漁夫の利は常に狙うスタイル
失くしただあ?
そんな顔を俺がしていたのだろう、ティア教授はむすーっとして「ワタシは悪くないもん」と言いやがった。
「でも〝聖なる器〟に何かやらかそうとしたんですよね?」
「違うよ。あんな末端装置じゃなくて、そこからつながる儀式の中枢に興味があって――」
なんか言い訳始めたけど、要するに何かやらかそうとしたんじゃないか。
「けっきょく何がどうなったんです?」
「パープルが『私のだから返せ』とやってきて、『シヴァ君に言いつけるぞ』とか口論していたら〝聖なる器〟が勝手に窓の外へ飛び去っていっちゃった」
だから仕方ないよねーっと屈託なく笑うこの人は絶対に教師向いてない。
「けどまあ、ティア教授が言った通りアレってただの末端装置、ってかお飾りですからね。魔力体の魔力を利用してあーだこーだはしてますけど、儀式に必要な魔力はほとんど俺が賄ってますし」
実際には俺が作った疑似魔力体を儀式の中枢部分に組みこんでみたのだ。
超々高密度魔力体とかカッコいいものが出てきたら、そりゃあマネしたくなるじゃない? でもってせっかく作ったなら、直近のイベントで使うのは当然ですわな。
「相変わらずさらっと恐ろしいことを言うね、キミ。ただ放っておいていいのかなあ? ワタシでは知識不足でどうにもできなかったけど、ルシファイラ級の魔神なら干渉し放題ってことにならないかな?」
言われてみればたしかに。
「でもあのレベルの魔神がポンポン出てくるわけないっしょ」
「……」
あれ? なんで黙るの?
「ワタシも確信があるわけじゃない。けど、これほどの儀式をやっているんだ。魔神が参戦しているか、そうでなくても近くにいる前提で臨むべきだと言っているんだよ」
確信がないとか言ってるけど、ティア教授のこの手の予想はわりと現実になる気がする。
「んじゃ、さっそく取り戻してきますね」
「場所はわかっているの?」
「俺が作ったものは漏れなく『探す』機能を付けてるんで」
言うて謎時空に入ってたらわかんないけどね。
俺は半透明の板状結界を作って〝聖なる器〟の所在を表示させる。
地図上に赤い点がぴこーんと光っていた。
「ほえー、便利だねえ」
「ここってどこです?」
「んーー……、王都の中心部か。地方貴族の王都での拠点が集まったところかな。ちなみにワタシん家の別邸はここだよ。でもって通りを跨いでこの辺りは――」
ティア教授が指差しながら解説し、とある貴族家の名を口にした。知らん名だ。
「意外ですね。人の家とか興味なさそうなのに」
「子どものころだけど、ご近所さんには挨拶に行かされたからね。最悪なことに一度覚えたことは忘れないんだよ」
ティア教授は肩を竦める。いやわりと忘れっぽいとこあるだろこの人。
「でもなんでこんなところに? あ、ちなみにここ、王妃派の貴族だからね、『元』だけど」
負け馬に乗っちゃったのか。まあ自業自得だな。
でもまあ父さんの友だちとかじゃ絶対になさそうだし、
「んじゃ、とっとと盗んできますね」
気が楽ってもんよ。
「――って、あれ?」
今、一瞬だけ赤い点にジジッてノイズが走ったような……?
なんかよくわからんが、異常が発生したなら実物を見て確認すればいいよね。
ひとまず俺はシヴァモードになってひとっ飛びしたわけだが――。
なんか取りこみ中なんですけど!?
でっかい貴族家のお屋敷にやってきたら、パープルさんが今まさに白い少年(?)に襲いかかろうとしているところだった。
少年(にしとくかこの際)の傍らには〝聖なる器〟。
彼はそれをつかむや部屋の隅に放り投げた。
パープルは白い少年から離れるように〝器〟を追う。しかし謎時空の孔が現れて〝器〟を吸いこんだ。
そのわずかな時間、白い少年は虚空に手を突っこんだ。すぐさま引き抜くと、白い宝石が嵌められたブレスレットが装着されていた。白い光が部屋を包む。
ぼけーと眺めていたけどこいつ、魔法少女ホワイトだったのか!
じゃあ少年じゃなくて少女なのか? 白いパンツスーツ姿の子どもだったから少年かと思ったけど、見た目は中性的で判断しかねる。
「返しなさい!」
パープルが仮面越しでもわかるくらい必死の形相で叫ぶ。
「……」
ホワイトは答えない。どこか苦痛に顔を歪ませ、片手で側頭部を押さえている。
あ、ちなみに俺は光学迷彩結界で姿を消してますです、はい。
「いいでしょう。貴方を倒せば異空間へ隠したモノも出てくるはずです。変身してしまったのは悪手でしたね」
どうやら〝聖なる器〟を取り合っているらしいけど、それ君らのものじゃないよ?
とりまホワイトがやられると〝器〟はパープル陣営に渡ってしまうらしい。
まあ、それはそれでいいかな。
アレクセイ先輩に話を通せば、なんでこんなことになってるのかわかるだろうし。
いやしかし、どうせならここでパープルも退場させてしまいたい。実力的にはホワイトよりパープルのが上だから、ホワイトを倒して〝聖なる器〟を手に入れた瞬間、きっと安心して隙を見せるはず。そこでイリスに不意討ちさせてパープルを倒してしまおうって寸法よ。
「待ちなさい!」
なんてことを企んでいたら二人は外へと戦場を変えた。よし、好都合だな。
俺は光学迷彩結界を消し、『どこまでもドア』をくぐって学院へ。
とある教室へシヴァモードのまま飛びこんだ。
「なっ、キミはどうして……って、なにを!?」
絶賛授業中だったイリスを抱えて外へ出た。
めっちゃ注目されたけど今は急いでいるのでね。
再び『どこまでもドア』で例のお屋敷に舞い戻り、イリスに事情を説明する。
呆れ顔だったイリスも〝聖なる器〟が奪われたと知り、真剣な表情に変わった。
「わかった。もう卑怯だのなんだのと愚痴は言わない。ボクはボクのやるべきことを粛々とこなすだけだ」
やる気になってくれてなによりだ。
ひとまず部屋の中に結界を張り、イリスは魔法少女に変身する。俺はクマ形態になったものの改めてシヴァのガワを被った。
「よし、バレないように連中を追うぞ」
お着替え用の結界を消し、俺たちは外へ飛び出した。
しかしそこでは、すでに決着がついていた――。




