陣を生み出している。魔弾で破壊するつもりらしいが、なぜかその姿勢で止まったままだ。
「うるさいわね。なにをするか興味あるじゃない」
独り言からサポーターが『早く始末しろ』とでも指示しているらしい。
しかしゴールド自身はそれを拒否してわくわくしているのだろう。
その余裕、すぐに絶望に変えてやろう!
「侮ったな、ゴールドよ。秘密にしていたが私は一度だけ、変身を残しているのだ!」
フレイが雄叫びを上げる。体から炎が勢いよく噴き出して、その姿が燃え上がる炎とともに大きくなっていった。
聴衆が固唾を呑んで見守る中、みるみる巨大化した魔法少女レッドはやがて――。
「うわーっ! 魔物だーっ!」
「フレイムフェンリルだ! しかもでかい!」
「マズいわ! 治安部隊、見物してないでなんとかして!」
阿鼻叫喚と化す中央広場。
以前、王都の各地に魔物が出現して市民は大混乱に陥った。その場に居合わせた者も今、ここにいるのだろう。
「秘密でもなんでもないじゃない。シャルから聞いて知っていたわ。それと、あなた――」
呆れるゴールドをまるっと無視し、
「ふははははっ! もしかするとあとで怒られるかもしれないが貴様を倒せば相殺されると信じて! 覚悟しろ、魔法少女ゴールドよ!」
フレイは圧倒的な魔力を感じ、勝利を確信する。
だが、そのとき――。
『〝赤〟の宝石が破壊されました。〝赤〟の魔法少女とそのパートナーは本儀式から脱落したと認定します』
無機質なアナウンスがフレイの脳内に流れてくる。
『なんでだ!?』
がびーんとする巨大赤狼。
「当たり前でしょう? 魔法少女の姿から魔物形態に変わったら、ブレスレットが耐えられないわよ」
フレイは足元を見る。
ブレスレットが弾け、赤い宝石が砕けていた。
「ま、けっこう楽しかったわ。でも……これ、どう収拾をつけようかしら?」
聴衆は恐怖のあまり混乱しているのか、
「魔法少女がんばれーっ!」
「魔物をやっつけろーっ!」
「お願いだからーっ!」
頼みの綱は彼女しかいないとばかりに声援が飛び交っていた――。




