ハズレ能力が実は最強というアレ
眼下に倒れる魔法少女パープルは、悔しげに自身の宝石が砕かれる様を眺めていた。
イリスフィリアの胸の奥がちくりと痛む。
これほど苦も無く倒せたのは、パープルが油断したその瞬間、ハルトの転移魔法で背後から強襲したからだ。
できればこの女性とは、正々堂々、真っ向から戦って勝敗を決したかった。
『〝紫〟の宝石が破壊されました。〝紫〟の魔法少女とそのパートナーは本儀式から脱落したと認定します』
イリスフィリアの脳内にアナウンスが流れた。
これで四名が脱落し、残りもまた自身を入れて四名。当初から頭数がひとつ増えている事態に今さらながら苦笑する。
だがこのとき、猛烈な違和感に苛まれた。
四名。
たしかに四名が宝石を砕かれた、はず。だというのに――。
ハッとして手元を見る。
「な、んだ……?」
自身のブレスレットの、青い宝石のすぐ横の虚空に、小さな魔法陣が描かれていた。
自分ではない。ハルトでもないだろう。シャルロッテやフレイであるはずもない。パープルは今まさに敗れたので魔法少女への攻撃は無効になる。ゴールドだとしても接近していればさすがに気づく。すくなくともハルトは見逃さない。
では誰が?
(四名……、脱落したのは四名の、はずなのに――)
猛烈な違和感の正体に、ようやく思い至る。
(ボクは今まで三名分のアナウンスしか聞いていない!)
そうだ。
ついさっきパープルが砕いたはずの〝白〟の宝石。しかしここに至ってもまだ、〝白〟陣営の脱落アナウンスは流れていなかったのだ。
ヒュン――パリン。
逃れようとした。
大きく腕を振るったのだ。けれど小魔法陣は空間を隔てて張りついたように、青い宝石を完全に捉えて離さなかった。
護ろうとした。
こちらも小さな防御魔法で防ぎきれる威力だったのだ。しかしあまりに近い距離からの、しかも小さな標的への攻撃に、為す術がなかった。
「できれば自身の手でパープルは倒したかったのですが、貴女で我慢しましょう。格下の分際で我が精神を取りこもうとした不届き者も黙らせましたし、今の自分はとても気分がいい」
つぶやきとともに〝白〟の魔法少女が立ち上がる。その腕にはブレスレットがいまだ装着されていて、白い宝石は輝きを失っていなかった。
「ええ、とても気分がいいのでネタばらしをしてあげましょう。自分の特殊能力は『あらゆるものを対象に完全に元の状態に戻す』ものですよ」
能力名は『完全復活させるぜぇ』。
自身の傷はもちろん、たとえばグリーンにやったように、抉られた地面を元のかたちに戻して閉じこめる、という芸当も可能だ。
「儀式の特性上、自身の傷を治すのは無意味なのでハズレ枠の特殊能力だと当初は落胆していたのですが……」
実際には、まさしく一発逆転を狙える可能性を秘めた能力だったのだ。
「まさか『砕かれた宝石をも元に戻せる』とはね」
だがイリスフィリアには疑問が浮かぶ。
「でも、そんな危険な賭けに出るなんて……」
なにせ『試す』ことができない。特殊能力の説明文に明記されていない以上、自身の宝石を砕いて試すなんて誰もしないだろう。
「危険? 検証に危険など伴いませんよ。自分のでなければ、よいのですから」
ホワイトは歪に笑う。
「宝石が砕かれてもしばらくは魔法少女の姿が保たれる。本当に脱落したかは例のアナウンスが流れるまで決まらない。その間に宝石を直せば元通りになる。それらすべてを、グリーンで確認しました。実際に彼の宝石を砕いて直し、そしてまた壊してね」
自信に満ちた解説に続いて、
『〝青〟の宝石が破壊されました。〝青〟の魔法少女とそのパートナーは本儀式から脱落したと認定します』
ちょうどブルーの脱落が儀式システムによって認定された。
青い光に包まれ、魔法少女ブルーは学院生イリスフィリアに戻っていく。
「おのれ!」
ガキィイン! 大弓がホワイトの顔面に振るわれた。
魔法少女パープルでなくなったテレジアは儀式による拘束が解かれ、すぐさま動けるようになったのだ。
しかしホワイトの衣装に施された防御魔法が自動展開して防ぐ。
「へえ、その姿は初めて見ましたけれど……ただの〝人〟に成り下がったのですね、本当に」
蔑みたっぷりの眼を向け、ホワイトはトンと軽く跳んだ。後方へ距離を取る。
「お互い、攻撃しあっても儀式に邪魔されます。貴女は儀式が終わるまで、指をくわえて見ていてください」
これで今度こそ残りは四名に絞られた。
しかも勝利条件である『魔法少女の宝石を砕く』を、ホワイトは克服しているのだ。
勝利を確信したのか、ホワイトの哄笑がこだまする。
しかし高らかな声音がそれを遮った。
「では攻撃が通じるわたくしが、お二人の無念を晴らしましょう」
曇天を鮮やかに染め上げる〝ピンク〟の衣装。
「魔法少女ピンク、ここに見参! です!」
ステッキをくるくると回し、大量の魔法弾を一斉射した――。




